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異世界とドラゴン その2

 ただ者ならぬ気配を感じて、大空の王はその地に現れた。


 タイラントドラゴン。体高20mの巨体を軽々空へと運ぶ巨大な翼に、全身を支える強靭な筋肉。体表を覆う漆黒の竜鱗は、英雄でも傷一つつけること能わず。古来よりこの世界でも謳われるおとぎ話のような怪物は、人々に恐れられる邪悪の化身だ。


 過去に竜の怒りを買い、で滅んだ国や町の数は数知れず。特にタイラントドラゴンにもなると、一頭で巨大な王国の城下町を滅ぼすほどの力を持っているとされていた。


 そんな大空の王がただならぬ気配に思わず飛び立ったのはつい先ほどのこと。

 通常、この世界で食物連鎖の頂点に立つドラゴンが自ら縄張りを離れることはない。

 ましてや、何か恐ろしい「敵」の気配を感じるなど、到底あり得ないことであった。

 しかし、どうしても放っておけない。ドラゴンにとっては、未知のものに対する知的好奇心であった。


 そして、ドラゴン同士似たようなことを感じる同胞もいるらしい。

 ふとタイラントドラゴンが見ると、向こうの空から自分と同じほどの体躯が飛んできているのを目にした。それも一つではない。たくさんだった。


 金色の空にいくつもの影ができたのに気が付いて、蓮が空を見上げた。そこには、大量の黒い影がぐるぐると回っている。

 やがて影のうちの一つがみるみると近づき、どんどん大きくなる。地に足をつけるときにはすさまじい地響きが起こった。衝撃で突風が起こるが、蓮はびくともしない。

 巨竜は目の前にいる「ちっこいもの」が気配の正体であるのかとじっと見つめていた。口からは明らかな警戒の吐息が漏れている。

 一方の蓮は、相も変わらず眉間にしわを寄せて目の前の巨竜とさらに上の影とを見上げて、あきれたように口を開いた。


「……お前、出てこいとは言ったけど、どんだけ仲間連れてきてんだよ」

『違うからねっ!?』

 もはや取り繕う余裕もなく、悲痛な叫びが蓮の頭に響いた。

『私はドラゴンじゃないからね!なんか勝手に寄ってきただけだから!ていうか、絶対あんたのせいだから!あんた何してんの!?なんでよりにもよってタイラントドラゴンなんて呼び寄せてんのよこのおバカぁ!』

「めっちゃ言うなお前!」

 まくしたてる女神の豹変ぶりに驚く蓮だったが、そんなことお構いなしにエターナルはわんわんと頭の中で泣き叫ぶ。

『タイラントドラゴンなんて、国が万全の態勢で挑んで、ようやっと一頭とまともに戦えるかどうかって怪物なのよ!いくらあなたが「強い」からって一人でどうこうなるわけないじゃない!』

 さすがにうるさくなってきた蓮は耳を塞ぐが、頭に直接語り掛けているので甲高い声は止むことがなかった。


 刹那、咆哮。タイラントドラゴンが見切りをつけたのか、今にも襲い掛かろうと腕を振り上げたのだ。その様を見て、上空にいるほかのドラゴンたちも嘲笑を轟かせる。そう。本来、勝てるはずがないのだ。


『ちょちょちょちょちょっと、早く逃げ――――』


 言い終わる前に、巨竜の右腕が蓮に向って勢いよく振り下ろされた。


 振り下ろされた腕の一撃は、すでに荒れていた大地をさらにえぐる。咲いていたわずかな花さえ形も残らず吹き飛ぶ一撃は、おびただしい土煙を上げて立ち込めさせる。

 まるで勝利を確信したかのように空からの野次が響く中、土煙がみるみる晴れていく。思わず目を反らしていた女神エターナルだったが、恐る恐る視線を向けてみる。


 一番驚いていたのは、ほかならぬ腕を振り下ろした巨竜だった。

 かつて、自分に挑んだ「ちっこいもの」は数知れずいた。小さい体躯で飛び回り、自分の宝を狙うのだ。うっとうしい事この上なく、巨竜はそんな「ちっこいもの」が大嫌いだった。宝を盗んだから追いかけて縄張りを焼き払ったことも一度や二度ではない。ちょっとたたけば簡単に死ぬような生き物のはずだ。


