小さなつづら
今、カイセの目の前には〔大きなつづら〕と〔小さなつづら〕の二つが置かれている。
どちらも光龍名義の贈り物。
お伽噺を参考にするなら本来貰えるのはどちらか一つのはずなのだが、どっちも確かにカイセ宛てに届けられた、一連の出来事へのお礼とお詫びの品のようだ。
「御伽話の通りなら小さい方は金銀財宝、大きな方は魑魅魍魎だったか。それならまずは大きい方からだな」
ゆっくりと大きなつづらを開くカイセ。
そしてその中身を確認し、ひとまず納得の内容である事を認識する。
「……あながち魑魅魍魎って言うのも間違いではないな。全部が残骸死骸の素材になってるけど」
納められていたのは、様々な魔物の素材が箱一杯。
有り難いのはどれも魔境の森には生息しない、向こうでは手に入りにくい個体ばかりな事だろう。
「〔光龍の爪〕みたいな極限に扱いに困るものよりも、こういう扱いやすい物のほうが助かるな。使うにしても売るにしても」
先の〔光龍の爪〕など、使うにしてもモノがモノだけに加工も何もかもが取り扱いにくく希少性からも覚悟が要り、譲り渡すにしても相手が確実に困り、売るにしても市場が大騒ぎになる。
それに比べてこのつづらの中の素材は、何をするにもそこそこ扱いやすい。
いくつかは先の馬型ゴーレムで使い尽した素材の補填にもなりそうだ。
結果として〔大きなつづら〕の中身は何の問題も無く、むしろ有り難く受け取る事が出来たのだった。
そして残るはもう一つの〔小さなつづら〕である。
「……まぁとっとと済ませるか」
カイセは恐る恐る小さなつづらに手を掛ける。
そのままゆっくりと蓋を持ち上げて、ゆっくりそっと中身を覗き見ると…その中身はたったんの一つだけ。
そしてそっと蓋を戻して閉じた。
「……?」
首を傾げるカイセは、再びゆっくりとつづらを開き中身を確認する。
「タマゴ?」
そこに納められていたのは、見紛う事無き何かの〔タマゴ〕であった。
軽く触れると温かさも感じる事が出来るので、恐らく順調に何かが育っているようだ。
「たまごー?なんの?」
「分かんない」
ジャバの質問にカイセは答えられない。
《鑑定》が使える状況なら判別可能なのだが、龍の里に居る限りは結界によって封じられている。
ゆえにこれが何のタマゴであるのかは全く分からない。
「とりあえず食べるのはマズそうだな」
「このタマゴ、不味いの?」
「いやそう言う意味じゃなくて…味がどうこうじゃなく、そもそも食べない方が良いんじゃないかって事な」
食用のタマゴをわざわざこんな形で渡すとも思えない。
カイセ達に食べさせたいのならそもそも料理にして食事の際に出せばいい。
あえてこれだけ立派でしっかりとした作りのつづらに納めて来たのだから、それ相応に価値のあるタマゴなのだと思う。
仮に食す目的にしても、しょいぱくでお腹に納めて良い物ではないはずだ。
「……本当に何のタマゴやら。光龍に聞けば答えてくれるかな?」
結論から言えば、後に光龍に確認しても答えを得ることは出来なかった。
光龍曰く『生まれてからのお楽しみ』だそうだ。
若干面倒事の予感もするが、受け取らないと言う選択肢はそもそもない。
礼と謝意の品である以上、受け取り拒否すればを向こうの面子を潰した上で別の面倒に発展しかねない。
ゆえに詳細不明であれど、光龍の言葉に悪意を感じなかった以上は拒否する気にはならなかった。
「まぁ何か問題起きた時は全力で巻き込もう」
幸い〔龍紋〕は光龍との連絡手段としても使う事が出来る。
なのでこのタマゴが何かしらの面倒を引き込んだ時には遠慮なく光龍に絡むとしよう。
「……そう言えば、これってまだ生まれる前のタマゴの状態だから、《アイテムボックス》に入るんだな」
《アイテムボックス》には生き物を入れる事は出来ない。
だが生まれる前のタマゴや、死後死骸の素材などは問題無く入る。
「中身は時間経過が止まるから、タマゴを孵すには入れちゃ駄目だろうけど…まぁ運ぶ時ぐらいはいいか」
タマゴである以上、割ってしまうのはとても困るので《アイテムボックス》に仕舞っておきたいが、そうなると生まれる事も出来なくなる。
このタマゴの扱いはきちんと考える必要がありそうだ。
「……カイセ、タマゴ見てたらお腹空いた」
「食うなよ?このタマゴは絶対に食うなよ?フリじゃないからな?何が起きるか全く分からないからな?……とりあえず昼飯食いに行くか」
「いくー!」
そうしてカイセは大きなつづらは仕舞い込み、小さなつづらとタマゴは部屋に残したまま食事に出向いたのであった。
今もタマゴはゆっくりとその時に近づき、それが実際に生まれるのはまた後日、カイセ達が森へと帰り着いてからの事であった。




