露天風呂騒動
「――はぁ、良いお湯ですねぇ」
「……何で当たり前のように混浴を受け入れてんだよ」
まさかの出先の露天風呂にて数日ぶりの再会を果たしたカイセとジャンヌ。
本来ならこの状況を脱するための行動を起こすべきであるはずなのだが、どういう訳か聖女ジャンヌは慌てる様子もなく、むしろここに居座っている始末。
「混浴とか、教会のルールに反する行為なんじゃないのか?」
「そうですね。教会では無暗に肌を晒す事を良しとはしていませんし、聖女に至っては同性であっても入浴に同行させる事は出来ません。今回も付き人を一人連れて来ていますが、彼女にお世話を頼めるのは脱衣所までで、湯場には一人で入らなければなりません」
今現在、同性どころか異性に対して肌を晒しているジャンヌ。
完全にアウトではないだろうか。
「とは言えそれはあくまで教会の、人の定めた規律です。私が信仰を捧げているのは教会では無く女神様ですから、女神様の定めた誓約は遵守しますが、教会の規則はまぁ基本守りつつも適宜応答と言った感じですね」
確かに、本当に規則に従順であれば出会った直後のような拷問染みた尋問を自ら出来る訳もないか。
だが……
「混浴が適宜とは絶対に思えないけどな」
「あまり深く考える必要はないと思いますよ。こちらの都合はこちらの都合。カイセ様は自身に害のない範囲で役得を楽しめばいいのですよ」
ジャンヌの言う役得とは、いわゆる〔美女との混浴〕と言った今の状況の事を指しているのだろう。
正直な話をすれば、確かに得と言えば得ではある。
だがこの状況で手放しで受け入れ、楽しめる程カイセの度胸は定まってない。
とは言え、今の状況は出るに出れないと言ったところだ。
(……柵には覗き・侵入対策の仕掛けがある。それが万が一内から外にも働くような設定になっていれば、超えた瞬間目に見えた騒ぎに……正規ルートの脱衣所には聖女の従者らしき気配がある。面倒な状況だなぁ)
いつのまにやら状況は閉じ込められたも同然。
バッチリ油断はしていたが、どうしてこんな状況になってしまったのやら。
「ところでカイセ様は、どなたの紹介でこちらへ?」
「……光龍だな。そっちは?」
「私共は水龍様ですね」
水龍は、昨日の騒ぎを起こした二体のうち、何やら少しはマシそうな言葉遣いをしていたほうだ。
ちなみに先日カイセから買い取った果実も、その水龍への土産として使うための代物だったらしい。
「……あの果実が本当に土産になるのか?」
「前も言いましたが、結局は好みの問題です……それと実のところを言いますと、届けられた招待状の中に、手紙と一緒に〔手土産希望一覧〕なるリストが同封されてまして、そこに書かれていたので間違いはないかと……」
「なるほど、水龍もかなりの阿呆だって事は理解したな」
流石にこれには苦笑いを浮かべるジャンヌ。
粗暴そうな火龍よりも水龍がマシそうと思っていたカイセだが、その印象も一気に消し飛んだ。
どこの世界に招待状で手土産を催促する馬鹿が居るのだろうか?
この事は光龍は知っているのだろうか。
話せばまた光龍によるお説教パターンになるような気がする。
「……それと張り合う五十歩百歩な火龍。一体どんな奴が招待されるのやら」
「張り合う?何かあったのですか?」
「まぁ前日に少し。そう言えば昨日は客を待ってた様子だったけど、ジャンヌ達の到着に出迎えはあったのか?」
「旅館の方々の出迎えはありました。ですが水龍様にはまだお会いしてませんね。皆様の話だと待ってればいずれ来るという話で――」
そんな話をしていると、何やら脱衣所の方で騒ぐ声が聞こえ始めた。
そしてその直後。
「さあどこだ!水龍の客人って言うのは!」
脱衣所の扉を乱暴に開き、露天風呂へとやって来た存在。
〔七星龍:火龍〕。
来るならば聖女を招いた水龍だと思っていたのだが、何故か火龍が、そして露天風呂へと乱入して来た。
「火龍様!今は入浴中に付きご容赦を……貴方は!?」
その騒ぎに際し、待機し入って来るはずの無かった付き人のリズが姿を現し、ジャンヌとカイセの混浴状態を目撃してしまった。
〔聖女の付き人:リズ〕は、結婚式の際にも付き人をしていた女性。
つまりはカイセに対して睨みを利かせていた人物。
これは面倒な一悶着が……そう思っていたカイセだが、とは言え今は気にする場合でも無いようだ。
「……何で俺の後ろに隠れてんだ?」
