「災い」 その5
蓮が馬車のはるか後方へ吹き飛ばされたとき、アイシャは蓮の方を見やる余裕もなく、ただ馬車を王都へ向けて走らせていた。
目の前にいるのは巨竜の群れ。群を成しすぎてもはや黒雲と見まごうほどのそれに、引き離されまいと懸命に手綱を握る。
「エターナル、蓮はどうなった!?」
「ふ、吹っ飛んじゃった!後ろに!」
後ろ!?そう思った矢先のことだ。
黒雲の下に、黒い流星が現れた。
豪速で飛んできた三角錐のそれは、後ろから火を噴いていた。その勢いもあり、巨竜の群れを追い越す速度を実現させている。
それは群れを追い越すと、馬車の前へと躍り出た。くるりと方向を変え馬車の方を向くと、そのまま馬車に向かって真っすぐ突っ込んでくる。
アイシャは手綱を引き、無理やり方向を変えた。馬車の荷台が大きくそれて、遠心力に耐え切れず倒れこむ。巻き込まれて馬も倒れてしまった。
倒れる寸前の馬から、アイシャは飛び降りた。エターナルは荷台の横転に巻き込まれたものの、何とか荷台から這い出る。
先ほど突っ込んできた三角錐は、またも突っ込んできた。方向は紛れもなくアイシャだ。
アイシャは聖剣を抜き放つと、両手に握り身構える。
互いの先端がぶつかり合い、火花が散った。
剣先で突進を食い止めながら、アイシャは三角錐の正体を見る。
まっすぐではなく、歪だ。いびつな三角錐に、いくつもの目玉が付き、こちらを睨めあげている。正体は帽子だった。それも、魔女がかぶるような帽子である。
互いの力は拮抗していた。衝突の勢いで、アイシャの後ろの大地は土埃を上げている。
アイシャは切っ先で受けていた聖剣を横に傾け、受け流しの要領で突進をいなした。帽子は横に反らされたものの、地面に落ちることなく、その動きが止まる。
帽子から噴出されていた火が治まると、形が変わり始めた。帽子はどんどんと小さくなり、中に入っていた物の姿が現れる。
それは女だった。帽子で顔が隠れており、全部は見えないが、その髪の色、肢体には見覚えがある。
アルマであった。だが、彼女もグラブ同様今までの格好とは大きく異なっている。
異様な帽子はもちろん、着ているローブも帽子同様に目玉がついている。さらに異様なのはローブ、さらに手のひらに人間の口がついていた。
アイシャはその異様な姿に目を見開いた。
「……これは……アルマ殿……!?」
驚く間もなく、アルマの手のひらの口が開く。何かをつぶやくと、手のひらから巨大な火球が現れた。両手をふるうと同時に、火球がまっすぐアイシャに向かって放たれる。
動揺から、アイシャは初動が遅れた。
巨大な火柱が上がる。
火柱が消えると、アイシャは無事だった。よく見ると、目の前に透明なバリアが張られている。これは、アイシャの持っている能力ではない。
荷台の方を見やると、エターナルが両手をかざしていた。このバリアは彼女が張ってくれたものだろう。
「エターナル!?」
「ほ、補助は任せて!」
「っ、心強い!」
アイシャは再びアルマへと向き直る。
一体何が起こっているのか、さっぱりわからないが。
まずは目の前の魔女を何とかしなければならない。仲間である以上、殺すのはもちろん、極力傷つけずに無力化したい。
(一体、どうしたものか)
聖剣を構えながら、アイシャは息を吐いた。