招待状と結婚式
「――結婚式の招待状?」
「はい。お二人に」
後日、再びアリシア宅を訪れたエルマ。
二人に用があるらしく、カイセもわざわざ呼び出された。
そして二人には〔招待状〕が手渡された。
「お相手が決まったんですね」
内容は〔グリマ・アーロン〕の結婚式の招待。
どうやらアリシアに振られた後、別のお相手との縁談がまとまったようだ。
「……自分を振った相手を招待って度胸あるなぁ」
「正直、私行きにくくないですか?」
カイセとアリシアの反応に、エルマは苦笑いをする。
少なからずエルマも似たような事を思っていたのだろう。
「えっと……もちろん参加するしないは自由ですので――」
「俺は参加するかな」
一番に返事を決めたのは、意外な事にカイセであった。
「珍しいと…というよりも意外ですね」
「いやまぁ別の用事があるみたいだしな」
アリシアあの手紙は純粋な結婚式への招待。
基本的には二通とも同じ内容である。
だがカイセの方には、アリシア側には無い別の文言が追加されていた。
大した繋がりの無いカイセをわざわざ招待するのには、そういう用件もあったからなのだろうとカイセは思った。
ならばひとまず、話だけでも聞いてみる。
「カイセ様はお越しくださると」
エルマが何やら目を輝かせている気がするが、そこには触れずに行こう。
「私はどうしましょうか……」
「この予定だと……美味い飯が食えるな」
「行きます」
即答するアリシア。
当日の流れには立食パーティー形式の披露宴のようなものも組み込まれていた。
そこでは食べ物も振る舞われる。
しかも貴族が用意する、客人への食事だ。
期待するのは分かるが……何というか、直球過ぎる。
本当に食欲に正直な子になってしまったようだ。
これはいわゆる聖職者時代の節制の反動なのだろうか。
「ははは……」
またしても苦笑いになるエルマ。
新しいご友人はこういう子なので、上手く慣れて欲しいものだ。
――そしてすぐにその日はやって来た。
「こんにちはカイセ様、アリシアさん」
結婚式の当日。
同じく招待されているジャンヌの馬車に便乗する事になっていた。
一応マナー面を調べはしてきたが、細かな勝手に慣れていないカイセには在り難い同行だ。
「あの……お久しぶりです聖女様!」
「ふふ…お久しぶりね。さぁお二人とも乗ってください」
相手が聖女ゆえか、さっきから緊張しっぱなしのアリシア。
元聖職者どころか一般人としても、普通はこういう反応になるのだろう。
カイセには実感は湧かないが。
「こちらの方は?」
「彼女は今回の私の付き人です」
「聖女様、それでは私は前に移りますので」
そう言って全員を乗せた馬車の扉を閉め、自分は前の、御者の隣の席へと移動した。
当然カイセは初めて会う人であるが、流石に外に出るとなればお付きの人が付いてくるようだ。
やはり洋服選びの時のようなお忍びは例外というかお転婆のようだ。
(……今の視線は何だろうか?)
ほんの一瞬ではあるが、カイセに向けられた視線には何かが込められていた気がした。
「付き人なんだよな?」
「そうですよ。どうかされましたか?」
「なら問題はないか……いや、ちょっとな」
「……何でカイセさんは聖女様にタメ口なんですか?」
「ん?いや、何となくだな。初対面の時のがそのまま……やっぱ整えたほうがいいか?」
「構いませんよ。私は気にしてませんので」
思えば、相手は年上で身分も上。
本来ならばもっと礼儀を弁えるべきなのだろうが、何となく初対面のままこうなってしまった。
本人も指摘してこないので気にしないでいた。
「お気になさらずにアリシアさん。むしろアリシアさんも少し崩して頂いてもいいのですよ?」
「いえいえいえ。そんなそんな!」
恐縮しまくるアリシアの姿は、割と珍しいかも知れない。
写真があったなら撮っておきたいぐらいには新鮮で面白い。
「……なんですか?」
「何でもないです」
「お二人は随分と仲が良いようですね」
「その含みのある言い方は止めてくれ」
その後も特に意味のある会話は交わされず、適当な雑談をしていると、気が付けば会場へと馬車は辿り着いていた。
「到着しました。どうぞ聖女様」
「ありがとう」
聖女の付き人が聖女の手を取りゆっくりと馬車から降りる手伝いをする。
「アリシア様もどうぞ」
「ありがとうございます」
次いでアリシアの手も取り、ゆっくりと降ろしてゆく。
そして最後はカイセの番。
――バタン。
何故か馬車の扉が閉められた。
(あーうん、そういうタイプの子だったか)
今の視線も先程の視線も、今やっと意味が分かった。
あれは歓迎していない、望まぬ者に対する眼。
何というべきか「なんでこんなのがここに居るの?」という視線に思えた。
理由がどこにあるかは定かではないが、ひとまずあの付き人にはカイセの存在は歓迎されていない事は分かった。
カイセは閉まった扉を自分で開けて馬車を降りて行く。
「何してるんですか?」
「いや、何でもない」
客人に対しての態度としては褒められたものでは無いだろうが、特段実害があったわけではないので、気にせず放置する事にする。
やはり地雷は触れないに限る。
「それでは行きましょう」
「はい聖女様」
やはり付き人という立場ゆえ、この子も付いてくるようだ。
……位置取りがカイセの存在をけん制しているように見えるのは気のせいではないと思う。
こちらとしても率先して反感を買うつもりもないので、間にはアリシアを挟んでおこう。
「――聖女様だ」
「聖女様!」
そんな中、聖女の姿を見つけた他の招待された方々がこぞって聖女に群がりだした。
付き人はカイセの存在に構う余裕など無く、その人々への対応に追われている。
と言えやはり付き人。
その手際は手慣れたものに見えた。
「聖女ってやっぱり人気あるんだなぁ」
「今更ですね」
その様子を、カイセとアリシアは少し離れて遠目から傍観していた。
あの集団に巻き込まれたくはないのは共通の意識のようだ。
「アリシアもアレになってたかも知れないんだな」
「アレって言い方は気になりますけど……まぁ確かにそうですね。あの中心が将来的に私になってたかもしれません」
「ならなくて良かったとか思ってない?」
「……少しだけ」
聖女は憧れではあれど、あの人波を日常的に相手にするのは苦労も多いだろう。
成れたら成れたで喜ぶべき事なのだろうが、成れなかったら成れなかったでまた別の安心が出るのも仕方は無いだろう。
「まぁ俺らは邪魔にならないように先に行くか」
「そうですね」
そうしてカイセとアリシアは聖女組を放置して先に進んだ。
結局そのまま二人とは別行動のまま、式が始まる時間となった。