この騒ぎの中、何故かカイセの背中に身を寄せて姿を隠すようにしているジャンヌ。
互いの姿を顧みると危うい接近なので勘弁して欲しいのだが。
「いえその……お相手が火龍様とはいえ、やはり男の方に素肌を晒すのは少々……」
散々カイセには晒して来たくせに、ここに来て急にしおらしくなるジャンヌ。
逆に考えると、カイセの事は男扱いしてなかったのではと勘繰ってしまう反応だ。
「とりあえずこれを巻いとけ」
「……ありがとうございます」
《アイテムボックス》から取り出したバスタオルを渡すカイセ。
本来なら湯につけるのはマナー違反であるだろうが、有事な以上は大目に見てほしい。
そしてその様子を見た付き人のリズは、ひとまずの対応を決めた。
「火龍様!お願いですからまずはこの場から出てください!」
混浴案件よりも火龍の乱入対応を優先したリズ。
だがその言葉で止まる火龍では無い。
視線はカイセとジャンヌに向けられる。
「お前は、光龍の客人だったな。ならその後ろに居るほうが水龍の客か。俺が用があるのはそっちの客だ。お前はどいてろ」
「断る」
火龍の命に、カイセはハッキリと拒否をする。
「今の彼女は人前に出れる姿じゃ無い。支度が終わればこっちから出向く。だから今は引き上げて、どこぞで待っていてほしい」
「何故お前が俺に指示をする?俺は今ここに居る。ここで姿を見せればそれで済むだけであろう。何故手間を増やしてまでお前らの事情を考慮しなければならない?」
「……こういう言い方はしたくないが、こちらは請われて招待されている立場だ。客人の事情を考慮するのは当然なんじゃないのか?」
「俺の預かり知らぬ客人の事情など知らん。良いからそこをどけ」
火龍が威圧を強める。
火龍を止めようとしていたリズはその身を強張らせる。
しかしカイセは、今更その程度で臆する訳がない。
火龍なんかよりも厄介な存在と日々関わりを持っているのだから、この程度は軽く受け流せる。
「……私が水龍様に招かれた者です」
「おい!」
「大丈夫です。おかげ様でちゃんと隠すべき場所は隠れてますから。このくらいなら我慢できます」
そうしてカイセと火龍が睨み合う中、背後のジャンヌが立ち上がりカイセの前へ出て、その姿を火龍の前に晒した。
カイセもタオルを腰に巻き付けながらその場に立ち上がる。
「ふむふむ……見た目は悪くない。確か人族の聖女だったか?」
「はい。聖女の役目を与えられております」
「ふーむ……今回は誰が聖女を招くかという話で、真っ先に手を挙げた水龍の目も満更悪くは無かったみたいだな」
どうやら火龍の目で見ても、聖女はその価値ありと判断されているようだ。
これは思ったよりも問題には発展しないか?
「……だがやはり、俺の招く客が一番であるようだな!」
そう自信満々に語る火龍。
聖女以上の存在を招いたという自負。
その聖女以上に当てはまる人間が、実際どれだけいるだろうか。
「ふふ、噂をすればとやらだな。俺の眷属がやっと連れて来たようだ。お前ら!お前らも来い!共に俺の客人を出迎えるのだ!」
そう言い残し、火龍はここに用は無しと露天風呂をとっとと出ていった。
ひとまず嵐は去ったようだ。
「……これ行かなきゃならないやつか?」
「行ったほうが良いでしょうね。早く着替えてしまいましょう。リズ、お願い」
「すぐに準備を……カイセ様でしたね?」
ジャンヌの指示を受けた付き人のリズが、カイセに声を掛ける。
「貴方には後で色々とお話頂きたい事がありますが、今はここで待ってください。聖女様の着替えが終わるまでは絶対にあの扉を開けないでください、入って来ないでください」
何やら前回以上にキツイ視線を向けられるカイセ。
図らずも聖女と混浴状態にあったのだから、付き人の立場からしたら呪いの一つでも掛けたくなるのも当然ではあろうが……。
ひとまず従うのが吉。
「……分かった。終わったら一声掛けてくれ」
「それではカイセ様、お先に失礼しますね。また後で」
そして聖女組が一足先に露天風呂を後にした。
残されたのはカイセ一人。
「……ここで着替えちまうか」
待ちの僅かな時間を湯の中で過ごす事も出来ただろうが、今更温泉でゆっくりという気分にもならない。
湯を出て、《アイテムボックス》からタオルやら着替えやら必要なものを取り出し、今の内にこちらも着替えてしまおう。
「夜にでもゆっくり入り直すかなぁ……」