お花畑
「わー、綺麗だねー」
時は少し戻り、ここは龍の里最大のお花畑。
辺り一面を色鮮やかな花々が埋め尽くし、小動物たちが賑わいを見せていた。
そこにやって来たのはジャバと風龍。
ジャバは遊びや散歩気分であるが、風龍にとってはちょっとしたデート気分だった。
「甘い匂いもする!これ食べれるの!?」
「えっと……食べれないこともないですけど、出来れば食べないで欲しいかな?」
流石のジャバも、綺麗なものは綺麗と認めるだけの眼と感性は備えている。
とは言えまだまだ花より団子。
甘い匂いのする花に食欲を沸かす辺りに、少しばかり風龍も反応に困ったようだ。
「ここはですね、むかーしむかしに戦いがあった場所なんだそうです。私はまだ生まれる前でしたけど」
「たたかい?」
「はい。ある時、突然現れた悪い龍と、当時の星龍との戦いが……」
「どっちが勝ったの?」
「勝ち負けは決められなかったそうです。簡単に言えば引き分けです」
突如出現した謎の龍。
後に〔邪龍〕と呼ばれる存在。
対峙したのは三体の星龍。
だが彼らが現場に集結した時、既に邪龍は闇龍を喰らい取り込んだ後であった。
「その場を見た方は居なかったそうですが、〔邪属性〕は系統外で未知な力ではありますけど闇属性と相性が良いと言う話ですので、邪龍は狙って闇龍を標的にしたのではないかとも言われています。あくまで憶測ですけど」
「あいしょう?なかよし?」
「ちょっと違う気もしますが、まぁそんな感じで考えてもいいのかな?とにかく結果として、邪龍がものすっごく強くなってしまったそうなんです」
「強い?どのくらい?カイセくらい?」
「えっと、ごめんなさい。私はカイセさんがどのくらい強いのか知らないのでその比較は何とも言えません。ですがどうも、ステータスだけでは測れない何かがあったそうです」
種族として強力な龍族の中で更に頂点となる七体の星龍。
例え七体の中の最弱であろうとも、その平均ステータスは400はあるとされる。
対して当時の邪龍は、里に残る資料によれば想定で500弱。
その状況で三対一。
個々の差はあれど三体纏まり対峙するなら、星龍側が圧勝してもおかしくはなかったはずなのにその結果は引き分け。
双方が深手を負い、結果として邪龍は仕留めきれずに里の外へ逃げ出すのを許してしまったのだった。
「その結果邪龍は、人類領域にある魔境の森に逃げ延びたみたいです」
「まきょうの森……おうちといっしょ!」
「おうち?……そういえばお客人の一組は魔境の森からだと光龍様が言ってたような…ジャバくんたちの事だったんですね。邪龍は既に滅んでいるようですが、どんなところですか?魔境の森とは」
「どんな?うーん……美味しいものがいっぱい!」
真っ先に出るのが食べ物の感想である点はアレではあるが、気が付けば風龍も慣れ始めていたので特に戸惑うような反応も無くなっていた。
「あとは…危険なところ?でも危険にさえたいしょできれば色々ほうふで良い場所だってカイセは言ってた!」
「……人類領域で最も危ない場所と聞いてたんですけど、何者なんですか?カイセさんって」
「カイセはカイセだよ?」
とまぁ少し脱線はした気がするが、詰まる所この花畑の前身は邪龍戦地跡であるという事だ。
「そんな戦いの中で木々も倒され、それも撤去された後はここには何もない大地が広がっていたそうです。ですが……そんな寂しい大地にお花を植え始めたのが、先代の風龍である私のお母様なんです」
「ふーりゅーのおかあさん?」
「はいそうです。戦いで消し飛んだ木々や花草を少しでも取り戻したいと、最初はお母様お一人で植えていたそうですが、その姿を見て次第に他の方々も参加し、みんなで少しずつ少しずつ花を植えて育てていったらしいです。そうして出来上がったのが今のこのお花畑です!」
ジャバの前で楽しそうに両手を大きく広げる風龍の少女。
その母親も既に亡くなり、空位になった風龍の席は、その直後に娘であるこの風龍が継いだ。
七星龍の資格・適性は血筋には関係無く発現するものであるため、親子二代での就任はとても珍しく、里の中ではこの母の愛情の具現化と噂された。
そんな風龍にとってこの花畑は、とても大事な母娘の思い出の場所である。
「ジャバくんを案内する時、真っ先にここに来て欲しいなって思ったんです。私の大切な場所をジャバくんに紹介したかったんです。ジャバくんどうですか、この場所は?」
「うん!とっても綺麗でいいところ!」
ジャバの言葉に満面の笑みを浮かべる風龍。
それに釣られてジャバも満面の笑顔を見せる。
「……ジャバくん、良ければ私の事を名前で呼んで頂けませんか?」
一応ジャバには出会い頭に名乗っているのだが、寝起きのジャバの記憶には留まらず。
その後カイセが風龍と呼んでいた事から自然と「ふーりゅー」と呼ぶようになっていたジャバ。
少女はその役職や称号ではなく、普通の名前で呼んで欲しかった。
「名前?ふーりゅーじゃなくて?」
「はい。私の名前は【ウインディ】ですよ、ジャバくん」
「ういんでぃー……ういんでぃ?」
「はいそうです」
「分かった!ウインディって呼ぶね!」
そうして【風龍:ウインディ】は、想い人ならぬ想い龍に自らの名を呼んでもらうことに成功した。
とは言えこれはまだ友達のスタート地点。
ジャバに一目惚れしたウインディが目指すのは恋仲。
お相手であるジャバの認識がまだまだである為、その道のりはまだまだ遠いものになるだろう。
「ジャバくん!もう少し奥のほうにも行ってみましょう」
「うん、行く!」
とは言え特別な立場ゆえに、同世代の友達すら少ないウインディには今の関係すらも心地良い。
「――ガ…グク……」
だがそんな二人に忍び寄りつつある影には、まだ誰も気付いてはいなかった。