餅は餅屋?
「……これって貴族だとよくある手法なの?」
「詳しい事は知りませんが……少なくとも話として聞いたことはないですね。実際にはあるのかも知れませんが、この手の手紙を貰っていたとしても人に話せないでしょう」
「まぁ押し黙るか」
ようやく本題に入れたカイセ。
その手にはアリシアから渡された〔二通の手紙〕があった。
「どっちも〔差出人不明〕……の割りに蝋封でハッキリ〔家紋〕が残ってるの詰めが甘いのか脅しの一環か」
「後者だと思いますよ」
内容としては正反対であるが、記載された手紙の内容はどちらも似たようなものだ。
一通目は『お見合いを断れ』という脅し。
二通目は『求婚を受け入れろ』という脅し。
家紋が本物であれば、どちらも反すれば差出人の貴族を敵に回す。
なるほど、貴族めんどくさい。
「これって目的は?」
「一つ目は【グリマ様】との婚姻を狙っている方々による嫌がらせか、もしくはこのお見合いやその先の婚姻で不利益を被る方々……二つ目はむしろグリマ様の御身内の方々か、婚姻で利益を得られる方々……どちらにしろご自身の利益の為の行動でしょうね」
【グリマ・アーロン】というのがお相手の貴族様らしい。
普通の貴族家の次男として、特に目立つような人間では無いようなのだが、兄である長男…つまりは次期当主様が〔ダンジョン制覇〕という稀有な偉業を達成した事で注目度がうなぎ登り。
それに伴い実家であるアーロン家も、そしてその次男グリマにも白羽の矢が立ち始めた。
当人である長男には既に婚約者がいる事も理由の一つだろう。
本人がダメなら弟を。
「……貴族様も大変だなぁ。けど何でそんな注目株がアリシアにお見合いを?」
「それはご本人に確認しなければ分かりません。ですがハッキリしているのは、私がどちらか…是か非の意志表示をしてしまうと、この脅しに反したほうの方々から敵対視されてしまうという事です」
「だからお見合いそのものを返事保留で先延ばしにしていた?」
「はい。なーなーにしてればいずれは勝手に諦めてくださるかと。グリマ様本人が撤回する分にはどちらの手紙の方も何も出来ないとは思うので」
その結果が現状。
返事を聞くまであきらめずに粘られてると。
「あくまで来ている話はお見合いの話なんだよな?婚姻・婚約のお誘いじゃなくて」
「……他者が仲介するのならお見合いもそのままの意味で取れるのですが、今回のお話はアーロン家から…しかもグリマ様ご本人から直接のお手紙でお誘いがあった事なので、求婚前提でのお見合い話として取る方も多いかと」
『私とお見合いをしてください』。
なるほど、確かに告白にも取れるな。
そもそも好きでもない相手を自らお見合いに誘う事もそうそうないだろう。
何か事情がある可能性もあるが。
「つまりその貴族様はアリシアに少なからず好意があると……そもそも何処で知り合ったの?」
「分かりません。私自身は記憶にないので……」
薄情にも思うが、そもそも貴族と平民が親しくなる機会などそこまで多く無い。
アリシアの場合は教会にも身を置いていた時期がある訳だが……
「もしかして教会の?」
「式典や行事で顔を合わせた貴族の方はそれなりに居るので、その内の何処かでお会いした可能性は高いですね」
どちらにせよハッキリとは覚えてはいない。
会っていてもその程度の接点しかなかったはずと。
「ちなみに脅し関係なしでのアリシアの気持ちは?」
「お見合いぐらいは受けても良いとは思いますけど、お話としてはお断りが前提になるかなと思います。現状色恋沙汰に興味が無いので」
アリシアは現在十六歳。
この世界での結婚適齢期が十五~二十代前半なので、正に今の時期こそなのだが。
そこは個人の気持ちの問題なので色々言う訳にも行かないが。
「とりあえず、何事も無くお断りしたいのに、この手紙の差出人が実際にどういう行動を取るか分からないから動けずにいると」
「はいそうです」
「この二通の家紋に見覚えは?」
「知りません。貴族と言ってもピンからキリまで存在しますし、全ての紋を覚えてられませんから」
