運命との再会
「――ハチミツ?この質のジャムだけでもアレなのに、まさかのハチミツ!?使用制限はどこまでですか?」
「パンに好きに塗っちゃっていいから。無くなっても次があるから気にせずに、好きなだけ使えばいいよ」
「……カイセさん。私をここで使用人として働かせてもらえませんか?お給料は平均でいいので、寝床と食事はしっかりとお願いしたいです」
「募集してないので要らないです」
結局徹夜となってしまったが、カイセは何とかアリシアの起床前に帰ってくる事が出来た。
今日の朝食は二人分のため、多めに用意したのだが、パンの山がみるみる減っていく。
ちなみに先程の就職発言は眼がマジだった。
〔魔境の森〕の奥地という職場環境の恐怖は、食欲の前には障害にならないようだ。
とりあえずお願いだから甘い物に釣られて大事なことを決めようとしないでくれ。
「あ、それととりあえず、今回の騒動はどうにかなったから。はいこれ」
カイセは一通の便箋を手渡す。
「どうにかって…あ、食事中に行儀が悪いですよ。……私宛て?この封蝋は……聖女様!?」
「はいペーパーナイフ」
「……お借りします」
アリシアは慣れた手つきで開封する。
そして手紙の内容に目を通す。
「はうッ!?」
読んでいると、アリシアはその内容に奇声を上げていた。
何やらそれだけの事が書かれていたようだ。
そして若干震えながら、アリシアはその手紙をカイセに渡してくる。
「読んでいいの?」
声が出ず、頭を縦に振るアリシア。
カイセは手紙を受け取り読みだす。
「あー……まぁ、これはビビるわな」
手紙の内容をまとめると「問題は全て解決したから安心してね」という事だ。
それ自体は嬉しい知らせなのだが、恐らくアリシアの奇声が上がったのはここであろうという最後の一文。
「「アリシアに〔聖女の加護を与える〕」かぁ……まぁ良かったじゃん。これで再度の襲撃の可能性はなくなったも同然だ」
要するに聖女自ら「アリシアには手出しをするな」と宣言した事になる。
これに反する行動は、聖女を祭り上げている教会の意志にも反する事として〔異端〕認定される事もある。
しかも聖女が代替わりした後も、アリシア自身が亡くなるまで有効。
つまりは信仰を持つ教会の人間にとって、アリシアの存在は〔禁忌〕となったに等しいのだ。
元聖女候補とはいえ、破門された身には過度と言っていいほどの保護であろう。
(馬鹿が禁忌を犯す可能性がゼロではないから何とも言えないが、そう言った馬鹿は多分あの聖女なら真っ先に排除しそうかな。聖女の名で「もう大丈夫」と宣言したからには少なくとも現状の脅威の芽は全て摘まれたんだろう)
少なくとも当面は、今回のような騒動に巻き込まれることはなさそうだ。
「まぁこういう事だから、安心して実家に帰りなさい。ちゃんと送って行くから」
「一体いつの間にこんな……」
「アリシアが寝ている間。さて……あぁ、アリシアはまだ食ってていいから。俺はちょっとお土産を見繕ってくるから」
「おみや……あ、いえ、お気遣いなく。お世話になったのはこちらの方なんですから」
一応取り繕ったが、確実に物欲が見えたアリシア。
とりあえずハチミツとジャムは一瓶ずつ入れておこう。
「……それにしても、良く食うなぁ。別に食べてもらっていいんだけど、流石に喰い過ぎじゃないのか?健康的な意味で」
出しているのはシンプルなロールパンなのだが、既に六個目に突入していた。
余ったら持ち帰りでと思い多めに焼いたのだが、十個全部食いつくすんじゃないか?
