ワイバーン襲来
「戻りました……何してんですか?」
「あらカイセさん。お帰りなさい。何って……あぁ、コレ?ちょっとお仕置きをしているだけです」
女神との会話を終え、聖女の部屋に戻って来たカイセが見たのはさっきまではいなかったはずの、二人の〔逆さまに吊るされた男〕だった。
「例のアリシアさんを狙っていた二つの派閥のトップの方々よ。カイセさんのおかげでアリシアさんの安全は確保出来ましたから、今のうちにちゃんとお話をしなければと思ってお呼びしたのです。そしたら急に襲い掛かって来たものですから、こうして正当防衛として吊るしてみました。ちなみに五感は全て封じてるので、カイセさんの事も今の話も気づいてませんからご安心を」
怖い怖い怖い。
正当防衛で吊るすってどういう事?
「……なんか表情がどんどん恐怖に染まって行ってる気がするんだが」
「五感を封じた上で、悪夢を見て貰ってますから、怖くて怖くて仕方ないのでしょう。《空間魔法》で動けない様に固定しているので、暴れる事はないので安心してください」
なお怖い。
感覚封じて、暴れる事も出来ず、ひたすら悪夢を見せられる。
完全に拷問の領域じゃないのか?
コイツらトラウマどころじゃないのでは。
「……もしかして、そっちの紙の山を使って煽ったのか?」
「煽ったなどと失礼な。これは彼らが今までに犯して来た罪の証拠です。悔い改めて頂くためにお見せしたのですが、まさか暴力に訴え出てくるとは思いませんでした。残念です」
絶対に予想通りだったんだろうなぁ。
何かこの二人は可愛そうに思えてくる。
聖女がどんな処分を下すかは分からないが、まずこの拷問で心が折れるだろう。
悪事の証拠に拷問に……もしもこれでもまだ反抗する意志や復讐心が残っていたのなら、正直精神力強すぎて尊敬に値する領域だ。
「ところでそちらはどうでしたか?」
「どうって、とりあえず謝罪から入られて、その後今回の話をしてもらって、「後の事はお任せします」「今後も困ったことがあれば女神を訪ねてください」って言われて、今ここに帰って来た」
女神に会いたくなったら教会で祈れと。
転生時の説明と変わり、カイセが祈るなら絶対に会えるように調整したらしい。
「だからたまには遊びに来てね」と言われたが、カイセには「何かあったらまた助けてください」という副音声が聞こえた気がした。
勘繰り過ぎているだけだと思いたい。
「そうですか。それでは後はどうしましょうか?」
「結局のところ、これでアリシアの安全は確保されたのか?もうすぐ夜明けだ。朝になったらアリシアを実家に帰してやりたい。だがそのためには襲われる心配がもうない事を伝えなけりゃいけない。でないと安心して家族のもとに帰れないだろう」
「そうですね。では、まずはこれをどうぞ」
聖女が渡して来たのは、例の奪われた金貨の入った袋と、教皇署名の紹介状だった。
「アリシアさんに返してあげてください。それとこっちを――」
聖女はそれとは別に、二つの便箋を渡して来た。
ご丁寧に封蝋が押されている。
「こっちが貴方の。もしもこの先困ったことが起きて、私を頼りたくなったらこれを開くといいわ。あ、今開いちゃだめよ?」
出来れば必要にならないように生きたいなーとカイセは思った。
「こっちはアリシアさんに。「もう安全ですよー」って伝えるためのもの。こっちも開いちゃだめよ?ちゃんと本人に渡して、本人に開かせなさいよ?」
とりあえず罠を仕込んである気配はないな。
そして流石に人への手紙を盗み見る趣味はない。
カイセは受け取ったものを、しっかりとアイテムボックスにしまった。
「残った処理は当然こっちで引き受けるから、あなたは帰ってアリシアさんに「もう大丈夫、全部解決した」って伝えてくれればいいから。聖女の名とと女神様に誓って、アリシアさんには今後一切の手出しをさせないと誓うわ」
やはり女神に誓われると不安ではあるが、この人であれば本当にあの手この手で実行するだろうなという怖い信用は出来ている。
