光龍の招き
《鑑定》により見えるステータスは、確かに強さや優劣を決める指標になる。
だがその数字も結局は数字。
いくらカイセが四項目999のカンストした存在であっても、ポッと出で与えられたその力を十全に使いこなせているとはとても言えない。
個体名:ホーリレイ
種族:光龍
年齢:467
職業:龍種族の長
称号:"七星龍(光)""最強の龍""苦労龍""神器の管理者""龍の守護者"
生命 900
魔力 900
身体 900
魔法 900
魔法(龍) Lv.10
魔法(光) Lv.10
魔法(聖) Lv.7
魔法(空間) Lv.7
魔法(召喚) Lv.7
特殊項目:
状態異常耐性(全) Lv.10
言語理解(全) Lv.10
アイテムボックス Lv.8
鑑定 Lv.10
人化 Lv.10
自動再生 Lv.7
自動回復 Lv.7
自動蘇生 Lv.2
転生輪廻 Lv.9
使徒権限 Lv.9
星の図書館アクセス権限 Lv.8
――これがカイセの目の前で食事をしている女性のステータス。
その正体は《人化》、つまりは人の姿に化けている〔光龍〕。
それはカイセという不具合が存在しなければまず間違いなく名実ともに最強を名乗る事の出来る存在であり、両者が本気で戦えばこれも間違いなく経験と実力の差で僅かなステータス差もひっくり返して光龍に軍配が上がるであろう、カイセを真っ向から倒し得る存在。
「……おかわりを頼む」
そんな存在が、カイセの家でカレーライスを食べている。
明日用に寝かせてあったものである。
「まだ食べるんですか?」
「《人化》の技は相応に力を消費するのだ。簡単に言えば腹が減る。若い姿にならなおのことな。それにあの巨体の腹を満たすよりは少なく済むだろう?」
「まぁそうですけど……はいどうぞ」
突如来訪した光龍は、目の前で白髪の若い女性の姿に変化し、対話の為の入室と腹を満たすための食事を求めて来た。
急な来訪であったため、準備も何も用意は無く作り置きのカレーを出したのだが、こうしておかわりが続くため、結局カイセ自身は一口も食べる事も無く全て持って行かれる事になるだろう。
大食いで早食い。
だがその所作は、食事スピードにそぐわぬほどに丁寧で綺麗であった。
ちなみに晩飯は既に終えているはずのジャバも、何故か光龍の対面にて食事に参加している。
「……それで、ご用件はなんでしょうか?食事に来た訳ではないですよね?」
「腹を満たしたらきちんと話すゆえ、もう少しだけ待っておれ。おかわり」
流石に光龍という存在に気分を損ねられても非常に困るだけなので、カイセは大人しく従うしかなかった。
「……ふむ。食事はこのぐらいとしようかの。馳走になった」
「満足してくれたのならまぁ良いです」
「うむ。思いのほかに悪くなかった。さて報酬を払わねばならぬな……」
「はいちょっと待ってください。どうしてそこで服を脱ぎ始めるのですか?」
着物にも似た服の帯を解き、あと少しで裸体が晒されようと言う所でカイセの制止が入る。
「何故と問われても……若い男には女の体こそが最も求める報酬ではないのか?」
「少なくとも俺には必要無いので早く着てください」
「ふむ、そうか……せっかく若い身体に変化させたのだがな」
要するに今の姿はカイセ相手に都合が良いよう整えた姿であるらしい。
ありがた迷惑なものだ。
「それならばコレを代わりにやろう。人の世ではそこそこの価値の代物らしいぞ」
「……さらっとトンデモない物を渡された気がするんですが、更に余計な事をされても困るんでここで在り難く受け取らせて貰います」
渡されたのは〔光龍の爪〕二個セット。
ちなみに大元である龍体での爪である為にデカイ。
そしてもはや考えるまでもなく、光龍という名が付いている時点で希少素材である事は目に見えている。
市場には安易に流せる代物ではなさそうなので、結局は死蔵の道行きだろう。
「――それで、ご用件はなんでしょうか?」
「……あぁ、そうだな、それがあったな」
この光龍、どうやら要件を忘れて腹だけ満ちて帰るつもりであったようだ。
そのままお帰り頂いた方がカイセとしては在り難かったので、要件を思い出させたのは失敗だったかも知れない。
「えーっと……これだな。ほれ受け取れ」
「うわっと…え――」
光龍が投げて寄越して来た〔白い珠〕。
【龍珠】と鑑定されたそれを受け取った瞬間、カイセの頭の中に何かが流れ込んで来た。
「な!?――ぐ…う……」
「――全く、なまじ抵抗出来てしまっているのがタチが悪いな。悪いものではないゆえに、そのまま素直に受け入れて仕舞え。それは〔神域〕の力を内包する〔神器〕の力を借り受けて生み出された代物ゆえに、我らですら耐える事は出来ても拒絶するなど無理なもの。抵抗すると一生終わらんぞ?」