当然と言えば当然の反応か。
本当に有名な貴族や、自身の生活に関わりのある相手でも無い限りは知らないのが普通。
ちなみにカイセは、王家の紋と教会の紋ぐらいしか知らない。
「……この手紙、預かっても良い?」
「良いですけど……殴り込みに行ったりしませんよね?」
「しないから。もっと簡単な解決法を試してくるだけ。魔力は……往復ぐらいは問題ないか。それじゃちょっと行ってくる」
そしてカイセは再び出掛ける。
「――えっと、一通目はこの家のご令嬢がアーロン家次男を狙っているのでライバル潰しですかね。二通目はアーロン家と仲の良い家の家紋で、次男同士が〔学院〕で同期だったと思うので、友人の恋路の後押しのような感覚なのではないでしょうか」
やって来たのは教会の聖女ジャンヌのもと。
最近は〔困ったら聖女〕がパターン化している気がする。
手っ取り早く、そして確実なので仕方ない事なのだが。
今回も手紙の家紋から、即座に差出人を特定してしまった。
そして動機までも推測する。
「実際の事実確認をしてからになりますが、前者にはお灸を据えて、後者の短絡的なご友人様には厳重注意といったところでしょうかね。勿論アリシアさんに手出しはさせません。対応としてはそんな所でどうでしょうか?」
「……お任せします」
アリシアのここ最近の悩みの種は、カイセを経て聖女ジャンヌによってあっという間に解決の道へと進んだようだ。
結局、当人にとって深刻な悩みでも、他者にとっては他愛もない事である事も多い。
「ちなみに今回は貸し借りのお話も無しです。アリシアに〔聖女の加護〕を与えた者としての当然の役目ですから」
「……分かった、後は頼んだ。ならそれとは別に……これ、王都のお土産」
「あら?ありがとうございます」
カイセはジャンヌへのお土産として買ってあった品を取り出す。
ジャンヌへは〔木彫り女神像〕と、お礼も兼ねてこちらにも〔行ってきました系お土産菓子〕を追加した。
受け取ったお菓子はそのままテーブルの上に置いたが、女神像はそのまま持ってクローゼットへと進む。
そして開けられたその中には、大小様々な〔女神像〕が大量に仕舞われていた。
「……コレクター?」
「聖女への献上品やお土産として時々頂いていたのですが、気がついたら数が溜まっていき……その内にこのような状態になりました」
カイセが渡した女神像も、その中の一つとして納められた。
何というか……ここまで数が揃うと若干気持ちが悪い。
「これで九十九。あと一体で百ですね」
「全部把握してるのか?」
「はい。そこの小さいのが最初の一体目で友人に頂いたもので、そこのは――」
「あ、いや、解説は要らない」
笑いながら語るジャンヌ。
この中の不気味な光景を見て適当にお土産を選んだことを後悔したが、本人は割と楽しんでいるようなので満更でも無かったのかもしれない。
数が増えるうちに洗脳された可能性もあるが。
「失礼しました。さて本題に戻りまして、邪魔者はこちらで対処しますので、アリシアは自分で望む選択をすれば良いと思います」
その後、自宅へと帰ったカイセはアリシアにここでの出来事を報告。
「わざわざ聖女様を頼ったのですか!?」とちょっと怒られた気もするが、面倒事を手放す事が出来たのは素直に喜んだ。
――翌日。
アリシアは遣いに「お見合いを受ける」と返事をした。
直接本人に会って、きちんと話を聞いた上でお断りをするそうだ。
「それではカイセさん。付き人としてよろしくお願いします」
その中で何故かカイセがアリシアの付き人としてついて行く事が決まっていた。
完全な事後報告である。
「流石にあの兄を連れて行く訳には行きませんから」
アロンドを連れて行くのは自殺行為にも等しい。
アリシア絡みの何処が切っ掛けになって、貴族相手にやらかすか分からない。
そんな妹の認識であった。
「……分かった。乗りかかった舟だ」
そして後日。
貴族と元聖女候補のお見合いが行われることになった。