護衛依頼
「――ふぁ、ふぁふぃふぇふぁん。おふぁなしぃふぁほあっふぁんふぇすか?」
「何言ってるのか分からないから全部飲みこんでから喋ってくれ」
ダルマとの一対一の話を終えて、カイセはパーティー会場へと足を踏み入れた。
式自体は一通り終わり、今は立食形式での懇談会のような状況だ。
カイセが話をしている間、他の方々と共にアリシアは食事をしていたのだが……食べながら話すために、正直何を言ってるのか全くもって分からない。
「もぐもぐ……ごくん――あ、カイセさん。お話は終わったんですか?」
「わざわざやり直してくれてありがとう。終わったからこっちに来たんだよ」
「どんなお話だったんですか?」
「簡単に言うと、まぁ仕事の依頼だったわけだけど……アリシアはしばらく大事な用事とかないよな?」
「無いですけど……もしかして私も巻き込まれます?」
「巻き込まれるというか、俺があえて巻き込んだ。悪い話じゃないから安心してくれ」
ダルマに打診されたのは、エルマの〔転移護衛〕の依頼。
いざという時に護衛対象を《転移》で逃がす役割。
「……何をやらかしたんですか?」
「悪い話じゃないって言っただろ。やらかしてはないから。内容に関しては人前では多くは話せないが、簡単に端折ると三日後に一緒に〔王都〕に行くぞ」
目的地は王都。
そしてその道中にアリシアも同行する。
カイセとしては、アリシアを連れて行くことでエルマ相手の緩衝材として別の意味での不測の事態を避ける目的があり、依頼側としてはエルマの友人が側に居る事で旅のストレスの軽減の意図を持つだろう。
「……王都って、あの王都ですか?」
「他に王都って……あぁ、一応他国の王都って話もあるか。まぁ今回はあのだ」
とは言え流石に他国へ簡単に渡れる身分でもないので、王都と言えばこの国のものになる。
「……日帰りですか?」
「移動は馬車での往復になるから泊りがけ。もちろん向こうが宿なんかも用意してくれる。その他必要経費は全て向こう持ち。個人的な買い物は別だが」
「……つまりは実質無料で王都へ行けると?」
「その単語に懐かしさを感じる訳だが……まぁそう言う事だな」
余計な買い物さえしなければ、道中全て経費から払われる。
実質無料と言えば実質無料だ。
「何故勝手にそんな事を……」
「あ、もちろん返事は本人次第。嫌なら嫌で断っても――」
「行きますよ!?」
喰い気味に飛びつくアリシア。
カイセとしても、アリシアがこの話を断る事は無いだろうなと思っていたからこそ、勝手に話を進めていた。
「王都……話に聞くその場所に、ようやく足を踏み入れることが出来るんですね」
何というべきか、この世界での王都の位置付けは田舎者にとっての東京都心、若者にとっての渋谷・原宿その他諸々と言った、所謂一度は言ってみたい場所と言う事らしい。
その為にアリシアも、他に漏れずに少なからずの憧れがあったようで、行けるならば行ってみたいという話を何度か聞いた。
だからこそ、絶好の機会を断る事は無いだろうと思った。
「……この服じゃなく、もっとちゃんとしたドレスを用意しなきゃダメですかね?あとガラスの靴」
「その揃えだとカボチャの……待って、そのお話ってこっちにもあるの?」
〔星の図書館〕で暇潰しがてらの情報収集で一般的な童話にも目は通していたはずだが、どうやらそれ以外の所に懐かしい作品も存在していたようだ。
「というかドレスは要らんだろ。アリシアは王城に出向く訳じゃないんだし、普通の普段着。あくまでも行き帰りに着いてくるだけだから」
別に舞踏会に行く訳でも無いのだから、よほどの恰好でも無い限りは普段着で問題は無いだろう。
あくまでもアリシアは。
「ちなみに今日、泊まっていくとか言う話はどうなった?」
「あ、はい。エルマが是非にと言う事だったので、このまま泊まっていくことになりました」
「なら詳しくはエルマに聞いてくれ。行く行かないの最終的な返事もそっちにしてくれ」
「分かりました……あ、そう言う訳なので今日の帰りは必要ないです」
「明日は?」
「馬車を出してくれるそうなので」
つまりは迎えの必要も無いと。
ならちょうど良い。
明日は準備に時間を当てるとしよう。
「さて、俺も何か食べるかな」
「ふぉふぇふぉふぁふぉふぅふぅめふぇすよ?」
「だから飲みこんでから喋って」
「『これとかオススメですよ』と言ってますね」
わざわざ謎語を翻訳をしてきたのは、いつの間にやら合流していたエルマであった。
カイセは隠れた隠密相手でも気配は読めたはずなのに、今回は全く気付けなかったのは油断かそれとも……。
とりあえずアリシアの反応を見ると、その翻訳そのものは正解だったようだ。
「何で分かるの?」
「何となく……慣れですかね」
「今日が初めてじゃない?」
「お土産お菓子を持って遊びに行った時には、大体一度はこうなります」
「おいこら元聖職者」
聖職者どころか、そもそも一般人のマナーとしてもそれはどうなのだろうか?
「お肉類がとても美味しいです。パンや甘味類は……技術は料理人の方が当然上ですけど、素材の差でカイセさんの勝ちです」
「主催者身内の前でそういうのを比べるなよ」
「あははは……」
例の如く苦笑いのエルマ。
用意したものを客人に「いつも食べてる物の方が美味しい」と指摘された側の気持ちもちゃんと考えてやってほしい。
この元聖女候補は、その手の気遣いやマナーは教会に置いて来たりしたのではないだろうか?
知り合いの前だからこそ気が抜けている可能性もあるが、だとしたらそこはキッチリ締めて欲しいものだ。
「……お、本当に肉美味いな」
「でしょー」
「やはり技術の差は大き……何でアリシアが得意気なのさ?」
その後の雑談、そして食事を済ませたカイセは、そのままお泊りのアリシアを置いて一人で帰って行った。
――だがその前に、当然報告が必要であった。
「お泊り?何処の誰とだ!?」
「相手は――」
「誰だ!?」
「言うし、そもそも問題無いからとりあえず人の話を聞け!!」
予定されていなかったアリシアのお泊りを、アリシアの家族……特にアロンドに説明するのがとてもとてもめんどくさかった。
21/11/21 表記ミスを修正しました。