新しい住人
「――ほい、お土産」
「……何ですか、これは?」
「温泉まんじゅう」
カイセ達が魔境の森に帰還した数日後。
アリシアにカイセは龍の里からの土産の箱を手渡していた。
「お饅頭?なんでこれがお土産になるんですか?」
「温泉帰りの土産の定番じゃない?いや、こっちだとそうでもないか」
思えば向こうの世界の考え・知識なのもそうだが、こちらの世界には温泉文化そのものが限られた場所にしかない。
温泉都市とも言える観光地は、ここからだと王都起点で正反対の、相当遠くになるためにこの地方の人ならばなお縁遠いであろう。
「ところでここに書かれてる〔龍の里〕って、あの龍の里ですか?」
「他にも龍の里があるなんて聞いた事無いけど…裂け目の向こうの龍の里だな」
「〔世界の果て〕ってそういう事だったんですね。あくまでも人類領域の端っこの何処かと思ってました」
一般的な知識で言えば〔世界の果て〕は人類領域の端と言った理解になるようだ。
人によっては国境の町をイメージする者もいるだろう。
その先の裂け目、ましてやその更に向こうの龍の里にイメージが行き着く者は極限られるようだ。
「龍の里、そこからのお土産。その割にはシンプルなですね。もっと凝った装飾とか…モグモグ……まぁとても美味しいですけど…モグモグ」
「もう食ってるのか?それご家族の分込みだから一人で全部食うなよ?」
「なら兄の分は食べちゃって大丈夫ですね。しばらく帰ってきませんし残しても駄目にするだけですから」
「どっか出掛けてるのか?」
「ちょっと所用で遠出をモグモグ……なので兄の分は私の分です」
「それでも一度に食う量ではないけどな?好きにすればいいけど」
土産として渡したものなのでどう食おうと勝手なのだ……まぁ放っておこう。
一緒にエルマへの分も預けたかったのだが、手を付けられても困るので腹が満たされた帰り際にでも預けよう。
「……ところで、一つ質問良いですか?」
「ん、何?」
「行き先が龍の里だったんでしたら、何で鳥が増えてるんですか?」
アリシアはそう言って先程からジャバと戯れている一羽の鳥を指差した。
燃える炎のように赤やオレンジのグラデーションの効いた美しい毛色の鳥。
当然ながら旅立つ前にはここには居なかったはずの生き物だ。
「あれは向こうで貰った〔タマゴ〕が孵って、そしたらあの鳥が生まれて来たんだよ」
「龍の里だったんでしたよね?何で鳥のタマゴを……ちなみに何て種類の鳥なんですか?教会所蔵の鳥類大全でも見かけた事無いのですが」
「不死鳥」
「……ん?もう一度いいですか?」
カイセの言葉に一瞬耳を疑ったアリシアは、あえてもう一度問い掛ける。
「【不死鳥】で、名前は【フェニ】な。鳥の本に書かれていなかったのは、いわゆる〔聖獣〕に分類される生物だからじゃないかな?」
「……聖獣?」
何やらハテナが多いアリシア。
本気で困惑している様子だった。
個体名:フェニ
種族:不死鳥
年齢:数日
職業:―
称号:"聖獣"
生命 500
魔力 100
身体 100
魔法 100
火魔法 Lv.3
光魔法 Lv.1
特殊項目:
自動再生 Lv.10
自動回復 Lv.10
転生輪廻(真) Lv.10
光龍から渡されたタマゴ。
この魔境の森に帰ってすぐにタマゴを《アイテムボックス》から取り出して見れば、その数分後にはタマゴは孵化した。
恐らくは既に生まれる準備は整っており、後は場所だけが大事だったのだろう。
そして生まれたのが【不死鳥のフェニ】。
聖獣にも分類される希少存在。。
「フェニックスって、不死身の鳥のフェニックスですよね?」
「厳密には不死に最も近い鳥だな。やり方次第では殺せるみたいだし」
フェニックスが不死鳥たる由縁はスキルにある。
《自動再生》は受けたダメージを、《自動回復》は消耗した魔力を、本来の自然な回復能力に上乗せして癒す事の出来るスキルだ。
どちらも上限のレベル10として異常なまでの、それこそ高い生命力と相まって不死の鳥と名付けられるに相応しい生存能力を有している。
そしてもう一つ、不死鳥としての本命となるスキル。
《転生輪廻(真)》。
これは前世の記憶を保持したままで〔生まれ直す〕ことが出来るスキルであるらしい。
光龍の《転生輪廻》とは同系統だが別の、上位互換とも言えるスキルらしく、光龍のは一度限りの、長として後世へと大事な記憶の引継ぐ猶予を得る為に認められた特権。
それに対して《転生輪廻(真)》は回数制限無しで生まれ直す事の出来るスキルだ。
フェニックスという希少種族だけの特権であり、レベル10ともなれば記憶の欠損も一切無く、魂由来の情報は完璧に引き継げる。
生命力とスキルでとても死ににくく、仮に死んでも生まれ直せる。
真に不死と言う訳では無いが、不死の鳥と名付けられても仕方がないと言える存在であろう。
「……それで、あの子はどうするんですか?もしかしてこのままここで暮らすんですか?」
「生まれてすぐにこの森に放とうとしたけど、一分ぐらいですぐに帰って来てそのまま居着いちゃったんだよな。無理に追い出すのもアレなんで、仕方ないから自主的に出て行く気になるまでは普通に世話をしようかとは思ってる。俺に渡されたタマゴだったわけだし」
「龍に不死鳥……もう何が住み着いても驚かないような気がします。そのうち天使や悪魔でも住み着くんじゃないですか?」
アリシアの呆れた声。
出来ればそんなフラグになりそうな言葉は控えてほしいものだが。
特に天使は実際に知り合いが居る訳なのだし。
――そういう訳で、魔境の森のカイセの家には新たな住人【不死鳥のフェニ】がこのまま住み着いたのであった。