火龍の客人
「――あれ?こんにちはカイセさん。随分と珍しい所でお会いしましたね」
火龍に呼ばれて出向いた旅館の正面入り口。
そこに居たのは〔元隠密リーダー:クレシー〕。
今は隠密では無く、勇者ロバートに関わる部隊に異動したはずなので、つまり火龍の客人とは……
「あ、カイセさん!お久しぶりです!」
やはりそこに居たのは〔勇者:ロバート〕。
つまりは火龍の招待した、〔聖女以上の客人〕というのは勇者の事であったようだ。
「火龍の客人ってのはお前なのか?」
「はいそうです。ほらここに」
ロバートは首の裏を見せて来る。
そこには確かに〔龍紋〕が存在し、勇者ロバートも正式な客人であることが証明された。
ちなみに聖女ジャンヌの〔龍紋〕は右手の甲にあったため、どうやら人により出現場所が異なるようだ。
「……あれ?そう言えば火龍は?」
「えっと、火龍様ならあっちに……」
ロバートが若干気まずそうに指さす先に視線を向ける。
遠目からでも分かるほどの、燃えるような赤髪。
そこには確かに火龍の姿があった。
あったのだが……
「あ、土下座しましたね」
共にこの場へと来たジャンヌが、その様子を言葉にした。
地に伏せ、頭を地面に擦りつける火龍。
そんな彼の目の前で、その土下座を見下ろす姿が一人。
「昨日に引き続き、またしても勝手をしてくれたな?」
「申し訳ありませんでした光龍様!!」
火龍が必死に謝る相手。
それは光龍人化バーションの女性であった。
「全く、念のために鈴を付けておれば、舌の根の乾かぬ内に勝手をしおってからに……お主言っておったな?『俺の預かり知らぬ客人の事情など知らん』と。言っておったな?」
「そんな事は――」
「言ったよな?」
「……言いました」
〔鈴を付ける〕。
つまりは何かしらの監視を火龍に対して行っていたのだろう。
その結果、先の騒動での火龍の言動も筒抜けであり、客人に対して働いた粗相も知られたのだろう。
「昨日、我は確かに忠告したはずなのだがな?誰の客人であろうとも、里の皆が揃い歓待すべき者達であると。客人達に優劣を付ける事、更には一部の者を蔑ろにする事も、全てこの里の…我らの品位と名誉を傷つける行為であると。きちんと話をし、お主も聞いておったよな?」
「ど…どうだったか――はい!聞きました!ちゃんと聞いてました!!」
ギロリと一睨みで曖昧な発言を許さない光龍。
そしてそのまま右手で、正座している火龍の頭を鷲掴みにする。
「そうか、ちゃんと聞いておったか。聞いておったのにこうなったのか。ならば分かっておるな?」
「……はい」
ブルブル震える火龍。
待つのは恐らくお仕置きの何かなのだろう。
「ではここで待っていろ。我は少し客人達と話をしてくる。戻るまでその正座のままじっとしていろ。もしも逃げれば……流石にそんな馬鹿な事はせんよな?」
「しません!絶対にしません!!」
「よろしい。では少し待っていろ」
そうして一調教を終えた光龍が、入り口にたむろするカイセ達のもとへと歩いてきた。
「着いて早々に馬鹿げたものを見せてしまったな。其方が火龍の招いた人族の勇者殿とその従者であるな?」
「はい。勇者を任されているロバートと言います」
「クレシーと申します」
「うむ、よくぞ参った。我は光龍。この里を代表して其方らを歓迎しよう!」
そうして一挨拶を済ませると、続いてジャンヌ達の前に移動する。
「御初にお目にかかります。今代の聖女を任されておりますジャンヌと申します」
「付き人のリズでございます」
「うむ、其方らにはそこの馬鹿が早々に迷惑を掛けた。アレには我自らきちんと仕置きをしておくゆえ、どうか心を鎮めて欲しい」
