第二階層②/宝箱
「まぁ、これだけ差があれば流石に一瞬よね」
ダンジョン内での初戦闘。
その戦闘時間は僅か数秒。
モンスター陣からモンスターが出現した瞬間、双子ゴーレムは即座に敵を切り捨てた。
予想通りの瞬殺で殲滅。
そして敵の死骸は現在、光塵となって目の前で消えてゆく。
「……文字通り跡形もなく消える。確かに魔物とは違うか」
「〔モンスター〕は魔物を模した作り物だもの。ダンジョンが生み出す模造品。だから普通の生命体のように死体が残ることも無い……まぁその分、倒した人が死骸から素材を採取したりとかも出来ないんだけどね」
ダンジョンの目的の為にダンジョンのシステムが生み出す〔モンスター〕。
魔物を模した模造品。
「……まぁ、魔物とは別物だって言っても、見た目に特徴的な差異がある訳でもない、何より対峙する人間からしたらどちらも厄介なのは確かだろうから、あまり深く考える必要もないのか」
魔物もモンスターも、戦いとなれば殺し合う相手に変わりは無い。
むしろモンスターは魔物と違い、どんな相手にも逃げること無く向かって行き、戦う事を強制されている分で同系統の魔物と比較してもモンスターのほうが危険度は高いかも知れない。
「……あれ?これってもしかして」
「あらおめでとう。初戦からいきなり〔宝箱〕を引き当てたわね」
完全に消えたモンスターの後に現れた箱。
これが噂に聞く〔宝箱〕。
モンスター討伐時にランダム確率で出現するドロップアイテムの納められた箱だ。
「討伐ドロップか。これが取れない素材の代わりなのか」
「そうね。モンスターは性質上、死体・素材を一切残さないから人間側からしたら危険を冒してまで戦う意味の無い相手なのよね本来は。討伐ドロップはその代用と言うか補填と言うか、モンスターを倒してもらう為の〔釣り餌〕とでも言うものね。倒せば確率でコレが手に入る……そういう得物が無いと、誰もダンジョンに入って来ないでしょ?」
「まぁ外の魔物と違って、ダンジョンのモンスターが人の生活圏にちょっかいを出すことは無いんだし、得る物無ければ本当に放置でも良い場所だもんな、ダンジョンは」
ダンジョンの外にモンスターは出て来ない。
その上死骸は残らない。
わざわざ設定されてるドロップアイテムが無ければ、ダンジョンは人類にとって完全ノータッチでも何の問題も無い場所だろう。
だが世界としてはそれでは困る。
世界には必要な理由があってダンジョンが存在する。
ダンジョン内でモンスターを作りだし、わざわざ報酬を用意してまで討伐させるのにも〔世界の仕組み〕として明確な理由が存在する。
とは言えそれは人類には勿論、色々接して来たカイセにも当然伏せられた情報だ。
恐らくは《星の図書館》でも閲覧禁止の項目にあたるだろう。
(考えてみれば、あの言葉って言っちゃいけない部類にあったんじゃないのか?)
そのはずなのだが、振り返ってみればシロが前にそれっぽい事を口にしていた気がする。
とは言え、触らぬ神には何とやらと言う言葉もある訳なので、この手の禁則事項には興味本位に触れない方がいいだろうと思うので、あえて尋ねる事もしない。
(手遅れ感半端ないけど、生きる上で全く必要の無い、責任とかリスクとかばかりの情報はこれ以上増やしたくないからなぁ。答え合わせさえしなければ知らぬ存ぜぬ通せるし)
そんな訳で予想はあるが口には出さないカイセは、そのまま本題に戻る事にする。
「――それで、その餌が出て来た訳だけど……これはもう開けちゃっていいんだよな?」
「ええ勿論。自動では開かないから自分で開けてね」
そう言われて出現した宝箱に近づいていくカイセ。
だがここでシロは、若干遅い注意を促す。
「ただ、宝箱にはハズレもあるから注意はしてね?」
「ハズレ?それって【擬態箱】の事か?」
【擬態箱】は宝箱に擬態したダンジョン固有のモンスター。
触れた瞬間に襲い掛かって来るダンジョンの定番罠の一つ。
その手のプロになれば一目で見分けも付くそうだが、擬態中は《鑑定》なども設定で弾かれるクソ仕様で、素人目には判別できない、その瞬間に知るしかない何とも面倒で性悪な罠だ。
即死の殺傷性は低いが、油断したままだとカイセでも軽い怪我ぐらいは負う可能性がある為、シロの忠告は有り難いが……とは言えカイセもそのぐらいの情報は予め知らされており、当然触れる時には最大に警戒するつもりだ。
「そうね、宝箱そっくりのモンスター。一種の確率の、宝箱同様にこれもギャンブル的な要素なんだけど、モンスター陣と同じで一定距離にまで近づくと正体を現して襲ってくるから注意を――」
「ん?近づくと?」
言葉の直後、カイセは感覚でその最後の一歩を踏みこんでしまったと認識した。
そしてすぐさま後ろへと跳び退き、入れ替わりで双子ゴーレムを走らせる。
次の瞬間、宝箱に擬態していた【ミミック】が正体を現し、カイセ目掛けて飛び掛かり牙を向いた。
「そのまま斬れ!」
カイセと入れ替わりにミミック目掛けて突撃した双子ゴーレムは、そのままの勢いでミミックを両断。
先のモンスター達同様、ミミックもそのまま光の塵となって消えたのだった。
「いきなり当たりを引いたわね」
「当たりじゃなくて大ハズレだろ、どう考えても……ちなみに質問があるんだけど」
「何かしら?」
「聞いた話だと、ミミックは触れたら襲って来るって覚えだったんだけど、この情報は間違いだったのか?」
触れたら襲ってくると認識していたカイセだが、現実はシロの忠告通り触れても無いのに接近に反応して襲って来たミミック。
自身の知識に齟齬がある以上、確認しておかねばならない。
「一応合ってるわね。ただし他のダンジョンならだけど」
「ダンジョンによって違うのか?」
「そう。〔遺跡型ダンジョン〕のミミックは罠として、〔モンスター陣〕の起動ギミックを流用してるから、擬態箱に一定距離近づいただけで反応して襲ってくるのよ。余所の形式だと基本は言う通り『触れたら動く』なんだけどね」
ダンジョンごとのモンスターの習性・ギミックの違い。
流石にその可能性にまでは意識が回っていなかった。
「ちなみにそれは何処情報?」
「女神本人。幾つか教わった知識の中で、『噛まれないように気を付けてくださいね』って教わった情報」
「あぁ……まぁ管理神だとダンジョンの細かな部分の知識までは及ばないかしらね?作るのは開発部で、基本的な運営はシステム任せで済んじゃうもの」
どうやら予めポカ女神から教わった情報について信憑性が揺らいだようだ。
これはきちんと裏取りをする必要が出て来たようだ。
「……とりあえず次の部屋に向かう間に、歩きながらいくつか質問させてくれ」




