神眼の真相
「――こんにちはカイセ様。王都ではまた面倒があったようですね」
「俺じゃなくエルマ様がな」
後日。
〔転移護衛〕の仕事を無事に終え、王都から帰還したカイセはアリシアを送ったその矢先に、いつもの教会の聖女のもとを訪れていた。
「あの子も苦労ばかりが続きますね。せっかく〔認定〕の効果で面倒な輩が身を潜めたと言うのに、よりにもよってお相手は王族ですからね」
案の定、王都での出来事は全て筒抜けのようだ。
王族が絡む情報で未発表のものはどんなものでも入手難度は高いはずなのに、この聖女の情報網はとても優秀なものだな。
「ところで、俺はピンと来てないんだけど〔国家認定鑑定師〕になってから実際に効果があったのか?」
「ありましたね。盗賊の雇い主候補として注視していた方が、見事なまでに動きが無くなりましたから。証拠を押さえられなかったのは残念ですが、これで流石に国そのものを敵に回してまで何かを成そうとは思わないでしょう」
ひとまず問題の一つ、一難去ったのならば王都へと出向いた意味もあったものだ。
また一難となったのは解せぬが、それも命を害するものではないのでマシと考えよう。
「……それで、本日のご用件は何でしょうか?私の留守の間にも一度お越し頂いたようですが」
結婚式の直後からジャンヌは、聖女としての仕事でそのまま教会には戻らずに何処ぞへと赴いていた。
その為カイセが会いに来ても、ジャンヌに会う事は出来なかった。
その時の要件をこなそう。
「実は、エルマ様の〔眼〕について確認しておきたい事があってな」
「"神眼"についてですか?」
「いや、失明した本当の原因についてだ」
ジャンヌの顔から笑顔が消える。
そこに見えるのは純粋な驚きであった。
「それはどちらで……いえ、カイセ様の交友関係を考えれば、それを伝えられるのはたったお一方だけでしょうかね」
カイセにその情報をもたらした相手について、簡単に行き着いた様子のジャンヌ。
だからこそ、誤魔化す事無く語りだす。
「お知りになりたいのは〔呪いを掛けた者〕と〔呪いを掛けた理由〕と言ったところでしょうか?」
「そうだな。それよりも……やっぱり〔呪い〕と分かってたんだな」
「はい勿論です。失明した目を癒したのは確かに〔究極回復薬〕でしたが、それよりも前に〔呪い〕そのものを浄化したのは聖女である私でしたから」
つまりはこういうことだ。
エルマの大病が高性能回復薬で癒え、しかし失明は癒えずに残った段階で、アーロン家は治癒の力も持つ聖女を頼りとした。
本来ならば正規の手順で申請を必要とするだろうが、そこは身内特権とでも言うべきか。
褒められた事ではないが、非公式な訪問でジャンヌはエルマのもとを訪れた。
そしてエルマを視た聖女ジャンヌは、その失明の原因が〔呪い〕によるものである事に真っ先に気がついた。
「当然私は聖女としてすぐさま〔呪い〕を払いました。結果としてエルマの症状は失明のみに収まったと言えるでしょう。――あの呪いは五感や四肢の自由を徐々に奪い、最後には死に至らしめる。性質も趣味も悪い、最悪な部類の呪いでしたから」
つまり対応が遅ければ、失うのは視力だけに留まらなかったという事らしい。
「聖女のおかげで呪いは晴れた……そのまま聖女の治癒魔法で失明自体を癒す事は出来なかったのか?」
「当然試しはしましたが……人の扱う治癒魔法とは、例えそれがレベル10の適性によるものであったとしても肉体的な損傷しか治すことが出来ません。極めれば部位欠損すら治すことが出来ても、エルマのように〔傷ついた魂〕を原因として失明した状況を癒すことは出来ませんでした」
悔しそうに語るジャンヌ。
自身の力不足を嘆きつつも、それが人として許された領分であると理解しなければならない立場。
だからこそなお悔しい。
「……弱音と言いますか、本当の事を言ってしまうと、仮に〔万能回復薬〕が手に入ったとしても治せないのではないかと言う不安がありました。それでも縋るしかなかったのですが……結果はご存知の通りです。あの時は自然と涙が流れてしまいました」
