侵食汚染
『――この未熟者共め。紛いなりにも〔七星龍〕ともあろう者が、その程度の汚染に容易く屈しおって!』
目の間の二龍の不甲斐なさに怒る光龍。
その姿は本来の龍の姿。
それも空間そのものを揺さぶりかねない程の魔力を滾らせた、言うなれば本気の力を纏っている。
そんな光龍が対峙するのは【水龍】と【火龍】。
両者ともに今のその体には〔邪龍の欠片〕を植え付けられ、肉体と魂そして思考を負の感情に汚染されつつある。
そこらの龍であれば先刻のドラゴンゾンビ達のように、先に肉体が耐え切れず命を落としアンデットと化すのが本来であろう。
だがそこは未熟でも七星龍。
苦しみもがきながらもその肉体は未だ健在、どころか欠片の汚染により幾分か強化もされている。
とは言えその精神は既に限界。
このまま汚染を振りほどけなければ〔第二・第三の邪龍〕の誕生である。
(……これも駄目か。やはり《光》では足りぬか)
いくつかの魔法で手応えを探るも成果なし。
光龍の適性属性である《光属性》は、確かに《邪属性》にも有効な属性だ。
だが攻撃や防御として有効であっても、〔邪を祓う〕という点については幾分も足りない。
目の前の汚染された二龍を、真に元の姿に戻すことが出来るのは《聖属性》の力のみだ。
そういう意味では今この里には、《聖属性》持ちの中でも最高位の人間が存在しているのだが……
(あやつらでは駄目だ。我らが里の不始末で、あれらに犠牲を強いる訳には行かない)
今この里に居る《聖属性》の持ち主。
カイセとジャンヌ。
あの二人の聖属性魔法であるなら、目の前の邪龍モドキなど歯牙にも掛けないだろう。
だがどちらにも欠点はある。
(カイセのアレは、恐らくは《古代魔法》に類する聖属性魔法だったのだろうが……あの威力では強すぎる)
〔七星龍〕の長として星龍の《任命権限》も持つ光龍。
権限を持つという事は幾分かの責任も担うと言うことでもあり、光龍には自らの任命した星龍達の死に様を看取る力がある。
邪龍は本来星龍の枠には当てはまらず、光龍との繋がりも存在しないはずであったのだが、邪龍が力ごと闇龍を喰らった影響か、邪龍の最後の記憶は光龍に伝わった。
つまりはカイセのとんでもない聖属性魔法で邪龍が浄化されられる瞬間も把握している。
だからこそ、アレでは駄目な事を理解している。
(アレは真の邪龍であったからこそ、多少の残滓…ジャバと言う大元を残す事が出来た。だが目の前のこやつらは完全に堕ちたとしてもあの邪龍には届かない。そんなやつらがアレを喰らえば、欠片も残さずに滅せられる事になる。それでは意味がない。我が光魔法で滅ぼすのと結果が変わらない)
そしてあの聖属性魔法は、カイセの無我夢中の全力があったからこそ発動したもの。
あの規模が正道であり、より強化するのは可能であろうが少しでも加減をすればそもそも発動すらしないだろう。
もしもカイセが丁度良い聖属性魔法を身に着けていれば可能性は生まれるが、先の一件を聖女任せにした事からも聖属性はそこまで身に着けていない、もしくは修練が足らないのだろう。
大振りな古代魔法ならまだしも、近代の繊細な聖属性魔法を今から習得しようとしても間に合わない。
となれば残るは聖女ジャンヌだが……
(あの者は聖女ではあるが、その肉体はあくまでも人の範疇。程度が下がるとは言え紛いなりにも本物の邪龍二体を相手するとなればそれこそ命が危うくなる)
聖女ゆえにジャンヌは聖属性のプロフェッショナルである。
数も技術も超一流。
威力に関しては先の一件のような合わせ技でいくらでも上げられる。
だがその肉体はあくまでも人の身であり、大規模な魔法であればある程負担は膨大になる。
下手をすれば命の危機すらある。
(やつらの手は借りれぬ。となればやはり――)
地を這う二龍を尻目に、空へと舞い上がる光龍。
二龍を見下ろし、そして覚悟を決める。
『……済まぬな。せめて我の手で、これ以上苦しまぬように一瞬で逝かせてやろう』
発光する光龍の体からは、膨大な量の魔力が放出され、そして一点で集束していく。
そして生まれたのは光の塊。
『《極光大天帝球》』
光龍の頭上、青空に生み出したの巨大な光球。
太陽を隠す程に大きく、隠された太陽の代わりに大地を照らす光となっているため暗闇は生まれない。
そこに込められた魔力はとんでもなく膨大。
光龍最大の攻撃魔法は、込められた魔力の量も重なり、目の前の邪龍二体を殺すに足る威力を手にしていた。
『《天帝光鎖》……痛みは一瞬ゆえ、少し大人しくしておれ』
強固なる光の鎖がもがく二龍を捕え拘束する。
仕損じないように、不要に苦しみを続けさせないように、確実に一撃で仕留める為に。
『さらばだ水龍、火龍。この咎は我が――』
「ちょッと待ッたぁあああ!!!!」
その時、魔法により拡張された〔一人の男の声〕がその場に届く。
そしてその直後――
『なぁッ!!?』
天に輝く《極光大天帝球》。
その光の球に何かがぶつかり、光球と共に消滅したのだった。
『相殺だと!?まさか――』
威力だけで言えば光龍の最大魔法。
それを余波も無くキッチリと相殺する事が出来る相手など限られる。
ゆえに光龍は近づく存在、声の主に気付く。
『カイセ…それに聖女殿!!土龍よ何故連れて来た!お主ら何を――』
「そのままジッとしてて!……そーれッ!!」
高速で飛んできた土龍。
その背に乗り、そして今しがた女性一人を抱えて光龍の背に飛び移って来た存在。
「着地っと……怪我はないか?」
「怪我は無いですが…今の恐怖は流石に夢に見るかも知れません……」
抱えた女性を光龍の背に降ろしながら話す二人。
土龍がその背に乗せて来たのはカイセと聖女ジャンヌ。
ジャンヌを抱えたカイセは、高速で飛翔する土龍の背から身一つで光龍の背に乗り換えたのだった。
『お主ら何をしに来た!』
「土龍に助力を求められたから来た」
『土龍め…奴はどこへ――』
「土龍なら逃げたみたい。『勝手をしたらから怒られる』と『これからの事に巻き込まれたくない』らしい」
高速飛行でこの場に参上し、その速度のまま去って行った土龍。
ノンストップ高速飛行から下車は流石のカイセも少々大変だった。
そして何より、聖女ジャンヌに若干の恐怖によるトラウマが生まれたやも知れないが今は夢に見ない事を祈るしかない。
今はやるべき事がある。
「大丈夫か?」
「……大丈夫です。早速始めましょう!」