湯けむりの邂逅
「――朝か…久々に寝坊してるなぁ」
翌朝、カイセは旅館の部屋に敷かれた布団にて目を覚ます。
時刻を見れば、普段の起床時間よりも二時間程遅い。
とは言え早起きしてもやる事は特に無いので、気にする必要のない事ではあるのだが。
「ジャバは……お前もか」
同室のジャバも、ジャバ用に用意された布団にてぐーすか眠ったままである。
よく寝る子だ。
「というより、俺らはいつの間に寝てた?」
思えば昨日は、夕食に出て来た懐石料理に舌鼓を打ち、実質貸し切り状態の露天風呂でゆったりし、その後は部屋でまったりしていた所で記憶が途絶えている。
恐らくまったりしたまま眠りに付いたのだろうが、気が付けば椅子から布団の中。
布団の準備をしに来た龍人によって移動させられたのだろうが、これは少し問題な気もする。
「……その気配に気づかない程に熟睡か。自宅の結界が無い状況で緩み過ぎてるか?」
魔境の森にある自宅で寝ていたのであれば、近づく他者の気配にはすぐさま気付けたはずだ。
あの森はそれだけの警戒が必要な場所だ。
だが今回、全く気付く事無く眠り続けていた。
警戒する必要のない場であるのは確かだろうが、それでも未知の場にて意図しない程に緩んでいたのは少々不用心だったかもしれない。
――コンコン。
「おはようございます。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
タイミングがピッタリ過ぎて些か怖いが、特段気配を断っている訳でもないので、気配を読む事が出来ればそのぐらいは朝飯前で把握できるだろう。
それが龍人の基本技能なのか、ここの龍人達がそれだけの手練れなのかは分からないが。
とにかくカイセはそのまま招き入れる。
「失礼します。朝食は下の広間にてご用意しています。こちらの都合で申し訳ありませんが、終いの時間が決まっておりますのでそれまでにお越し頂きますようにお願いします。細かい事はそちらの案内に記載しておりますのでご確認ください。それでは失礼しました」
用件を終えるとすぐに部屋を後にした。
カイセはテーブルの上を見ると、確かにそこには案内の紙が置かれていた。
布団の準備の際にでも置いて行ったのだろう。
「……朝食はバイキング形式なのか。まぁ何にせよジャバが起きてからだな。まだ時間に余裕はあるし俺は……ちょっと出てくるか」
そう言いながら着替えを始めるカイセ。
浴衣から普段着というよりも運動着に寄った衣服に着替えると、眠るジャバを残してそのまま部屋を出て行く。
「おでかけでしょうか?」
「ちょっと散歩してきます。三十分くらいで戻ります」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ」
見送る龍人を後にして、旅館の外に出る。
「日課が無い分、何処かで運動しなくちゃな」
簡単なストレッチを済ませ、そしてそのまま旅館の周囲を、周回するように走り出す。
いつもなら朝は畑仕事が日課になるが、こうして出向くとそれも出来ない。
その代用となる運動としての簡単なランニング。
そんなわけで旅館の周囲を何周かしていると、遠くから新たな気配が感じ取れた。
「ん……向こうかな」
その方角に目を向けると、空に見えたのは龍の群れ。
群れとは言っても実際は三体程ではあるが、それが空を舞い、こちらに向かってくる。
「騒がしくなりそうだから戻るか」
最低限の運動は終えたので、予定を切り上げて旅館の中に戻る。
すると中では龍人達が迎えの準備を進めている。
「お帰りなさいませカイセ様。騒がしく申し訳ありません」
「いえ全然そんな事は無いので気にしないでください」
〔新たな客人〕を迎える邪魔になってはいけないので、カイセはそそくさとその場を後にする。
そのまま部屋に戻ろうかとも思ったが、方向を変えて別の場所に向かった。
「――ふぁああ……運動後の朝露天風呂とか贅沢だなぁ」
短い時間とは言え運動をした。
少なからずかいた汗を流すため、そのまま露天風呂に足を運んだ。
「……露天かどうかはともかく、うちにも温泉は欲しいなぁ。あの森のどっかに埋まってないかな?」
割と色々見つかる魔境の森も、温泉までは未だ欠片も見当たらない。
あるかどうかは分からないが、帰ったら探索してみようとカイセは思った。
――ガラガラガラ
その時、背後で入り口の戸が開く音がした。
そしてそのまま水の流れる音がする。
体でも洗っているのだろう。
(……誰か来たのかな?もしかしてさっきの来客か?)
恐らくは龍人達が迎え入れた、先の龍に連れられた他の客人であるだろう。
光龍とは異なる七星龍の招待客。
昨日の騒動を考えれば多分火龍か水龍の客人だろうか?
(貸し切り期間も終了か。まぁタイミングを見計らえばいいんだけど)
少なくとも他者が入り込んだくらいで温泉から出るつもりは無い。
他人と一緒の風呂は若干羽根を伸ばしづらいが、特段珍しい事でも無いので気にしないようにしていればいいだろう。
「――すみません。お邪魔しますね」
「いえいえ、お気になさらずにどう……ぞ?」
新たな来客が、カイセの入浴位置を少し迂回してから湯船に足を差し出す。
その際に先客であるカイセに一言挨拶をしたのだが……
何やら聞き覚えのある声。
その上で視界に写ったのはおかしな体格のライン。
人ではあるのだが、それは男のフォルムにしては違和感しかない。
ゆえにカイセはその相手の顔をしっかりと確認する。
……そしてお互いの視線が重なり、二人揃って硬直する。
「「え?」」
声が重なり、そこから数十秒。
そして時が動き出す。
「えっと……こんにちはカイセ様?」
「お、おう……コンニチハ」
そこに居たのは素肌を晒す女性。
その顔は見知った相手。
〔聖女ジャンヌ〕その人であった。




