第一階層/準備階層
「――ここがダンジョンか……〔第一階層〕は本当に何も無いんだな」
目的の〔新しいダンジョン〕へと足を踏み入れたカイセとシロ。
眼前の階段を下り、そして辿り着いた最初の場所。
二人の前には〔ダンジョン第一階層〕の何も無い広場が広がっていた。
「第一階層は順応の、ダンジョン内の仕組みに体を慣らす為の、そして最終準備の場所として使われる階層だから、基本的には何も無いようになってるの」
この第一階層には何も無い。
〔宝箱〕も無ければ〔モンスター〕も出ない。
メリットも無ければデメリットも無い。
あくまで下準備の為の安全地帯。
ダンジョンに足を踏み入れはしたが、ここはまだスタートの手前と言える。
だがそこに漂う空気は、外とは違う、何やら重さを感じさせるものであった。
「……本当に、ここも転移が使えないんだな」
結界に守られた龍の里同様に、ダンジョン内でも《転移魔法》が使えない。
ダンジョン内にはとある転移ギミックが存在するため、それらへの混線混在の影響を避けるために自前の転移そのものを禁止事項に加えてあるらしい。
「ところで、いつまでそうして無駄に姿を隠してるつもりなの?」
「ん?……あぁそうか。こっちは動かしたままだったな」
カイセは慌てて身に着けた〔蛇革のバングル〕に触れ、魔法を解く。
シロには通用しないが、傍目には何も無い所からカイセが突然姿を現したように見える。
「そのマジックアイテムが姿消してたやつ?」
「そう。前に狩った【インビジブルスネーク】って言う、消える大蛇の素材を使ったマジックアイテム。発動中は《完全透過》で姿を消せるんだけど……」
「だけど?」
「本当は《気配完全遮断》ってのも使えるようにしたかったんだけど、どうも上手く行かなくて姿を消す事しか出来なかったんだよな。おかげで自前の魔法の複合で面倒な手段を使わざる得なかった」
カイセはこのマジックアイテムの製作段階では、【インビジブルスネーク】の使用していた《完全透過》と《気配完全遮断》の両方を使えるようにしたかった。
だが実際作ってみると、どうしても後者の再現が出来ずに、前者のみの再現となってしまった。
「……」
「どうした?」
「いやね?それがあったらお風呂とか覗き放題だなぁって思って」
「……犯罪に使うリスクを懸念するのは分かるけど、何でそこで覗き限定に絞るんだ?窃盗とか暗殺とか、可能性は他にも色々あるだろう?」
姿を消すマジックアイテム。
その有用性と言うべきか、可能性は主に悪い方向に広いだろう。
シロの指摘した覗き見に窃盗、更には暗殺にも有用な道具。
それを何故一つに絞って指摘してきたのかはカイセに対する信用問題的にも、そのうち何処かで突き詰めたいところではあるが、とりあえずはシロの懸念を晴らす。
「……これを犯罪行為に使うつもりはないから安心してくれ。まぁこうしてダンジョンに忍び込んでるのが犯罪行為だって言われれば反論出来ないがそこは女神案件として大目に見て、その他には…そうだな、折角だから預かってくれ」
カイセはバングルを外すと、そのままシロに投げ渡した。
だがそのアイテムはシロの手をすり抜け、そのまま地面に転がった。
「私、ここでは物理干渉出来ないのよ?」
「あぁ、そういえばそうだったな」
休暇中とは言え天使のシロは色んな制約に縛られ、特にダンジョン攻略中は物理的な干渉が不可とされている。
カイセに同行して出来るのは、あくまでもアドバイザーとしての口出しや一部魔法干渉のみの助力。
その為こうしてアイテムを手に取る事すら出来ないのだった。
「カイセくんがそう言う事には使わないってちゃんと信用してるから、それは自分で持っておきなさいな」
「さっきの発言と視線見ると本当に信用されてるのか微妙な感じではあったけど、まぁまだ壊す訳にも放置する訳にもいかないから、このまま持たせて貰うよ。……片が付いたら女神にでも買い取ってもらうか?」
カイセは転がるバングルを拾い上げ、今度は身に着けずにアイテムボックスに仕舞い込んだ。
するとその直後、待っていた反応がカイセの右手に現れた。
「――あら、やっと来たみたいね」
カイセの右手中指が光を放ちだす。
光は直ぐに終息していき、そしてそこには〔指輪〕が出現した。
「これが?」
「そう。それがダンジョン専用のマジックアイテム。通称〔緊急脱出の指輪〕。このダンジョンから帰還する二つの手段の内の一つよ」
ダンジョンシステムによって生成された、ダンジョンに立ち入った者達全員に自動で付与される〔緊急脱出の指輪〕。
ダンジョン内で転移魔法が使えない理由の一つでもある。
「おさらいしておくと、ダンジョンから地上に途中で帰還するには、ダンジョン固有の二つの転移のどちらかを用いる必要がある。――その一つ目が〔帰還魔法陣〕。ダンジョン内の一定階層毎に設置された魔法陣を通って地上に帰還する方法ね」
ダンジョンには一定階層ごとに〔帰還魔法陣〕が設置されている。
人々には帰還地点と呼ばれているようだが、使用時に記録がされるので天界での名称が正しい気もする。
各所に設置された出口として、踏み込めばどれだけ深い階層に居ようとも一瞬で地上の出口に転移する事が出来る転移魔法陣。
更に一度帰還した後も、約五日の〔再突入禁止期間〕さえ過ぎてしまえば、セーブデータを読み込んで、また続きの階層から攻略を再開できるらしい。
ダンジョン攻略者達は、通常この手段でダンジョンを行き来して攻略を進めるらしい。
「そしてもう一つの手段が、緊急時用の〔緊急脱出の指輪〕。これはデメリットと引き換えに場所を問わず使った瞬間に地上に帰還する、いわゆる最後の手段ってところね」
先程手にした指輪を使用すれば、次の瞬間には地上に帰還できる。
だがセーブポイントと事なり、この使用には明確なデメリットがある。
〔ドロップアイテムの没収〕〔セーブの巻き戻し〕〔再突入禁止期間の増加〕。
命が助かるだけマシではあるだろうが、稼ぎに来ている者達にとってはそこまでの苦労を無に帰して大赤字となるペナルティが付与される。
「まぁそのデメリットが逆に使用を躊躇させて手遅れになる事もあるみたいだけど……カイセくんは判断間違えないでよね?例えこの依頼を放棄してでも、自分の命を優先しなさいよ?」
「それは勿論。これ駄目だとなったら遠慮なく使うさ。ただ……使わなくて済むように、それなりに準備はしてきたつもりだけどな」
そう言うとカイセは予め準備してあった、護衛を引っ張り出す。
「これもう階段出てるんだよな?」
「指輪が出現した時点で進めるようになってるはずよ」
「それじゃあ、時間も限られてる訳だし、とっとと進むとしますかね」
「ええそうね。それじゃあ気を付けながら頑張ってね」
そしてカイセ達は第一階層での準備を終えて、そのまま次へと進み始めたのだった。