増えた?戻った?
「ただいまっと」
「ふぁ、ふぉふぁいふぃ――」
「何言ってるか分からないから飲みこんでから喋れ」
口に食べ物が詰まった状態で喋ろうとするアリシアを制止するカイセ。
王城を出て町中へと戻ったカイセは、そのまま真っ直ぐ…いや一件だけ寄り道をしてから、アリシアとシロのもとに合流した。
二人はカイセ抜きで観光を続け、特に待ち合わせも決めていなかったが慣れたアリシアの気配を手繰った為に迷うことなく合流出来た。
ちなみに天使であるシロはその類の探知対象外になっているため、観光にアリシアを同行させたのはそう言う目印としての意味合いも少しばかりあったりもする。
「用事は済んだみたいね。おかえりカイセくん。これ食べる?」
「こっちはこっちで食いかけを渡してくるな。というか……二人でどんだけ食ってんだよ」
二人が居たのは、日本で言うところのフードコートの広場の座席。
この一帯は飲み屋街や観光向けの屋台が集中しているため、こうして合同の野外飲食席が設置されていた。
そして二人の間のテーブルには、フルコースのように色んな食べ物や空の器が並んでいた。
現状は観光と言うよりも完全に食道楽のようだ。
(……良い機会かな)
その様子を見て今が切り出すチャンスかと、カイセはアリシアに言葉を掛ける。
「――実はな、ちょっと前から言おうかどうか迷ってたんだが……最近、ちょっとばかしなんだが〔指輪〕の魔力消費が多くなってるんだよな」
「そうなんですか?」
「あぁ、それでな……この前補充した時に素材の劣化具合とかも確認してみたんだが、これと言った問題も無かった訳だ。仕込んだ魔法も問題無かったし。となると……後は単純な要因、例えば転移対象の重量の変化なんかが考えられる訳なんだよな」
「………」
黙り込み、食べ物を持つ手も止まり皿の上に落とす。
カイセが指摘したのはアリシアに渡した〔転移の指輪〕についてだ。
最近は状況に応じて魔法陣と使い分けているが、当然こっちの指輪も使用している。
そしてその指輪への魔力補充は当然カイセが行っている。
だからこそ分かるのだが……最近指輪で消費される魔力量が、以前に比べて少しばかり増えているようなのだ。
特段問題になる量でも無く問題が起こるような変化でも無いが、それでも確実に起きているちょっとした変化。
そもそもの話として、《転移魔法》というのは転移距離や対象の質量などによって消費魔力が増減するものなのだ。
つまりそれは――
「あーなるほどね。アリシアちゃん太ったんだ」
わざとオブラートに包んでいたのに、対面のシロはお構いなしに核心を突いた。
「ちょッ…シロさんッ!?」
「けど見た感じ、今がちょうどいいくらいじゃない?」
シロの指摘はどちらも正しいのだろうとカイセは思う。
アリシアが出会った頃よりも体重を増したのは事実だろう。
体重が増した事で、僅かだが転移の消費魔力も増えた。
……と言っても、魔力消費の増加度合いから見ても、恐らく精々が数キロ程度で、少なくとも二桁には達していないだろう。
そしてそもそも、増える事自体が悪い事かと聞かれればそうは思わない。
アリシアは元々教会の巫女であった。
教会は上はともかく、一神官達には節制や質素倹約を求める。
更に破門直前のアリシアは次期聖女候補としての特別な試練や修練もこなしていた事も考えれば、おそらくは年齢における適正体重と言う基準にはおよそ届いていなかっただろうと思える。
とはいえ、それで特段不健康な体だったという訳では無い。
初対面の見た目の印象もそこまで過度に感じるものでは無く、当のアリシアからもその手の要因らしき事で体調を崩したという話は聞いたことが無かった。
つまりはただ普通よりも痩せていたというだけの事。
――そんな痩せ気味だったアリシアが教会での節制生活から抜け出し、元の普通の食生活に戻ったのだ。
ましてや実家が農家ともなればしっかり食ってしっかり働くが基本スタイル。
しかもカイセとの交易で大幅な変化が起きたとは言え、未だ基本の主食はお米。
体重が増えるのも当然で、その上でむしろ今の状態こそがシロの言う通りちょうど良い体重になったのだろう。
とは言え……
「……男の俺に言われるのはアレだと思うが、まぁ惨事にならないように気を付けろよ?」
「そこは大丈夫です!普段から食事と運動量との均衡はちゃんと取ってますから……まぁ外食分は計算の外ですけど」
「全然駄目じゃねぇか、そこ一番重要だろう」
基本的な食習慣を管理出来ていても、家の外での食事が計算外ならその分肥えて当然だろう。
「……明日はいつもより動きます」
「食べるの減らす選択肢は?」
「食べ物に罪はありません」
そう言って食事を再開するアリシア。
先程の憂いも何処へやら、美味しそうに食していく。
これはやはり教会の節制の反動なのだろうか。
(……この世界にも〔七つの大罪〕って存在するんだろうか?その内調べてみるか?)
アリシアのその姿を見ながら、称号に"暴食"が加わらないと良いなぁと、カイセは心の中でひっそりと思っていた。
「ところで、カイセくんの用事は済んだの?」
「済んだから帰って来たんだ。何か土産に菓子も貰ったし」
「お菓子」
その単語に反応したアリシアを見て、カイセは少しばかりこの子の先行きに不安を覚えた。
「……まぁ、ここで開けるのは何だから、帰って中身見て分けられるようなものだったなら分けてやるよ」
「ありがとうございます!」
「カイセくん。箱とは別に何か紙も入ってるわよ?」
「え?」
カイセはシロの指摘で、土産にもらった紙袋を今一度覗き込む。
そこには菓子が入っているであろう箱と一緒に、一通の封筒が見受けられた。
「……嫌な予感」
取り出した一通の手紙には封蝋が押されていた。
そしてその紋様は王家のもの。
どう考えても厄介事の予感しかしなかった。