愛だの恋だの
「……それで、落ち着きましたか?」
自室へと戻ったアリシアとエルマ。
そこにファムを加えた女性三人。
ファムは基本的に話には入ってこないが、形だけならば三人の女子会が始まっていた。
「……」
「はいはい、気が済むまでそうしてていいですよ」
ベットに寝転がるアリシア。
そのアリシアの胸の辺りには、現在エルマがうつ伏せで顔を埋めている。
と言うよりも抱き着いて離さない。
さながら抱き枕の扱いだ。
「まぁカイセさんの反応も仕方ないと言うか、むしろ当然と言うか、分かっていた事であるでしょうけど……それでもやっぱり好きな人に『好きじゃない』って宣言されれば悲しくなりますよね」
カイセの前では落ち込むことなく元気な姿を見せていたエルマ。
あの姿も確かに本心ではあるが、それはそれとして恋愛候補として一切見られていないという事実は、やはり乙女心に悲しいものでもあった。
その為、自室に戻ってからはずっと黙してアリシアに縋っているエルマ。
「まぁ『嫌い』と言われなかっただけでもマシと考えればさっきの通りに……ん?」
「すー……すー……」
「いや、寝ないでよ」
落ち込んでいると思いきや、まさか人の胸の上で眠りに付いていた。
「……別に泣いてはいませんから泣き疲れた訳でもありませんし、実は存外図太かったりしそうですよね……とりあえず退いて」
アリシアは眠るエルマを静かに引き剥がそうとするが、エルマの両腕ががっしりアリシアの背に回り込み、そのまましっかりと固定してしまっていた。
「おっと動けない。ファムさん、退かすの手伝って貰えませんか?」
「無理ですよアリシア様。子供の時からの癖で、捕縛されたら朝まで抜けられませんから」
「いや、そこを何とか」
「下手に抜けようとすると怪我させてしまいますので、そうなったらもう諦めてください」
力のあるファムすら匙を投げる事態。
いわゆる〔ハマった〕状態なのだろうか。
(指輪で村に転移すれば外せるけど、行き先固定だからここに戻って来れなくなるからなぁ……流石にカイセさんに手助け求める訳にも行かないし、諦めるしかないか)
抵抗を辞めて脱力するアリシア。
最早お手上げとばかりに体をベットの上で広げる。
(……それにしても、初対面は大人しそうだった子が、これだけ感情に動かされるとは……愛とか恋とかって言うのはやっぱり良くも悪くも強いんだなぁ)
村でも教会でも、女子が集まれば少なからずその手の話題が出てくる。
だからこそ人の恋話は多く聞かされてきた。
だが自分の事となると、殆ど話をした経験が無い。
そもそもまともに話せるような経験をしたことが無い。
(幼少期は家の手伝いでいっぱい。思春期は教会で基本は恋愛ご法度。まぁ周りにはそれでもそういう人達は居たけれど、自分に関しては全く無し。もしかして私って枯れた人生送ってたりする?)
思えば初恋の経験すら思い当たらないアリシア。
持つ知識は全て受け売り。
実体験として伴うものは無い。
(……もしかして私もカイセさんと同じで、〔そうしょくけい〕ってやつだったりするんですかね?)
カイセから言わせれば、別の意味での肉食系。
こと食欲には素直な、花より団子なアリシアとして捉えられている。
(うーん……もしかして家の為には、グリマ様のお話を受けたほうが良かったのかな?)
自身が消極的な以上、向こう側からの申し出に掛からなければ、一生相手が見つからない可能性もある。
確かにアリシアも恋愛に興味は無いが、それはそれとして家族の為にという想いは存在する。
(……まぁグリマ様の場合は、本当にそういうお相手として見れなかったからどうしようも無かっただろうけど)
条件で言えばとても優良な相手であった事は否定しないが、アリシアとしては結ばれた先の未来を想像する気にもなれなかった。
だが、この条件で駄目ならば他に望みなどはないのではという程の好条件であったことは理解している。
(後は身近な……村の男子達ってむしろ親戚家族に近いからそういう感情はなぁ……後はカイセさんかな?カイセさんは……)
カイセと出会ったからの日々を振り返る。
思えば出会いから助けてもらい、その後も基本的には恩恵ばかりを受けている気がする。
魔境の森に住む変わり者。
魔境の森で暮らせるだけの力を持つ異常な人。
常識人であろうとしているが、所々で感覚がずれてる人。
平穏を望みつつ、自分から面倒を引き寄せるように見える人。
面倒と言いつつ、要所となれば断れない人。
(……無しではないけど、そう言う仲になるならもっと普通の人が良さそうだなぁ)
カイセはむしろ珍獣枠とでも言うべきか。
自分にはない非日常を、そこそこの距離から眺めているのが一番良い存在にも思えてくる。
(……候補が居なくなった)
そもそも異性の交友関係の少ないアリシア。
あっという間に見知った男性のストックが尽きてしまった。
(まぁ、しようと思って出来るものでもないだろうし、生きてれば結局なるようになるかな)
そうして適齢期を過ぎた人々を幾人か知っているのだが、彼女たちはそれはそれで楽しそうな生活を送っているため、特に深刻な気もしない。
(まぁそれでも、エルマは少し羨ましいですけど)
ある種の無い物ねだりの憧れ。
そんな事を考えながら、アリシアも眠りに誘われていった。
――そしてそんな事を考えて眠りに着いたせいなのか、その日に見た夢はエルマと二人でカイセに嫁入りする夢であった。
(うーん……ない)
目覚めてすぐに頭を抱え、夢の残滓を振り払うかのように頭を振るアリシア。
「にや……にや……」
その隣で、良い夢でも見ているのかニヤけ顔の寝顔を見せて来るエルマの姿に、若干イラッとしたアリシアだった。




