天使のお部屋と協力関係
「――はい、これで終了です。お疲れさまでした」
天使による視察も、これでようやく終了となった。
基本カイセは立っているだけ。
途中に要らぬハプニングもありはしたが、これでようやく終わりだ。
「ところで女神様。少々あちらの人間をお借りしても良いでしょうか?」
ようやく終わり……そう思っていた時期が俺にもありました。
視察は終わり、さぁ帰ろうと意気込むカイセを、何故か天使は指名した。
「カイセさんをですか?」
「はい。安心してください。ちょっとした面接と、人間の方にお手伝いして頂きたい事が少しあるだけです」
「そういう事なら構いませんが……」
構えよ。
そこは止めてくれよ女神。
どう考えても嫌な予感しかしてこないカイセは、心の中でそう思った。
「ありがとうございます。それではえっと……カイセと言いましたか?行きましょうカイセ」
「……はい」
結局カイセ自身には選択権も無く、そのまま部屋の外へと連れ出された。
(……あそこから出るのは初めてだな)
思えば天界とは言えど、実際に足を踏み入れたことがあるのは女神のあの仕事場のみ。
こうして天界の別の場へと赴くのは初めてであった。
そもそも人間が踏み入れて良い領域なのだろうか。
「この辺りは別に隠す必要もありませんが、出来れば前だけを見てあまりキョロキョロしないでください」
「あ、はい」
何やら釘を刺されたようで、カイセは進む廊下をただ天使の背中だけ見て進む。
余計なものは視界に入れないのが基本だ。
そしてそれから数十分。
「……遠いですね」
「もう着きますよ。ここです」
窓も扉も何も無い廊下をただひたすらに歩かされた。
正直精神攻撃の類かと勘繰るほどに苦行であった。
そして辿り着いた扉。
そうして入室を促された個室。
そこは――。
「――まさか手伝いって、ここの片づけろって話だったりしますか?」
「成程、貴方の整理能力次第ではそれもありですね」
通された部屋は言うなれば汚部屋。
別に汚れや不健康な部屋なのではない。
単純に、書類の山や色々な物が散乱し、いわば〔片づけられない部屋〕と言うべき散らかり方をしていた。
幸いなのは生ごみの類は貯めこんでいない事か。
「ここ、何の部屋なんですか?」
「……私の自室です」
「……片づけられないお方でしたか?」
「時間が無いんですよ。基本年中無休で働きづめなので」
止む負えないタイプの汚部屋であったようだ。
片づけたいけど時間が無い。
怠けではなく、人手不足を謳う以上は本当に忙しいのだろう。
「適当に座ってください。飲み物は水とお茶とジュースがありますけどどうします?」
「えっと、どんなのか気になるのでジュースでお願いします」
言われた通りにカイセは適当に床の空きスペースを作って座り込む。
天界のジュースと聞いて遠慮無しに飲んでみたかったのだが、出てきたのはメーカー不明の缶ジュース。
いわゆる果汁100%ジュースであった。
ちなみに味も普通で目新しさは無かった。
「……缶ジュースに一切反応しませんでしたね」
シンプルな失態。
油断とも言える反応。
あの世界には缶ジュースなど存在しない。
それをさぞ当たり前かのように手を付けてしまった。
「さて……それでは早速、この資料を見て頂けますか?」
そう言って天使に渡されたのは二枚の紙。
見ろと言うので遠慮なく読ませて貰う。
そこに書かれた情報には、カイセにも知る名が含まれていた。
〔エルマ〕〔カイセ〕〔アリシア〕〔ロバート〕。
他にも複数の人名や物品・現象の名が、所謂日付順に並んでいる。
これは要するに、女神に事前に見せて貰ったあのリストと同じものを示したもの。
それを天使が差し出して来たと言う事は――
「一通りの見当は付けていますので、もしよろしければ知る限りのお話をして頂ければなと思います」
要するに、あのポカ女神より目の前の天使のほうが有能だと言う事か。
カイセは自身の知る限りの女神のポカを全て話した。
「……はぁ。結局どこにもまともな神様って居ないんでしょうかね?」
期待が失望に変わる天使。
そして部下である天使にそう言われる神々。
本当に人界の管理を任せて大丈夫な存在なのだろうか、神とは。
「女神の話だと、前任者である先輩とやらは優秀だって聞きましたけど?」
「そうですね……記録を見た限り、お仕事に関してはとても優秀な方だったのだと思います。ですがあの創造神にひっかけられた時点で株価は大暴落です」
久々に聞いた株価という単語。