手にした〔究極回復薬〕により、無事にエルマの視力は回復。
余計なスキルもついてきたが、それはそれで使い方次第だ。
「ちなみにですが、この事実を知るのは私と、私の父親と、そしてアーロン夫妻の四人のみです。そこにカイセ様が加わる事になりましたが、他言無用でお願いします」
「……それは〔呪いをかけた犯人〕が関係してるのか?」
「はい。犯人は身内でしたから」
呪いと言う〔禁術〕に手を出した者が身内から出たとなれば、貴族家としてのアーロン家は大きく揺らぐ。
おまけにその対象がこれまた身内。
内輪揉めの末ともなれば、それこそ地に堕ちる。
だからこそ真実を知る者達は全てを伏せた。
……そして何より、エルマを傷つけないために。
「禁術に手を染めたのは、アーロン家の〔次女〕。つまりはエルマの実の姉です」
アーロン伯爵の娘は四人いる。
エルマはその中で末っ子の四女だ。
「対外的には次女は駆け落ちして家を出て行ったという事で身内にも説明はしていますが、実際は亡くなっています。調べたところ、死因は〔呪いの反動〕と推測されています」
「反動?」
「〔呪い〕は〔条件付け〕で性能を高める事が出来るようです。この場合解呪が、つまりは呪いの完遂に失敗すれば、全てが自分に返って来ると言う条件付けだったようです」
だからこその高威力。
五感を奪い、死に至らしめる呪い。
「……じゃあ理由は分からずじまい?」
「そうですね。ですが……憶測としては〔嫉妬〕が原因だったのでは無いかと考えています」
四姉妹の中でも最も美しく育とうとしていたエルマ。
まだ子供ながらにその片鱗に気付き、周囲の視線を集め始めていた中で、次女が気にしていた男の子もまた、そんなエルマに視線を移し始めていた。
「次女は当時十四。その手の感情に最も振り回されやすい時期とも言える時代に、四つ下の、自分よりも顔立ちの整った妹に、妹の噂を耳にした〔気になる男子〕は興味を示した。ちょうどそんな時に大病を患い喜んで居たところ、ポーションによる快復の可能性が示唆されたところで慌てて〔呪い〕に手を染めた……それが私たちの出した、集まった情報を基にした〔憶測〕です」
あくまでも憶測。
本人が既にいない以上は確認のしようもない。
「呪いは何処から?」
「当時通っていた〔学園〕の〔禁書庫〕から手法を盗み出したようです。そこは証拠と共に確定事項です」
「そんな簡単に立ち入り禁止の場所に入れるものなのか?」
「入れてしまったみたいなんですよね……一部の学生に引き継がれてきた抜け道があったらしく、当然今は潰してますが、そこを使ったようです」
つまり手にする手段はあったと。
禁書庫と言えば忍び込みたくなるのも分からなくはないが……
とにかくロクでもない話だ。
「……確認したいんだが、その次女は既に亡くなっていて、エルマ様が再び呪われる危険は無いんだな?」
「無いと断言出来る訳ではないですが、少なくとも次女から再びと言う事は無いですね」
となればあの備えは取り越し苦労だったのかもしれない。
あるとないとではあるに越したことはないが。
「ところで、私からも質問があるのですが、エルマさんとアリシアさんに渡したと言う〔指輪〕に付与された魔法について聞いてもいいでしょうか?」
「……あぁ、あれには一回分の《転移》が――」
「二人にはそう説明してるようですが、これも私の憶測になりますが、何か他にも付いてますよね?恐らくは《呪い避け》の類ですよね?」
「何でそこまで勘が良いんだよ……」
二人に渡した指輪のマジックアイテム。
その容量を《転移》でのみ埋められたのなら、もう少しマシな《転移》が出来た事であろう。
その邪魔をしていた別の要因。
それが《呪い避け》。
万が一の為に持たせた代物。
「カイセ様って過保護ですよね。そんなに心配なら手元に置けばいいのでは?」
「それとこれとは別問題」
「本当に別なのですかね……まぁ言っても仕方は無いですかね?」
言っても仕方がないので、そのまま今後もそっち方面にはもって行かないで欲しいものだ。