反対派とギルティ
「さて、わざわざこっちから話を掛けたのは他でもない…協力して欲しい事があったからなんだ」
てっきり先程の質問が本題だとカイセは思っていたが、アリシアの兄であるアロンドには他にきちんとした本題があったようだ。
面倒事の予感はするが、まずは話を聞く事にしよう。
「なんでしょうか?」
「実はな……今回のお見合い話を潰したいと考えてるんだが、如何せん俺に出来ることなどごく少数でたかが知れている。だから協力者になって欲しいんだ」
お見合い反対派であるアロンドからの要請。
アリシアが困っているのならば何かしらの協力をしてもいいとは思うのだが……。
「……その前にまずは確認を、アリシア本人やご両親はこの件でどういう意見を?」
「アリシアはハッキリと宣言はしないが、前向きに考えているのであれば渋る必要など無いわけだから少なくとも乗り気ではないだろう。俺らの両親は本人次第と言ったところだか……その本人がハッキリと名言しない事にはどうしようもない」
「……それまずはアリシアの意志を確認したほうが良いんじゃないのか?」
当の家族ですらアリシアの意志をハッキリとは確認できていない状況では、カイセとしても賛成・反対・協力、いずれの意志も示すことが出来ない。
「確認しようにもはぐらかされてしまうんだよ――それならば俺は俺の意志で、お見合い反対派として行動しようと思ったのだが……なにぶん学も無ければ権力もないただの農家の跡取り息子だ。相手が貴族となればやれることなど無いに等しい……普通の家なら直接乗り込んでやったのに!貴族が相手じゃ家族諸共で処罰されちまう。これだから貴族は……」
普通の家でもいきなり乗り込めばアウトです。
確かに処罰の範囲に差は出そうではあるが、そういう問題でも無い。
「とりあえずこっちとしてはアリシアの意見を聞かない事にはどうしようも無いとしか言いようがないですかね」
「……確認するが、お前は誰の味方だ?」
誰の味方と問われれば、考えるまでも無い。
「見ず知らずの貴族と見知ったアリシア、あと当事者のアリシアと関係者のお兄さん。それぞれどちらかと問われればアリシアの側に付くのは普通じゃないですかね?」
「つまりはアリシアがこの話に前向きならば成立させる方向で手伝いを、後ろ向きなら話を潰す方向での手伝いをすると言う事か?」
「いやまぁ本人が手伝いを望んでくるのならばですけどね?」
アロンドは本人の意志に関係なく反対の立場をとるだろう。
だがカイセはあくまでもアリシアの意志を尊重するつもりだ。
色恋沙汰で周りが必要以上に騒ぐわけにも行かない。
変に拗れた時に一番困るのは当人たちなのだから、何かするにしても流石に確認はしてからだ。
「アリシアの味方……ならまぁ今は良い。だが本人がその意志を示していないのでは何もできないんじゃないか?」
「そうですね。だから少し話はしてみようかなとは思ってます。無理強いはするつもりないんで、話したくないと言われればそれまでですけど」
既に現実逃避について聞いた際に流されてはいるので話してくれるかどうかは怪しい所ではあるが。
「そうか……ならばもしもアリシアの意志を確認出来た時は、俺にもその情報を伝えて欲しい」
「それも本人次第ですけど、口止めされなかったらその時は」
「頼んだ……ところでアリシアは今何をしている?そちらに居るのだろう?」
「人ん家のソファで寝てますよ」
その瞬間、この場の空気が変わった。
アロンドから黒そうなオーラが漏れ出した。
もちろんあくまでもイメージのお話だ。
アロンドにそんな邪気を放つ力もスキルもない。
「――アリシアの寝顔を見たのか?」
「……それじゃあ帰ります。お疲れさまでした」
かなり面倒な話になりそうだったので、カイセは《転移》で自宅へと帰った。
もとい逃げ出した。
帰ったら勝手に寝てたのだから回避しようのない事態だったはずなのだが、恐らくあの兄にはそんな理屈は通用しないだろう。
三十六計逃げるに如かず。
こういう時は逃げるが勝ちである。
――だが面倒な相手から逃げるように自宅へと帰ってきたカイセは、より面倒な状況に遭遇する事になった。
カイセは策士では無いので策に溺れた訳ではないが……単純にお互いに警戒が足らなかっただけの話だ。
「……カイセさん?」
「……話は後で聞くから、土下座なら後でするから、とりあえず終わったら呼んでくれ」
帰宅早々にそう言い残し、カイセはリビングから移動し自室へと籠った。
ひとまず叫び声が聞こえてこない辺り、少なくとも感情的になる事は無かったようだ。
――コンコン
少しして、カイセの部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「もういいですよ」
その合図と共にカイセは部屋を出て、アシリアの前に立つ。
そしてそのまま床に正座し、綺麗な流れで土下座を披露した。
「本当に申し訳ありませんでした」
「……いえ、私も不用心…不注意でしたから。ですから頭を上げ……あ、いえ、申し訳ないですが、やっぱりもう少しそのまま土下座は続けて貰っていいですか?心の準備がまだ整ってなかったみたいなので」
「畏まりました」
カイセが自宅へと戻ると、そこには目を覚ましたアリシアの姿があった。
それ自体は特段可笑しなことは無いのだが、問題はそのアリシアが上半身裸であった事にある。
「ちなみに……見ましたよね?」
「……申し訳ありませんでした」
遮るものは何も無かった。
あれで見ていないという言い訳が通用する訳がない。
アリシアのそれはバッチリ見てしまいました。
「あの……ところで何故あんな姿を?」
「その、目を覚ましたら服がジャバちゃんの涎で……流石に着続ける訳にも行かなかったので、そこに置いてあったシャツをお借りして着替えようと……あ、すいません、勝手に服をお借りしました」
「いえいえどうぞどうぞ」
要するに原因はジャバの涎とカイセのしまい忘れていた服にあるようだ。
この家の収納家具は飾りで、荷物はほぼ全て〔アイテムボックス〕の中にある。
洗濯した服も同様なのだが……しまい損ね、取りこぼしがあったようだ。
着替えが無ければ涎が付いていようが着替える術は無かった上に、最もアリシアを傷つけたのはカイセ自身であるため、どう考えても有罪であった。
「留守と言う事で完全に油断してました……」
「予想よりも早く用事が片付いたものでして……あ、こんな時に何ですがお土産あるのでどうぞお納めください」
カイセは土下座の状態のまま両腕を挙げて、その手の上にいくつかの箱を〔アイテムボックス〕から取り出した。
アリシア用に買ってあったいくつかのデザートに、自分用に買った〔行ってきました系お土産菓子〕も追加で添えた。
「ありがとうございます……あの、もう顔上げて良いですよ」
アリシアに促され、カイセはゆっくりと顔を上げ、更にゆっくりと立ち上がった。
「先程は大変失礼しました」
「いえ、こちらこそお見苦しいものをお見せしてしまいました」
「そんな事は全然――あ、いえ、なんでもないです」
余計な事を口走りそうになったので自重するカイセ。
改めてアリシアの顔を見たが、その顔をまだ若干赤みを帯びていた。
その表情はとても可愛かったのだが、当然これも言葉としては出さない。
「……あの、このデザート、早速頂いても良いですか?」
「どうぞどうぞ」
――結局、アロンドに対して特大の秘密を抱えてしまったカイセが本題に入れたのは、そのデザートタイムが終了した後だった。
とりあえず今回の一件をアロンドに知られる訳にはいかない。
そして今回の教訓。
服は出しっぱなしにしない。
《転移》先にはホントに気を付けろ。
……前者はともかく、後者は難しいんだけどなぁ。