抗うカイセに光龍はそう助言する。
普通であれば抵抗の余地など無いのだが、なまじ999ステータスがあるゆえに耐えられてしまっているカイセ。
だがそれもそこまで。
耐えるのみで完全な拒絶は叶わない程に、その何かが強く抗えない。
「……すぅ」
それをカイセも理解し、覚悟を決めて何かを受け入れる。
「……うむ、問題なく〔龍紋〕も出現したな。左手を見てみろ」
終わった頃には、カイセの左手の甲には何やら見慣れぬ紋様が刻まれていた。
痛みも苦痛もなく、ただの模様のようだ。
「今のは招待状であり、その左手の龍紋は招待された者の証であり、そして我らの里への鍵でもある」
「招待状……何の?」
「其方は招待されたのだ。〔龍の里〕で行われる〔龍族会議〕の招待客としてな。理由は率直に〔邪龍を滅した特別な存在〕であるからだ」
邪龍絡みの知識を調べた時に読んだ本の知識を引っ張り出す。
〔龍の里〕と言うのは全ての龍系種族の原点であり、世界最強の一角である〔七星龍〕の納める龍達の住処。
人類にとっては、その危険度ゆえに踏み入るのを躊躇われる〔魔境の森:ラグドワ〕以上に精神的にも物理的にも不可侵とされる場所である。
〔龍族会議〕と言うのはその龍の里で行われる、文字通り龍種族が集まる会合。
カイセはそれに〔邪龍の討伐者〕として招待されたと言う。
「……邪龍を倒したのに招待される?」
「アレは同族とは呼べない。あれは突然変異……そもそも〔七星龍〕と言う枠組みに〔邪龍〕と言う枠は存在しないのだ」
〔七星龍〕の七つは〔光〕〔闇〕〔火〕〔水〕〔土〕〔風〕〔雷〕。
邪龍はそこには含まれない。
にも関わらず、あの邪龍は〔七星龍〕の称号を持っていた。
「邪龍は何処ぞから流れ着いた存在が、本来の七星である闇龍を食らい、その力を取り込んで無理矢理に七星龍の称号と力を奪い取った。いわば逆賊、簒奪者であり、我ら七星の残る六龍も、やつを討伐する為の準備を進めていたのだが……その前に邪龍は一人の人間によって滅ぼされた」
それが異世界生誕一日どころか数分のカイセであった。
「ゆえに其方は我らにとって称賛すべき功労者であるのだ。少なくとも今回の〔任命式〕に招待されるくらいにはな」
「任命?」
「新たなる〔闇龍〕の資格を持つ者のな」
今回の龍族会議の目的。
それが空席になっていた七星龍、〔闇龍の任命式〕であるらしい。
「……邪龍が消えたのは一年以上前なんですが、何故空位だった闇龍の任命が今なんですか?」
「適格者が常に存在する訳ではない。長い時は数十年空位であった席もある。だが先日ようやく資格アリの者が出て来たゆえに、こうして任命とお披露目の準備を進めているのだ」
そしてこの招待状。
理由はどうあれ、カイセが呼ばれた理由は理解した。
「ちなみにもちろん招待を断る事も出来るぞ?」
「え、出来るの?」
てっきり強制と認識していただけに、どのように断ればいいのかと思案していたのだが、断っても良いのであれば――
そう考えるカイセに、光龍は釘を刺す。
「勿論嫌ならば来ないと言う選択も出来る。その場合はその者に用意されていた招待席に空席が出来るだけだ。実はどの席が誰の招待客であるかは他の七星龍には一目で分かるゆえに、招待者の居ない空席の存在はその龍の面子を潰すだけで、特に実害がある訳ではない。だから行きたくないのなら、きちんと断ってくれて構わないぞ?」
「……ちなみに俺の招待――」
「当然招待者は光龍だな」
言葉の節々に感じる威圧と、喰い気味の返事。
副音声で『当然受けてくれるよな?』という声が聞こえる気がする。
「カイセはいかないのー?」
「……そう言えばジャバは招待されてないのか?」
「そやつは特に功績も無く立場も無い。むしろ元邪龍という立場は七星龍以外には知られてないとはいえ確実なマイナス要因だ。ゆえに招待はしていないが……とは言え今は無害な同族なのも確かゆえ、其方が同行者として責任を持つのであれば、付き人枠として同行するのは許可しても良いな」
「いっていいのー?ならいきたいー!」
「だそうだが?」
光龍がドヤ顔で『さぁどうする?』と尋ねて来る。
ジャバの故郷が何処にあるかはジャバ自身にも分からない。
それでも分かるのは、ジャバも龍の一体であり、龍の里は同族の住処である事。
他の龍との接触機会の殆ど無いジャバにとっては、次はいつ訪れるか分からない機会。
それが必要な機会であるのかは分からないが、ここでカイセが招待を断れば、当然その少ないであろう機会も潰える。
「……分かりました。行きますよ」
ジャバには甘めのカイセには、ここで断ると言う選択肢は存在しなかった。