龍の里
『――もう着くぞ。それを起こすと良い』
「ジャバ」
「すー……すー……」
目的地である〔龍の里〕を目前にしたカイセ達の空の旅。
光龍に促され、ジャバを起こそうとするカイセ。
「おーい、ジャバー?」
「すー……すー……」
起こそうとしているのだが、全然起きないジャバ。
そもそも今の位置さえも、カイセの頭の上に乗ったまま寝るものだから何度か落ちそうになり、とっくに降ろしてカイセが抱える形になっていた。
先の「寝ない落ちない」発言は何だったのやら。
『……まぁよい。落ちないようにだけしておけ』
「……了解」
そして光龍の高度が下がって行き、雲の下、そして通常時の視力でも大地の状況を目視出来る程にまで来た。
だがしかし。
「……何も見えない?」
そこに広がるのは変わらぬ荒野。
里どころか動植物らしき姿も見えない。
『ここはまだ里の外……《結界》の外ゆえな。越えればその姿も見えるだろう』
「……あぁ、あそこがその壁なのか」
確かに、意識して視てみれば前方には微かな揺らぎが見て取れる。
あれが《結界》の壁なのだろう。
「結界って、このまま通って大丈夫なのか?主に俺とジャバが」
『我の背に乗り、その上で敵意・悪意・害意がなければ何の問題も無い』
「ならまぁ大丈夫か」
『さてそれでは越えるぞ。少しくすぐったいかも知れぬが、害は無いゆえに我慢しろよ?』
そして結界を越える。
その際に肌を撫でるかの如き感触が過る。
「ふゃうッ!?」
構えていたカイセはどうと言うことは無かったが、無防備なジャバはその感触に驚き、そして飛び起きるように目を覚ました。
「あー、こらこら暴れるな落とすから」
「いまのなに!?」
「害は無いから気にしなくていいよ。それよりも……ほれ、着いたみたいだぞ」
「着く?……わぁー!」
二人の視線の先の空には、複数の龍が飛び交う光景が広がっていた。
そして下には集落、そこを行き交う人の姿も多くあった。
『ようこそ客人よ。ゴールはまだ少し先だが、ここが目的の〔龍の里〕だ』
「龍の里にこんなに人間が住んでいるのか?」
『アレは人族では無く〔龍人〕と呼ばれる者達だ。龍の里に住まうのは我らのような純粋な龍種族のみでは無い。龍人などの派生した種族も多く住んでいる。この辺りは人型龍種の居住区だ』
見下ろす大地には、確かに人の姿が見える。
しかし、光龍の人化した姿とも異なる。
人化光龍は人と違わぬ姿であったが、龍人達は目に見える特徴、角と尻尾を持っていた。
「……《鑑定》が働かないのは結界の影響か?」
『間違いでは無いが、厳密に言えば結界の大元でもある〔神器〕の影響だな。説明を忘れていたが、来訪者は全て等しく〔神器〕により制約を受ける。《鑑定》に限らず《転移》等にもな』
先に説明して欲しかった内容。
鑑定もそうだが、何より退避手段でもある転移が封じられるのは、非常時にはかなり大きなマイナスになる。
『案ずるでない。その分は我らが不自由無きように取り計らうのが客人への礼儀だ。不便があれば何でも申すと良い』
「礼儀の話をするなら、そう言う大事な話は先にして欲しかったけどな」
「なにか大きいのが見えるー!」
そんな会話を気にする事無くマイペースなジャバが、進む先に何かを見つけた。
『ふむ、アレは我らの〔神殿〕だ』
視界に入るのは、明確な人工物。
女神本人以上の神々しさを感じる建物は、龍の巨体すら余裕で出入りする事が出来る程に大きく、その神殿と呼ばれた場所には反比例するかのようにとても小さく見える龍人達が何人もせっせと出入りしている姿が見える。
『今は準備中だが、此度の任命式もあそこで行う。其方らが出入り出来るのは当日限りで今は無理だがな』
「あぁ、宿とはまた別なのか」
『招待客にはそれぞれの種族に合わせた様式で宿を用意している。人族用の宿はこの先ゆえに少し待て』
神殿の真上は不可侵の領域らしく、光龍は少し迂回するような飛び方をする。
そして向かった先にはまた別の小さな……いや、神殿と比べると確かに小さいが、建物としてはとても立派な、それでいて何やら見覚えのあるような佇まいの建物が存在していた。
光龍はその手前に着地する。
「――さて到着じゃな。ここが其方ら人族に用意した宿だ」
いつのまにやら人化している光龍。
そしてその服はいわゆる和装の着物。
〔日本庭園を備えた和風の宿〕にピッタリな佇まいだ。
「……日本の老舗高級宿のイメージそのまんま何だよなぁ」
「どうやら他の者達はまだのようだな。だがそれにしても、我の気配は感じているだろうに、出迎えも無いとはこの宿の担当者達は一体何を――」
その時、宿の中から感じ取れたのは大きな力の気配。
それも二つ。
カイセが抱えているジャバも、それに当てられ警戒心むき出しになっている。
「中に何か居るのか?」
「――はぁ。居るのは馬鹿共だな。我の帰還にも気付かぬ程に白熱しおって」
小さな怒りを発露する光龍。
そして宿に近づくための一歩を踏み出したその時――
「「あ」」
声が重なるのはカイセと光龍
宿から感じる力の気配が一気に膨れ上がり、そして弾ける。
とっさにジャバを抱きしめ、護るように体を丸めながら防御魔法を発動するカイセ。
次の瞬間、カイセ達の本日の宿が建物・敷地共々盛大に吹き飛んだ。
「えー……」
爆風に晒されながらも、範囲防御魔法のおかげで視界が土煙に塞がれるだけで済んでいるカイセ一行。
その様子を半分呆然としながらその様子をただ眺めるだけカイセの横で、無表情な光龍が些か怖い。
そして土煙が収まると、視界に写ったのは瓦礫と化した建物と、そこに立つ二つの存在の姿だった。
「……〔火龍〕よ。やはりお前とは相容れぬようだ」
「それはこっちの台詞だ〔水龍〕!こうなったら今ここで決着を――」
「――火龍、水龍。おぬしらはまた騒いでおるのか?」
普段よりもトーンの低い、威圧の込められた光龍の言葉が目の前の二者へと当てられる。
隣に居るだけで向けられた訳でもないはずのカイセ達の肌も、少し当てられヒリヒリとする。
「光龍…様…?」
「……詰んだ」
光龍の存在に気が付いた二人は、明らかな動揺を見せながらゆっくりと、恐る恐るこちらを向いてくる。
【火龍】と【水龍】。
光龍に比べればまだ若い龍のようだが、れっきとした本物の〔七星龍〕の二体が、人化した姿でカイセ達の目の前に現れた。