天使はこちらの知識に合わせて言葉を発しているようだ。
「……創造神ってそこまで酷いんですか?」
「聞きますか?アレの武勇伝(笑)。全て語ろうとすると、高速言語でも年単位で時間が掛かりますが」
「いえ、結構です」
瞳から光が消失し始めた天使を見て、その苦労は想像の外にあるものなどだと認識した。
このまま創造神の話題を話していても場は進展せずに天使の心が沈んでいくだけのようなので、カイセは話を本筋に戻す。
「ところで、私をわざわざここへ連れて来て、この書類を見せて、一体何をさせたいのですか?」
「……すいませんね、ちょっと心が脱線してました。貴方にさせたい事は簡単です。私の部下となり、あの女神様をスパイして欲しいだけです」
天使の部下として女神のスパイ。
何やら不穏な言葉ではあるが、カイセはそうさせようとする理由に気づいて居た。
「スパイ……というより、監視役ですか?〔女神を見張って、やらかしたポカを報告しろ〕って感じですか?」
「大体そんなところですね。出来る事ならやらかす前に止めるなり報告するなり出来ると一番良いのですが、履歴を視る限りはそこまでの頻度であの場に出入りしている訳でもないようですから、あくまでも出来る範囲でと言った感じでしょうか?居るだけマシの無理強いは無しです」
「対価は〔現状維持〕ですか?」
「はいそうです」
要するに、今回把握した〔めがポカ〕に関しては追及はしない。
カイセに与えられている特例もそもままで良い。
だけど黙って置く代わりに言う事を聞けという、いわば脅しであった。
「断ればどうなります?」
「この情報を然るべき場所に提出して、査察が入り、最終的には女神様はクビになり、貴方に与えられた特例も撤回して通常の輪廻の輪に戻って貰う事になりますね」
「俺の異世界人生は事故の補償で与えられたものだと思うのですが?」
「そこはそうですが、その際にポカで与えられたその上限ステータスは完全なる失態ですから修正対象になります。ですが、それだけ強く根付いてしまうと無傷のまま回収するのは私達にも難しい。ですから魂ごと回収し分離、一度回収した魂は人界に戻せない為そのまま輪廻に放出。まぁお詫びとして来世では人一倍健康な体くらいは与えて貰えると思いますよ。記憶は当然リセットですが」
つまりはめがポカで一度死んだカイセが、天界の都合で再び殺されるようなものだ。
「……〔失態を見逃す〕という選択も、特例とか不正にあたるんじゃないですか?」
「そうですよ。私だって普通はそんな事はしたくありませんけど……この情報を明るみにして女神様をクビにしても、私達天使には本当に損しかないんですよ。誰があの管理者の席に着くんですか?人材不足だって言ってるじゃないですか!何処かの神が掛け持ちしますか?結局一人じゃ捌ききれない仕事量になりますよねそれ?そのシワ寄せは私達に来るんです!これ以上仕事を増やされたら私達の方が重大なポカをしますよ!負の連鎖でドミノ倒しになりますよ」
震えながら感情を露わにする天使。
つまりは女神のポカの数々を黙認してでも、そんな天使的バットエンドは回避したいと言う事らしい。
……ところで神様はどれだけ部下に苦労を押し付けてるの?
天界ってどこまでブラックなの?
等と考えつつも、〔神の被害者〕という立場としてはカイセも似たような立場であるため、少しだけシンパシーを感じてもいる。
「……と言う訳で、例え悪と罵られようとも、ドミノ倒しの連鎖はここで止めておかなければならないと判断しました。私も隠し事の共犯者になってやりますよ。ですからその代わりに私のお手伝いもしてください。あの女神様が〔今以上これ以上の失態〕をしでかした時に迅速に正しい対応を取れるように、ほんの少しだとしても備えはしておきたいのです。貴方は今まで通りの生活を送ってくださって構いません。率先せずともその範疇の中で構わないので、もしも女神様と会う事、言葉を交わす事などがあれば、その時の様子をレポートにして私に提出してください!お願いします!!」
今、カイセは土下座を目の当たりにしている。
女神に次いで天使。
何故こうも人外的存在にばかり頭を下げられるのだろうか?
こんな事をせずとも、もともとカイセに選択肢など無かったのだが。
「……やりますよ。元々断って損をするのはこっちも同じなんですし、そのぐらいの労力で現状維持が出来るなら仕方ないの範囲ですから。だからほんとに土下座は辞めてください」
そうして、俺は天使と縁を結ぶ羽目になった。