秘密基地と開かずの間
「ここは初代勇者がこの里で暮らしていた時に、時たま使用していた〔秘密基地〕である」
現在も続く勇者の存在。
その原点。
カイセの持つ神剣の最初にして唯一の持ち主であった〔初代勇者〕。
彼がこの龍の里を訪れた際に使用していたのがこの場所であるそうだ。
広い洞窟内に、簡易的な家具がいくつか。
そして周囲にはいくつかの空箱や何らかの跡も見受けられる。
場所はともかくとして、正直秘密基地のような感じではないような気もするが、大昔の話である事を考えれば既に勇者によって撤去された後なのかもしれない。
とは言え、祈り場として使われていたと思われる神像らしきものは未だに残されており、そこは専門家である聖女ジャンヌが一人で確認を行っている。
「秘密基地って事は、本来の住居は別にあったのか?」
「その通りだ。ここには用がある時のみやって来て、何かの作業部屋として使用していたようだ」
この場に残る何かしらの残骸からは、ここで何をしていてのかを判別する事は出来ない。
ならば当時をより詳しく知る者に聞くとしよう。
「(……神剣。この場について何か知ってる事はあるか?)」
腰に携え、姿を消している伝説の神剣。
この神剣の疑似人格の持つ記録であれば、この場の事も何か知っているかもしれない。
そしてその憶測は一応的中する。
『……照合しました。ここは私の先代の担い手、マスターが初代勇者と呼んでいる元マスターが、人目に付かない整備場として使用していた空間になります』
「(整備場?なんの?)」
『元マスターが〔バイク〕と呼んでいた乗り物です』
神剣から出て来た単語に、カイセは「聞かなきゃよかったか?」「もう聞かないほうが良いかな?」と本気で考えて始めていたが、神剣は構わず話を続ける。
『〔バイク〕というのは元マスターの故郷の乗り物の名称です。詳細は分かりませんが、「他者には見せられないもの」らしく、実際に移動に使用する際は必ず魔法でその姿を隠蔽し、整備の際もこうして人目の付かない場所で行う事を徹底していました』
「(まさか、この里に来る時もバイクで来たんじゃないだろうな?)」
『いえ、こちらへ向かう際には使用していませんでした。どうやらこの里で手にした素材を用いて修復に成功したようです。里を去る際に始めて使用していました』
つまりはこの場で壊れたバイクの修復を行っていたらしい。
もしやこの里を訪れたのも、その素材捜しの一環だったりするのだろうか?
流石にその辺りは神剣も知らぬようだが。
「(……それで、そのバイクは現存するのか?)」
『あれが唯一の存在であったのなら既に存在しないでしょう。ある時に大きく破損し、それ以降元マスターがバイクを使用する事はありませんでした。恐らくは修復不可能な傷を負ったのでしょう』
ひとまずこの異世界をバイクが走り回る絵面を現実に見る事はなさそうなので一安心だ。
この世界での主な長距離移動手段は馬車や騎獣。
普通のバイクも立派なオーバーテクノロジーだ。
それを認識していたからこそ、初代勇者も人目の前には持ち出さないようにしていたのだろう。
(……やっぱり初代勇者は〔異世界人〕っぽいんだよなぁ)
初代勇者に関しては史実の情報程度にしか知らない。
女神に聞いても大事な情報は漏れて来ない。
自分で〔星の図書館〕で調べようにも、肝心の本には大した事は書かれていない。
(となるとやっぱりその辺りの本は向こう側か)
最近見つけた〔星の図書館〕の更に奥。
途方も無く広すぎる図書館で見つけた〔禁書庫〕の文字が刻まれた扉。
最大のレベル10の権限でも閲覧出来ない、人には立ち入ることすら叶わない本棚。
恐らくはその情報も、その〔禁書庫〕に収められているのだろう。
「……それで、俺は何故ここに呼ばれたんだ?」
「その理由は…こっちだ」
そのままカイセは秘密基地の奥へと案内される。
するとそこには扉が一つ存在していた。
「開けてみてくれ」
光龍の言葉のままに、カイセはその扉に手を掛ける。
するとその時、触れた右手を通してドアノブに魔力を吸い取られた。
カイセはとっさに手を離す。
直後、扉からカチャリと言う音がなり、ゆっくりと扉は開かれた。
「ふむ、やはりカイセは開けるのか」
「……説明をくれ」
「この扉は〔開かずの扉〕でな。誰が触れてもビクともしなかったのだ」
星龍にも開けられなかった扉は、カイセが触れただけで自然と開いた。
光龍はこの試しが目的で、カイセをこの場に連れてきたのだろう。
「条件付けでもされてたのか?」
「だろうな。初代勇者のように特異な存在である其方であればもしやと思ったのだ。結果それは正しかった」
カイセとしては、完全な不意打ちとは言え余計な事に首を突っ込んだかなとも思っているのだが、それはそれとして扉の先は気になる。
「……このまま行っていいのか?」
「構わぬ。条件に合ったのは其方なのだから、その中身を見る資格も当然あるだろう。我も後に続くゆえ、そのまま進んでみよ」
体の良い盾にされてる気もするが、許可は出たので再びドアノブに触れ、そのまま扉を全て開き切る。
そして秘密基地の隠し部屋に足を踏み入れた。
「………」
入室直後に見えたそれに意識がいき、カイセの足が止まる。
「どうした?」
二番手で部屋に踏み込んだ光龍が、歩みを止めたカイセに問いかける。
だがカイセから返事は無い。
その視線はそれに注がれ続けている。
「……ふむ、何だろうかこれは?それなりに大きなものであるが」
そこそこの広さの隠し部屋。
その中央に置かれたもの。
光龍も初めて目の当たりにする物体。
(……なんでこんなものがこっちの世界にあるんだよ)
その目の前にあるのは、完全に錆び付き、既に大自然の草花の逞しさに取り込まれようとしている鉄の塊の残骸。
向こうの世界、カイセの故郷であれば誰もが知る乗り物。
(どう見ても〔バス〕だよな?デザイン的には随分と古いみたいだけど)
そこに隠されていたのは向こう側の乗り物であったはずの、一台の〔バス〕であった。