「謝罪の御言葉、お受けいたしました。私どもはその言葉だけで充分です。ところで……未だ招待状を頂いた水龍様とお会いしていないのですが、いつ頃お目通りが叶いますでしょうか?」
ジャンヌに水龍の話を振られ、また面倒を思い出したかのようにしかめっ面になる光龍。
そして再び謝罪を口にする。
「……すまぬな聖女殿。アヤツめは、其方への招待状に余計なものを付随させたようだな」
「えっと……あの一覧表の事でしょうか?」
「うむ、出来れば実物を見せて貰えぬか?」
「分かりました。リズ、出して貰える?」
「こちらになります」
付き人のリズが光龍に差し出したのは、封の開いた招待状であった。
中身を取り出すと、確かに手紙が二つ入っており、その片方に光龍は視線を向ける。
「……あの馬鹿者が。口を滑らせた時はまさかと思ったが、本当にこんな厚かましいものを客人に送りよってからに」
それはお土産の要望書。
どうやら本人が口を滑らせた事で把握はしてたようだが、その実物を見て更に呆れ果てているようだ。
「……重ねて済まぬ、聖女殿。恐らく水龍に会えるのは式の当日の事になる。それまでに更生……いや支度を整えさせるゆえ、直接顔を合わせるのはそれまで待っていてくれぬか?」
「畏まりました」
「それと、この要望書に関してはこちらで引き取らせて貰えぬか?こんな龍族の恥を人様に晒し続けておきたくはないのでな」
「はい、どうぞお持ちください」
「ありがとう」
光龍は《アイテムボックス》に要望書を仕舞い込み、残った招待状をリズに返却する。
そして視線はカイセに向いた。
「すまぬカイセ。本来ならば今日は我自ら色々と案内するつもりだったのだ、色々あってそれが叶わなくなった」
「あ、お構いなく」
正直カイセとしては、三食美味しいご飯に畳の立派な和室、そして露天風呂があるだけでずっとこの旅館に引き籠っていられる。
勿論、龍の里の全体にも興味はあるが、やるべき事を捻じ曲げてまで優先してもらう必要はないだろう。
ついでに言えば、あの馬鹿龍達を野放しにされるほうが面倒な気もする。
「〔龍紋〕を見せれば、里の中を観光するのに文句を付ける者はいないだろう。気になるところがあれば勝手に出向いて貰って構わぬし、案内役が必要なら旅館の誰かを捕まえても良い。ただし夕暮れには宿に戻っているようにしてくれ。そして夜は旅館の敷地から出ないようにも……他の二組もだ。好きに振る舞ってくれて構わないが、門限だけは守るようにしてくれ」
「はい」「分かりました」
「夜中に何かあるのか?」
「客人が出歩くには些か危険があるやもと言うだけだ。カイセも面倒は避けたかろう?」
「勿論。門限は厳守するよ」
避けられる面倒には絶対に関わりたくはない。
仮に出歩くにしても、出来る限り近場で済ませておくのがいいだろう。
「さて、では我はこの辺りで失礼する。カイセよ、今の注意事項はきちんとジャバにも伝えて――」
「分かってる分かってる」
「うむ。なら良い。では我はここで失礼する。皆のんびりゆっくりと楽しんでくれ。ではな!」
そうして光龍は挨拶を済ませ、外で待つ火龍の頭を鷲掴みにしながら去って行った。
「……光龍様は、随分とまともな方なんですね」
「同じ七星龍のはずの水龍・火龍との差は一体何なんだろうなぁ……」
などと話をしていると、その場に寝起きのジャバがやって来た。
「カイセいたー、おはよー!ごはんー!」
「おはようジャバ。とりあえず早々に食事の催促をするのは止めような」
とは言え確かに朝食の時間が過ぎようとしている時間帯。
せっかくなので三組揃って朝食バイキングに勤しみながら話をする事になった。




