神眼の理由
グリマの結婚式の翌日。
カイセはいつもの場所へと赴いていた。
「もう結婚しちゃえばいいんじゃないですか?」
いつもの神様空間。
そしていつもの女神。
カイセの最近の状況も知るために、出向いて早々にそんな事を言いだし始めた。
「適当言ってるのなら、いつものほの――」
「ふふ……燃やせるものなら燃やしてみなさいな!この空間の耐火処理はバッチリです!」
空間を見渡せば、確かに何かしらの魔法対策が取られているのは判別出来た。
それならば……
「じゃあ水かな?それも雷が良いかな?」
右手で渦巻き、左手でバチバリ。
別に炎が全てでは無い。
やろうと思えば他の属性でお見舞いする事も出来る。
「待ってぇええええ!!水駄目!雷も駄目!精密機器があああ!!」
「なら適当な事言うなよ」
「適当を言ったつもりはないんですけどね……むしろ何で結婚しないんですか?」
どうやらこの女神は、悪意無く本気でそう思っているようだ。
「結局なーなーになってしまっているとはいえ、最初に告白されてますよね?お金持ちで美少女で性格面も悪くない女の子に。普通は即決じゃないですか?」
「……まずは『お友達から』ならともかく、そこで即決出来るような男を俺は信用できないけどな。異世界物の物語の主人公でもあるまいし」
「ちなみにうちの世界、それなりの身分になれば国も教会も公認の一夫多妻ですよ?」
「知ってる。人は人、自分は自分。郷に入りてと言えども全て染まる必要なんてないんだから。俺はこの人って思った人を一人だけ両想いになれればそれでいい」
「まぁ無理強いする事でもないですけね……エルマさんも面倒な人に気を持ってしまいましたね」
「そう言えばさ…結婚式の時、投げられたブーケが魔法の反応も無しに不自然な動きをした気がするんだけど、何か心当たりはないかな?」
「……」
無言の女神。
だが図星を突かれたような表情は、ほぼ隠しきれていない。
これはきちんとお話を聞かねばならないようだ。
「……ちゃんと説明して貰えるよな?」
「します!ちゃんと説明しますから、その両手の水と雷は仕舞ってください!!会話を…話し合いで解決を!!!」
結果から言ってしまうと、昨日の結婚式でのブーケトス、そこで起きたブーケの不可解な軌道は、女神の介入によるものであったようだ。
だからこそ何故か離れたカイセのもとへと届いてしまった。
「何でそんな事を?」
「えっと、エルマさんとカイセさんの仲を進展させようと……ブーケのおまじない、〔手にしたものが次の結婚を~〕のジンクスを信じて、手にしたものが想い人に対してアピールが積極的になったり、そのまま告白したりって流れが結構あるんですよ。だからエルマさんも、ジンクスを手にしたらもっと強気になれるかなと」
「それで何で俺の所に……」
「あの時に使えた干渉範囲だと軌道をずらす事しか出来なかったんですよ。それでも手にする可能性は上がるとずらして見れば、何故かカイセさんの手元に……まぁこれはこれでちょっとだけやる気になってくれたので良いですが」
つまりはカイセの手元に来た事自体は、女神にも予想外であったと。
それならばまぁ仕方ない事ではあると思うが……。
「――で、何でわざわざ女神がそんなお節介をしたのか、それも説明して貰える?」
「そこは恋する乙女の後押しを――」
「早々出来る事じゃないよな?〔恋する乙女〕を理由にするなら、四六時中何処かで誰かの手助けをしなきゃならなくなるし。基本は不干渉の女神が、何でエルマには手助けしたのか、聞かせて貰えますかね?」
「……お相手がイレギュラーゆえに干渉しやすいカイセさんだったのも理由の一つですが、まぁお察しの通り、後ろめたい事があったからですよ。エルマさんに対して」
つまりお節介は、女神として詫びの一つだ。
「〔究極回復薬〕や"神眼"の事か?」
今回の本題。
カイセはその二つ、エルマにまつわる究極回復薬と"神眼"について、話を聞くためにこの場を訪れた。
「――そうです。これまたお察しの通り、簡単に言ってしまうと……何というか、〔納品ミス〕をしてしまいまして……」
「〔万能回復薬〕と〔究極回復薬〕を間違えた?」
「はい……」
そもそもの仕組みとして、ダンジョン内に存在する宝箱から出現するアイテムは、全て神様によって生み出され、設置されたアイテムだ。
ゆえに人には作る事の出来ぬ領域のものまで時折出現する。
「基本的には、ダンジョン内の宝箱アイテムは、こちらで用意してある物品の中からランダムで出現するようになっています。ですが最下層最奥、つまりはボス部屋をクリアしたものが開く事の出来る宝箱は、〔クリア者達が最も望む物〕を確認した上で私自ら納める事になっているのです」
ダンジョン攻略者が望むもの。
普通であればパーティーメンバーでバラバラの望む物であるが、ダルマ一行は満場一致。
元々その為に集まったパーティーであるとはいえ、邪念なく彼らの望みは揃っていた。
「〔万能回復薬〕。確かにエルマさんの目を治すにはそれほどの回復薬が必要であり、それを望むのは納得。そしてダンジョン報酬の許容範囲にも収まるものでしたので、私は文句なく〔万能回復薬〕を宝箱に設置しました。――したはずだったんですよ……」
だが実際に出てきた物は〔究極回復薬〕。
「……何でこの二つって、器が見た目ほとんど同じものを使ってるんでしょうかね?」
「こっちに聞くな。女神産じゃないのなら、製造元に聞いてくれ」
〔万能回復薬〕を納めるべきところを、誤って〔究極回復薬〕を納めた。
劣化するよりかは良いとは思うが、流石にちょっとやり過ぎなものを入れてくれたものだ。
「正直言ってしまえば、ミスはしましたがあくまでも上位互換に差し替えたような状況なので、こちらとしても『まぁ仕方ないか』と楽観視してしまっていたんですよ。そしたらまさかの『治り過ぎてスキルが!?』って状況で……流石にあれは驚きを隠せませんでした」
どうやら"神眼"の複数スキルに関しては、女神としても完全に想定外であったようだ。
「そもそも究極回復薬って、私たちが日常的に使用している栄養ドリンクみたいなものなんですよね。それが人の手に渡るとああなるなんて、思いもしませんでした」
「……それさ、下手すると効き過ぎて死んでいた可能性があったのでは?」
栄養ドリンクと言うものは、容量を守れば薬となっても、過度に摂取すれば毒となる。
神様向けの栄養ドリンクなど、人間がまともに摂取できるものではないのではないだろうか?
「そこは大丈夫だと思います。確かに健康な者が摂取すれば危なかったとは思いますが、エルマさんの目に纏わる呪いは、魂まで傷つける程に相当根深く濃いものでしたから――」
そこで女神は聞き捨てならない単語を発した。
「ちょっと待った。呪い?」
「はい。エルマさんが最初に掛かった大病は確かに普通の病でした。ですが視力を失った原因は病にあらず、〔人為的な呪い〕によるものです」