「確かにいつもよりも多く食べていますが、実家に帰れば朝も夜も毎日お米メインの生活が待っていますから。うちじゃパンなんて月に一度出るかどうかですし、そもそもこんなハチミツなんてなお縁遠い代物なので、今のうちに貯めこんで――」
「――ちょっと待って、今なんて言った?」
カイセは、アリシアの口からとても聞き捨てならない単語を聞いた気がした。
「……お米あるの?」
「ありますよ。そもそもうちは米農家ですから」
コメノウカ。
カイセは図書館で本を漁り情報を掘り出した。
(そこまで多くは無いけど、普通に流通してるじゃんか……)
この異世界生活の開始初期、まず最初に探した作物は米だった。
日本人として外せない食材。
だがこの魔境の森の中では一切見つからず、「異世界だから無いもの」とばかり思いこんで調べる事すらしていなかった。
その道中で簡単に小麦を見つけてしまったため、「お米が無ければパンを食べればいいじゃない」の精神で意識がそっちに向いてしまったのも原因であろう。
何というべきか、自主規制を掛けているとはいえ〔星の図書館〕という知識倉庫を有していながらもこれである。
まさに宝の持ち腐れである。
だがここに来て、予想外の方向からチャンスが舞い込んできた。
「そのお米って、当然売るために作ってるんだよね?」
「ええ勿論です。ですが最近は買い取ってくれる量が少しずつ減っていて、村の中で物々交換に自分達で消費しても、まだ余るようになってしまっているらしく、生産量を減らそうかと話しているそうです。なので実家に帰れば米尽くしが確定しているので、今のうちにパンを堪能して――」
「そのお米って個人に直接売って貰う事って出来るか?」
パンを口にするアリシアの動きが止まった。
そして目の色が変わったような気がした。
「――おお。本当に田んぼだ!稲だ!」
「そりゃありますよ。……それよりも私はこんな簡単に魔境の森から村に《転移》出来るほうが驚きですよ」
食事を終え、身支度を整えたアリシアは、お土産袋を抱えながらカイセと共に実家のある村の近くへ《転移》した。
「それじゃあちょっと確認してくるので、少し待っていてください」
「待ちます!」
カイセはその場で待機、アリシアはそのまま村へ…そして実家へと戻って行った。
そして十分程経つと、改めてカイセのもとへとアリシアは戻って来た。
「――大丈夫みたいです。最初は不審がってましたけど、お土産の味見をさせたら一瞬でした。あれ怪しい薬とか入ってませんよね?洗脳とか……」
「普通の反応なんじゃないの?アリシアもプリン食べたら一瞬で警戒心薄れてたじゃん」
似た者家族なのか、それとも普通の反応なのか。
美味い物には壁が無いという事なのか?
何にせよ了承して貰えたようで良かった。
「それじゃあ……はいこれ」
「何です…か……指輪ッ!?」
カイセがアリシアに渡したのは指輪であった。
「あの…えっと…これは流石に順番が……そういうのはもう少しお互いを知ってから……」
何やら顔が赤くなり、モジモジし始めたアリシア。
カイセはある可能性に気付き、「やらかしたなぁ」と心の中で思った。
「アリシア、その指輪は〔《転移》のマジックアイテム〕だ」
「――へ?」
アリシアが呆けた顔をしている。
やはり何やら誤解を与えてしまったようだ。
「これからは定期的に〔取引〕する事になっただろ?基本的には俺のほうがこっちに来るけど、状況によってはアリシアのほうが俺の家に来てくれたほうが良い時もあるだろうから、この村と俺の家を《転移》で行き来する事だけ出来るようにした〔マジックアイテム〕を持っててもらった方が良いかなぁと思ってさ。ちなみに魔力は使う度に俺が補充するから心配ない」
少し前に、本の知識を基に実験がてら製作した《転移》のマジックアイテム。
誰でも《転移》が扱える反面、通常の倍以上の魔力が必要になるため欠陥品としてお蔵入りしていた代物だ。
そもそもカイセ自身が使うための代物だったが、最終的には自身で《転移》を習得出来てしまったため、本格的に必要が無くなった物だ。
それを今回、〔アリシア専用〕と〔村⇔カイセの家間限定〕という条件を加えて用途を限定する事で、ある程度の燃費効率を改善しつつ、盗難の危険性を極力減らした。
流石にカイセも、〔誰でも使える《転移》のマジックアイテム〕が危険物である事は理解しているのでその辺りはしっかりとしている。
「―――!!」
勘違いをしていたアリシアがめっちゃ睨んでくる。
ここで素直に触れてしまうと荒れそうなので、あえてスルーし続ける。
とにもかくにも、アリシアは無事に家へと帰る事が出来た。
本日は夜にもう一話更新します。