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幕間 午前九時二十四分

 午前九時二十四分。


 町の一角に、見た目古そうな黒いビルがあった。

 このビルの一階は「おさき」という唐揚げ定食屋の看板があるが、現在は仕込み中だ。開店は早くとも十一時ごろである。

 そしてその上の、ぱっと見何をやっているのかわからないテナントこそ、紅羽蓮のバイト先である、「安里探偵事務所」であった。

現在事務所にいるのは二名。経理、事務を担当している朱部純と、この探偵事務所の主である安里修一である。

 安里は、何を考えているのかわからない顔で、コーヒー片手に電話をかけていた。

 この電話、先ほどからコールはかかるのだが、一向に電話の持ち主は出てこない。

 電話の持ち主は一度寝たら自分で起きるまで絶対に起きないことは承知の上だが、たしか起きる時間も朝七時くらいのはずだ。なら、出ないことはおかしい。

 結局、このコールも、持ち主が出ることはなかった。


「どうだった?紅羽君」

「ダメですね。これで三回目ですけど」

「彼、連絡付かないなんて珍しいわね」

「普通連絡が付かないとおかしいんですけどね」


 紅羽蓮はこの探偵事務所に「色々」あっておよそ二年ほど在籍している。その間に、連絡もなく時間に遅れたり休んだりといったことはなかった。

「まーた、何かトラブルに巻き込まれたのかもわからないですねえ」

「なら、直接家に行く?確か実家よね、彼」

「そうしたいのはやまやまですが、午前中には用事があるんですよねえ」

 話をしていると、安里のパソコン画面に通知が来た。

「噂をすれば、ですね」

「どうするの?」

「蓮さんについては午後からにしましょう」

 事務所番よろしくお願いします、と言って、安里は席を立った。

 事務所の入口を出て、エレベータに入る。

 一階から五階までのボタンしかなかったが、安里が何もない一階のボタンの下を押すと、エレベータは一階を通り過ぎて下へ下へと降りていく。

 地下一階二階では到底済まないような深さのフロアへたどり着くと、安里はエレベータを降りた。

 そこは巨大な地下通路のようで、誰もいない広い空間が続いている。そして、誰もいない代わりに、球体の何かが複数ふわふわと漂っていた。目はレンズのようになり、赤いレーザー光が周囲の壁をさまよっている。

 それらを無視して安里はまっすぐ地下通路を進んでいくと、やがて行き止まりにたどり着いた。何もない壁に自分の手を当てると、壁は自動開閉式のドアとなり、開いた。さらに奥へと進むと、先ほどの球体とはまた違う物体が、あちこち歩き、飛び回っている。中には人型のものもいた。

 それらを通り過ぎてたどり着いたのは、巨大なモニターのある部屋だった。モニター前に設置された椅子に腰かけ、椅子のそばに置いてあった黒い仮面をつける。


 椅子横のボタンからモニターを起動すると、複数の画面が浮かび上がった。

 画面に浮かび上がったのは人――――のようなものを含む、複数の人物。

 ビジネススーツを着た者もいれば、どこかの組織の制服を着ている者。眼帯や帽子をつけているもの。極めつけは、全身が赤く燃え上がっている獣のような者までいる。


『おはようございます、アザト=クローツェ』


 モニター上の濃い面々が一斉に声を上げた。


「おはようございます。九時半になりましたので、それでは始めましょうか」


 突然だが、この世界には「悪の組織」というものが存在する。

 世界征服、大量破壊、違法兵器の開発。組織ごとに目的があり、その数も計り知れないが、それぞれの野望を胸に日々活動している迷惑な連中だ。

 それに対して、そんな連中を日々取り締まる警察や、超人的能力を持ちながらも、社会のために戦う、いわゆる「ヒーロー」と呼ばれるような人物もおり、現状世界が征服されたような状況には至っていないわけだが。

 双方、組織を運用・活動していくために、どうしてもネックとなるのが「お金」であった。

 善・悪共通して、人件費というものは馬鹿にならない。生活が成り立たなければほとんどが「組織」としても成立しなくなってしまう。

 そして、野望を持つ悪側は、善側よりも費用が掛かってしまう。強力な兵器や怪人の生成、かかるコストは枚挙すればキリがない。

 もともと資産家などが組織を立ち上げればまだいい。だが、元の資金がない状態で、ろくに活動もできないでいる零細悪の組織というのは、山のように存在する。それこそ、大した悪事もしていないので捕まらない、というレベルの。


 そんな組織に資金を融資する、悪のスポンサーがいるという。


 どこで得たのか豊潤な資金を背景に、悪の組織への援助を行う真っ黒な足長おじさん。

 ただし、返済のめどがつかなくなると、組織の幹部どころか、戦闘員までまとめて消えてしまうというヴィラン間に広がる都市伝説。


 そのため、悪の組織からは「黒幕」として畏れられ、警察やヒーローからは何としても所在を突き止めなくてはならない「絶対悪」として恐れられている人物。


 怪人アザト=クローツェ。それが安里探偵事務所所長、安里修一のもう一つの顔であった。


「それでは、今回あなた方が持ってきたプランをプレゼンしてください。その内容に応じて、出資を決めます……と、その前に」

 アザト=クローツェは画面向こうの強面たちに一枚の写真を見せる。写る姿に、画面向こうの皆が首を傾げる。


「実は人を探しているのですがね、見つけたら特別に出資を約束しましょう」


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