「あなたを敵には回したくないしね」
「――俺もあなたと敵になるのは嫌だなぁ」
こんなのを相手していたら、例えカンストしていようとも命がいくつあっても足らなそうだ。
「まぁ、お互いに敵対する意志がない事を確認したところで、一つお知らせ……ツメが甘い」
カイセは吊るされた男の一人の皮膚に爪を立て、カサブタを剥ぐようにそれを抉りだす。
そして抉りだしたその小さなアイテムを聖女に渡す。
「……あらあら、確かに詰めが甘かったですね。こんなものを埋め込んでいたとは」
男の皮膚に埋め込まれていた小さな石のようなもの。
これも一種の発信機のようなものだ。
聖女の用いた物と用途は異なり、これは使用者が遠方に〔報せ〕を送るためのもの。
カイセも、この世界の通信手段について調べている時に存在を知ったもので、あくまでも送れるのは単一の信号のみであるが、「これが届いたら行動しろ」などのように合図を送るには十分な代物だ。
そして使い捨てのこれは既に作動済み。
つまりは……
「あー、何かと思えばそんな強硬策を取るのな」
カイセの言葉の直後に起こる衝撃。
教会の外に何かが落ちて来たようだ。
カイセと聖女は、窓から外を眺める。
「〔飛竜〕か。また町中に面倒なやつを」
外に居るのはワイバーン。
つまりはこの馬鹿は、自分に何かあれば教会そのものを潰してしまえと待機させていたわけだ。
「愚策過ぎるなぁ」
「ですねぇ……ところでカイセさん。私に一つ貸しを作ってみませんか?」
「今回の騒動でもうすでに貸しが出来てるんじゃないの?」
「うーん……まぁそうですね。なら二つ目って事で」
それは返すつもりがあって言ってるのだろうか?
「あなたならこれぐらい何とか出来るんじゃないの?」
「出来ますが、目の前にもっと楽な選択肢があるのに、わざわざ切り札を切る必要ってありますか?」
楽な選択肢とか言わないで欲しいものだ。
あとやっぱちゃんと切り札あるんじゃん。
「放置して今すぐ帰りたい……けどまぁ後から難癖付けられても嫌だし、今回は相手してやる」
「ふふ、ありがとうございます。《結界》は私に任せてください」
「なら周辺への被害抑止分だけで頼む。隠蔽は要らない。ちゃんと倒したっていう証明を残しておきたいし」
そしてカイセは窓を開け外へと飛び出していく。
そのままワイバーンの前に着地する。
ワイバーンの眼はカイセを一直線で見つめる。
(ステータスが大体200程度。龍種の中でも底辺かな)
所詮人が使役できる程度の龍種であれば、大体こんなものだろう。
当然人には強敵であろうが、カイセには問題ない。
「悪いけどもう数分で日が昇り始める。客人が起きる前に家に帰って朝飯の準備をしたい。一撃で確実に決めさせてもらう」
カイセは構えた右腕に、魔力と気力を集中していく。
相手は下位とはいえ紛いなりにも龍種であるので手加減は無しだ。
「今が無防備なチャンスだって言うのにビビッて動けないとか、子供のジャバの方が度胸が……いや、比べる相手が悪いか」
そして準備は整った。
「さてお待たせ……って逃げるなこら!そーれッ!」
その右腕に凝縮された魔力と気力に恐れを成し、空へと逃げようとしたワイバーンの背に、カイセは跳躍で乗り込む。
「悪いけど、二度目が無いようにお前には見せしめになってもらう。――せいやッ!!」
そしてそのままワイバーンの背に、その右腕から放った拳を叩きつけた。
周囲に響く轟音と風圧。
ワイバーンの胴体は、魔石ごと衝撃で塵と化した。
残った羽根や頭部などの部位は、次々に地面に落ちていく。
「――これだけ残ってれば証拠としては充分だろう」
あえて残すことで、ワイバーン襲撃の事実と、それが一撃で討伐された事の証拠を残した。
この状況を知れば、仮に残党が居たとしても滅多なことをする気力は沸かなくなるだろう。
「やばい、陽が昇りだした。後は任せて帰るか」