黒白の天使
「あ、それは向こうの棚にお願いします」
半ば脅しにも近い形で、天使との縁が結ばれた直後。
折角久々に時間に余裕があるのだからと、放置し放題の天使の汚部屋を片付ける事になり、何故かそれを手伝う事になったカイセ。
「……」
「あの、本読んでないで手を動かしましょう」
天使が早々に片付けトラップに引っかかる。
いつもこの調子なら、忙しい日々の合間の片付けで全てが片付くはずなど無かった訳だ。
「……あの、これは何ですか?」
「〔輪っか〕です」
「何の?」
「何のと言われても……言い直しましょう。それは〔天使の輪っか〕です」
「……頭の上のアレ?」
「それです」
片付けの最中に掘り起こされた黄色い輪っか。
どうやらこれは、天使が頭の上に付けている謎の輪っかであるらしい。
「私の仕事ではほぼ使う機会はありませんが、管理世界などで多少の実地整備が必要な時などに、我々天使は人界に降り立つ事もあります。その時に使うのがその〔天使の輪っか〕です。色々な能力が付与されます」
「着脱式の装備だったんですね……」
一つファンタジーの幻想を打ち砕かれた所で、再び片づけ作業を再開する。
そして次に掘り起こされたのは……
「これは何ですか?」
「〔天使の翼〕の右側ですね。もう片方も見つかったら揃えて置いてください」
〔天使の翼〕も外付け装備品。
この二つを除いた天使は最早ただの見た目キャリアウーマンなのだが、天使としての威厳と言ったようなものは損なわれないのだろうか?
そもそもそんな仕事道具を埋めるのはどうなのだろう?
「それらって正直使い所が限定されちゃうんですよね。最初に仕事道具の一種として支給される物ですが、私はどちらも一回しか使ってません」
「天使とは」
「現実そんなものですよ。あの女神様が最たるものだと思いますけど」
「どっちも大概じゃないですか?」
その後も色々発掘されていく天使の汚部屋。
何か白い布切れを拾い上げた時は、カイセの目にも止まらぬ速さで取り上げられ、そしらぬ顔で何事も無かったように作業を再開していたので、恐らく触れてはいけない何かだったのだろう。
この山には地雷が埋まっている事を肝に免じつつ、その後も作業を続けた。
そして、終わりが近づいたその時――
「ただいまクロちゃんー!」
「え、ぶおッ!?」
突然の帰還者。
そして何故か天使に首根っこを引かれ、そしてクローゼットへと力尽くで押し込められるカイセ。
その間僅か一秒未満。
全く抵抗の余地も無かった。
「あれ?もしかしてお片付け中?床がいつもよりいっぱい見えるー!」
クローゼットの隙間から部屋の様子を覗き見るカイセ。
その視界に映るのは、イメージ通りのまさしく天使。
真っ白なドレスを纏い、天使の輪っかと翼(ミニver)を装備した、本物の天使がそこには居た。
「おかえりシロ。だけど、ちゃんとノックはしてよね?びっくりしちゃったじゃない」
「そう?次から気を付けるー」
「それ前にも聞いたけどね」
お互いをシロとクロと呼び合う二人。
天界では《鑑定》が使えない為、詳しくは分からない。
なので【黒髪スーツの黒天使:クロ】と【白髪ドレスの白天使:シロ】と、勝手に命名させてもらおう。
どうやらこの部屋は二人のものであり、お互いは同居人であるようだ。
ルームシェアと言うやつなのだろうか。
「疲れたー。着替えるから脱ぐの手伝ってー」
「はいはいちょっと待ちなさいな」
まるで帽子を脱ぐかのように輪っかを降ろす白天使。
そして背中の開いたドレスの、素肌部分に何故かくっついている翼をそれぞれ外していく黒天使。
本当にあの二つは取り外し式の外付け装備品であると証明されてしまった。
そして、ぱさり――
「んー!やっと脱げた。これ相変わらず動きづらいのよね」
白天使が、その純白のドレスを脱いだ。
つまりそこに見える姿は……
そのとても綺麗な光景に、カイセはうっかり呆けてしまっていた。
「じー……(何を見てるのですか?)」
黒天使と視線が合った。
そして口パクを読み取れた。
カイセは状況から目を逸らし、何も見なかった事にしようと思った。
(……さっきの布切れはシロの――)
余計な思考も振り払い、何も見なかった事にしようと思った。
「着替え終了ー!次はお仕事終わりのジュー…す……無い!?」
普段着に着替えた白天使。
どうやら今開けたのは冷蔵庫のようなものらしい。
その中身を確認した白天使は絶望に苛まれた。
「あー、ごめん。飲んだ後、新しいの入れるの忘れてたわ」
そのジュースを飲んだのはカイセなので、その絶望はカイセが原因であろう。
どこかから新しい缶を持ってくるが、冷えていないので不満のようだ。
「……よし、今日は許すから、アレを買ってきなさいな」
その黒天使の言葉に、白天使の背筋はピンとなった。
「アレ……良いの?」
「今日はいいよ。だから買ってきなさいな」
「うん!すぐに行ってくる!!」
その言葉を聞いた白天使は猛ダッシュで部屋を後にして、何処ぞへと消えて行った。
だがその間際の一瞬だが、カイセの視線が白天使と噛み合った気がした。
その上で微かに笑みをこぼしたようにも見えたのだが、既にそれを確認する術は無い。
「……行きましたね」
そして部屋には黒天使だけ。
クローゼットの扉が開かれた。
「……ひとまず、さっき見たものは忘れてください。良いですね?」
「あ、はい」
扉の開放一番に、真顔と共に告げられた要請に、カイセは有無も言えずにそう返事するしかなかった。
「さて……お手伝いありがとうございました。ですが同居人が帰って来てしまったので、今日はこのままお引き取り頂きます。お約束した仕事の道具は後日送りますので、今日の所はここから直で女神様のもとへと送り返します」
そう言った黒天使が何やら呟くと、カイセの体が光り出す。
光はともかく、この感覚自体は《転移》に似たものを感じる。
直で送り返すとはそういう事なのだろう。
「それでは、これからよろしくお願いします」
「あ――」
カイセの返事は転移に遮られる。
そうしてカイセは、見慣れた女神空間へと送り返されたのだった。
「――あ!お帰りなさいカイセさん。おかげ様で上手く視察を躱せました!」
帰還早々に喜びを伝える女神。
実際はバレバレだったのだが、結果として現状維持はなされたのでまぁ良いだろう。
その分、カイセに余計な仕事が増えた訳だが、正直この女神のポカに対抗するための同志を得られたと考えれば、割と有意義な時間だったのかも知れない。
女神がポカさえしなければ必要のない協力関係ではあるのだが。
後に聞いた二人の天使のお話。
【黒天使:クロ】は事務のお仕事。
神々の縁の下の力持ちで、多くの問題を解決して来た仕事人。
【白天使:シロ】は外交のお仕事。
その美しい容姿から表立ったお仕事が中心となり、人間の天使のイメージは彼女らが元になっているらしい。
彼女達が天界に複数居る天使たちの二トップ。
これはそんな二人の天使との、とある日の出会いのお話であった。