龍の宿と、懐かしいもの
「――さて、待たせて済まぬの。全て終わったゆえ中に入ると良い」
適当な布を地面に敷き、花見でもするかの如く座り込みまったりと待っていたカイセとジャバ。
そこに作業を終えた光龍が声を掛ける。
そして大体一時間程の待ち時間を経て、再建された旅館へと再び招かれるカイセ達。
再建の言葉の通り、綺麗さっぱり吹き飛んだ目の前の旅館は、この一時間の間に綺麗に元通りになった。
「……アレはいいの?」
カイセはどうしても気になってしまう、光龍の背後に転がる二体の屍もどきを指差し確認する。
真っ白に燃え尽き、本気で微動だにしていない。
「馬鹿共は気にせずともよい。魔力が枯渇して軽い虚脱状態になっているだけだ」
「それ大丈夫って言っていいのか?」
「最近では不本意に思うようになってしまったが、仮にもアレらも〔七星龍〕だ。魔力を吸い尽された程度で命がどうこうなる事など無い」
二体の屍もどきの正体は、旅館消失の原因を作った【火龍】と【水龍】。
どちらもその行動と、姿も人化しているために全くそうは見えないが、光龍と同格のれっきとした〔七星龍〕である。
「それにそもそもが本当に限界であれば、あの人化すらも解けて元の龍の姿を晒しておるわい。確かに消耗はあるだろうが、アレは更なるお咎めを受けぬように倒れている振りをしているだけだ」
「ビクッ」
「ドキッ」
「ほれ見い」
たったの一時間で消失した旅館を完全復旧出来た理由。
それは騒動の原因である火龍と水龍から〔罰と責任〕の名のもとに必要な魔力を根こそぎ吸い上げたからだ。
その吸い上げた燃料を基に、龍人の大工や魔法使いが急ピッチで仕事をこなし、たった一時間で成し遂げたその結果が今再びの旅館の堂々たる姿である。
そうして最大まで魔力を吸い上げられた火龍と水龍は倒れて……と思ったのだが、存外まだ余裕があったようだ。
「ところで、結局は何がこの騒動の原因?」
「下らぬ理由ゆえ、客人に聞かせるような事でもないが……簡単に言ってしまうと、あやつらの招待した客人のどちらが先にやってくるかで言い争いになったそうだ」
「……それ競うような事なのか?」
「いや全く。各々の見繕った客人の格を誇る者は居るが、どっちが速いかなど競うような事でも無かろうに……あやつらはいつも下らぬ理由で意見を違い揉める。ここまでのやらかしは久々ではあるが」
つまりはたまにこの規模のやらかしも起こしているようだ。
火と水だけあって相性が悪い、という話なのだろうか。
「何にせよ、其方らはあんな馬鹿共の事など気にせず、客人としてゆっくりと寛ぐと良い。あれの処分はこちらでしておくゆえ」
「……そうする」
正直、喧嘩で旅館一つ盛大に吹き飛ばす輩とは関わりになりたくない。
光龍から感じる威圧と、それに怯える火龍水龍の様子を見てこの後のやり取りにも触れたくないという自衛が働いているのもあるが。
いずれにせよ全て光龍任せで、自分達が関わる事でもないだろう。
「では中へ入ると良い。客人を歓迎し、盛大にもてなすぞ」
――そうして招かれた高級旅館。
着物を纏った龍人達が、宿の従業員として並び迎える。
「ようこそ〔龍翠享〕へ」
それがこの宿の名前であるらしい。
「それでは客人の世話はお主らに任せる。決して失礼の無いように」
「心得ております」
「ではカイセ、ジャバよ。今日の所はまったりとでもしていると良い。我は明日また顔を出す。何かあればこやつらに申し付けよ。ではな」
そう言って光龍はその場を後にした。
去り際に龍の姿の両手で火龍水龍をわし掴みにして飛んで行ったのが見えた。
……助けを求めるような視線が合った気がするが気にしない。
「――それではカイセ様、ジャバ様。お部屋にご案内させて頂きます」
「あ、はい。お願いします」
そうして一人の龍人に連れられ、通されたカイセ達の部屋。
内装を見てもやはり高級旅館の和室そのもののイメージな部屋であり、ここが日本とは異なる世界である事を忘れそうになるほど日本染みた部屋であった。
畳の匂いと感触がとても懐かしく感じる。
「ここがお二人のお部屋になります。そちらの菓子や茶などもご自由に、無くなりましたら補充も致します。何か御用があればそちらの鈴を鳴らしてください」
「これー?」
チリンチリン。
テーブルの上に置かれていた呼び鈴を、ジャバが弄って音を鳴らす。
すると何本かの魔力の流れを感じる。
その内の一本は目の前の龍人に届く。
「あー、マジックアイテムなのか。これ」
「はい。音そのものは大した音量ではありませんが、あくまでも本質は私どもの持つ子機への影響、つまりはそれを鳴らすと従業員に伝わるという仕組みになっております」
カイセも以前、勇者一行に緊急連絡用に持たせた事のあるアイテムと根幹は同じようだ。
だが仕組みを考えればこちらの方が魔力消費の少ない、より省エネな代物と言えるだろう。
「ところで、昼食はいつ頃お持ちしましょうか?」
そう言われて時間を確認してみれば、時刻は昼にはちょっと早いくらいではあるが気にする時間にはなっていた。
「ごはん?――ぐぅう……」
ジャバの腹の虫が鳴る。
まだ若干早いのだが、仕方ないだろう。
「すぐには用意できますか?」
「勿論でございます。すぐにお持ちします」
そう言って部屋を後にすると、僅か三分で料理は届いた。
「……うどんだと!?」
そこにあるのは紛れも無くうどんそのもの。
そしてこの懐かしい匂い。
魔境の森には川や湖はあるが、出汁に使えるような魚は存在しない。
ゆえに麺そのものは用意出来ても、つゆの都合で再現が出来ずにいたうどん。
それが目の前に現れ、数年ぶりの再会となった。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
そしてカイセは、その久々の味をゆっくりと噛みしめた。