一仕事終えて
「――結局、満タンまで四周かかったか。安全に余力を確保した分で代わりに回数がかさんだな」
カイセ達による聖属性の魔力の充填は、四度目のカイセの出番を終えてようやく必要量が満たされた。
魔力を大量に消費して、ポーションで補充して、消費して補充して。
この繰り返しは流石のカイセであれども身体的・精神的な疲労を多大に感じさせるものであった。
(……いっそ魔力枯渇の時みたいに、意識が強制シャットダンされれば楽ではあるんだけどな)
魔力枯渇の時とは異なり、ある程度魔力に余裕を残して行った作業である為、あの時のように気を失う事は無い。
このキツイ感覚を感じ続けねばならない状況だ。
(まぁ俺よりも、向こうのほうがキツイだろうな)
カイセの視線の先には、椅子にぐったりと体を預けるジャンヌとリズの二人の姿があった。
彼女らには三度目止まりで四度目の出番は回って来なかったが、無暗に頑丈なカイセとは異なり、特別ではあれどその身はしっかりと人の常識の範疇に収まっている。
そんな彼女ら二人の方が、感じる負荷、掛かる負担はキツイだろう。
「お水いるー?」
「氷もありますよ。それと欲しいものがあれば言ってください、すぐに持ってきます」
ジャンヌとリズの二人の看病をするジャバと風龍。
看病とは言っても、ジャバに関しては水しか勧めていないので大体が風龍のお仕事だ。
とは言え今回の場合、風龍自身が得意とする治癒魔法は最低限にしか使っていない。
そもそも治癒魔法は外傷・病魔・状態異常にこそ効果てきめんではあるが、精神的疲労や魔力消耗の類には多少の効果しか及ぼすことが出来ない。
当然無いよりはマシなので使いはするが、後は環境を整えて自然回復に任せるばかりだ。
「――ご苦労だったな。カイセ」
そうして一同が別の部屋にて休息を取っていると、その部屋に指揮を終えた光龍が姿を現した。
そしてカイセの向かいの席に座る。
「それで、首尾はどうなんだ?」
「問題無しだな。これでもしも今後、邪属性に侵された者が出現したとしても今回蓄えた聖属性の魔力があれば万全に手を打つことが出来る」
今回の聖属性の魔力充填は、今後起こるかも知れない邪属性絡みの事態に対する備え。
カイセ達が居ない状況でも仲間を救えるようにとの準備である。
今回充填した聖属性の魔力により、通常の《浄化魔法》は勿論、里全域を覆う《結界》を利用した里全体の浄化、大規模な《領域浄化》も使用できるそうだ。
「……そもそもの話なんだが、何で龍には聖属性持ちが居ないんだろうな?邪龍なんて存在が実在するんだから聖属性の龍、〔聖龍〕って存在だって居てもいいと思うんだけど。そうすれば何の問題もないだろうに」
「聖龍ではないが〔神聖龍〕と呼ばれる存在であれば、伝承の…過去には確かに実在はしたようだぞ?あくまでも創世神話の時代にであるがな」
初代勇者の時代どころか、それこそ人類や既存の龍種族すら生まれる前の時代の話だ。
何かしらの伝承や記録に残っていたとしても、実在した事を証明できる者は誰も居ないだろう。
そもそも証明出来たところで、今この時代に存在しない以上はどうしようもないのだが。
「と…それよりもカイセよ。左手の〔龍紋〕を見せてほしい」
「ん?別にいいけど」
光龍に言われるまま、カイセは龍の里への招待状や通行手形代わりの〔龍紋〕が浮かび上がった左手を前に差し出す。
その手の甲に光龍はそっと触れる。
すると龍紋が一瞬、熱と共に光を放った。
「これで良し」
「……何をしたんだ?」
「〔龍紋〕を固定した。これで其方はこの里に自由に出入りが出来るようになった」
元々カイセ達が与えられた〔龍紋〕は使い捨ての一度きりのもの。
帰路につき里の結界を越えてしまえば消え去る代物であったはずだ。
だが今の一瞬のやり取りにより、カイセの龍紋は恒久的なものとなったようだ。
「勝手に何してんのさ」
「此度の礼の一つだ。先に伝えると要らないと言われそうだったので不意打ちにさせてもらった」
「まぁ要らないって言ってただろうけど……不意打ちで押し付けるってそれお礼じゃないだろ」
「そうだな。礼と言うの建前であるからな。お礼の一つと言っておけば反対する者は居なくなるからそういう体にしただけだ」
龍種族の里への出入り自由の権利を人族に与えるのは異例な事。
それを周囲に納得させる為に、お礼としての体を成したようだ。
「何か企んでるのか?」
「いいや特には。これもただの備えだ。こうしておいたほうが後々に役立つと思ってな」
「未来予測かなんか?」
「ただの直感だ」
光龍の直感。
どうもロクな事にはならない予感がプンプンするが、こちらの意志で剥がせるような代物ではないので諦めるしかない。
紋自体は表面上では消す事も出来るので、日常生活で支障が出る事も無い。
何か問題があったなら、その時には消す方法を真面目に全力で〔星の図書館〕で探る事にしよう。
「ちなみに本命の謝礼については、他の者達も含めて明日には宿に届けさせるゆえ楽しみ待っていると良い」
「うん、まぁ程々で良いからな?何をくれるか知らんが過剰過ぎると色々困るから」
「肝に免じておこう」
そう言った光龍であったのだが、翌日二つの箱が部屋に届けられたのだった。
「――〔大きなつづら〕と〔小さなつづら〕か。何で二つも?」