 だが、今潰したはずの「ちっこいもの」は、今までのものとは明らかに違っていた。


 少なくとも、振り下ろした腕を受け止めた奴は初めてだった。


『…………………へ?』


 思わず出たのだろう、あまりにも女神というには間抜けな声が蓮の頭に流れ込んでくる。こいつ今、鼻水でも垂らしてるんじゃないか、と勝手に想像したが蓮は黙っておいた。

 蓮は振り下ろされたドラゴンの右腕、中指の付け根あたりで攻撃を自分の左手で受け止めると、そのまま付け根をひっ掴む。片手だと鱗がはがれて吹っ飛びそうだったので、右手でも竜の中指を握る。

 そのままぐるりと身体を回すと、体高20mもの巨体が腕力に引っ張られて、ふわりと浮いた。

 巨体は一切地面を引きずることなく、徐々に勢いを増しながら、ぐるんぐるんと回りだす。巨竜は一体自分に何が起こっているのかわからなかった。

 上空から眺めている竜たちも、地上で何が起こっているのか、いつの間にか吠えることもなくじっと見ていた。何しろ、上から見たら、同胞が見えないほどの「ちっこいもの」に振り回されているために、「羽ばたきもせず右腕を軸にしてぐるぐる回っている」ようにしか見えないのだ。


 やがて回転で一定の勢いがついたころ、ハンマー投げの要領で蓮は巨竜を放り投げた。中学校の体育の授業でハンマー投げをしたことはあったが、蓮は狙った方向に投げるのが苦手だった。とりあえず上に投げればいいか、くらいのノリで上に放り投げる。

 テレビなどで放送していた世界陸上でのハンマー投げの選手たちが、放り投げた直後に首に青筋を立てて、大声で叫んでいるのを思い出した。声を張り上げて限界以上の力を引き出そうとしているらしいが、紅羽蓮には当てはまらない。


彼は、顔色一つ変えずに巨竜を空高くの群れまで放り投げた。


 投げられた巨竜も、空を飛んでいた巨竜も、驚きを隠すことができなかった。勢いよく飛んできた巨竜は上空で二、三頭の同胞に激突した。

 もちろんそれくらいで命に関わるようなら、この世界で生態系の頂点など取ってはいない。竜たちはすぐに体勢を立て直し、空にとどまった。そして、信じられないものを見るように地上を見下ろす。


 地上では、腰に手を当てて得体のしれない「ちっこいもの」がこちらを見ている。どんなに小さくても、その眼光がこちらをとらえていることがはっきりと竜たちにはわかっていた。

 ましてや、放り投げられた巨竜は、もっと恐ろしいものが見えていた。腕をつかまれ振り回されたとき、巨竜とて抵抗を試みたのだ。

 だが、まるで巨人にでもつかまれたかのように――いや、彼ら巨竜の知る、この世界の巨人ですらもっと貧弱である――そんな、すさまじい力にまるで逆らうことができなかったのだ。気が付けば景色が回り、同胞のもとへと投げ飛ばされていた。


 投げ飛ばされた巨竜だけは、ほかの竜たちとは違うものが見えていた。

 

 自分の腕を軽々受け止める巨大な腕。


 自分の命を危険にさらす鋭い眼光。


 あまりにも恐るべきもの。


 何かに耐え切れなくなった巨竜は、けたたましく叫ぶ。

 その叫びは今までのような、生態系の頂点からの嘲りではない。この時巨竜は、生まれて初めて生命の危機を感じ、本能の底から震え上がったのだ。

 やがてその恐怖は、一頭から群れに伝播した。

 群れをなした巨竜たちが恐怖に叫ぶ。そして、地上を一切見下ろすことなく、空の上へと消えていった。

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