お見合い話
「〔お見合い〕ねぇ……あんたの主人とアリシアの?」
「――はい。こちらがその書状になります」
人の《転移陣》に干渉して来たマッチョの〔転移魔法使い〕の【フロスト】。
その見た目から、カイセ自身も荒事不可避かと思っていたのだが、蓋を開けてみれば非常に穏便かつ丁寧に説明をしてくれた。
「それで何で人様の《転移陣》に雑な干渉をする事になったのさ?」
「――申し訳ありませんでした。ですが同じ転移魔法使いならばご存知かと思いますが、空間魔法を用いた誘拐拉致は度々事件として問題になっています。その中で《転移陣》のような希少なものが何の変哲の無い普通の村に設置され、アリシア様の痕跡がその陣で途切れているとなりますと、警戒して当然と言いますか……」
「この《陣》自体は結構前から設置してあったんだけどな」
「――申し訳ありません。私が遣わされたのは今回が初めてでして」
今までは普通の遣いが来ていたため気付かなかったが、今回転移魔法使いのフロストが来て初めて《転移陣》に気付き、そしてそこに繋がるアリシアの痕跡。
実は今まで返事が貰えなかったのは誘拐などの何かしらの問題に巻き込まれていたのではという疑いが沸き、こうして干渉に至ったと。
「……そういう事なら…まぁ良い。実害も特には出ていないわけだし」
「――ありがとうございます。それで、アリシア様は?」
「動物抱えて昼寝中」
ジャバを動物と表現していいのかは知らないが。
「――それは何とも素晴……ボソ(何言ってるんですか?)――失礼しました」
カイセは何も無い空間をジト目で見つめる。
向こうの面子もあるので、あえて触れずにおく。
「……はぁ。起こして来ましょうか?」
「――いえ、そのまま寝かせてあげてください。明日また出直したいと思います」
「一応確認したいんですけど、あくまでも〔お見合い〕のお誘いに対して「受ける」か「受けない」かの返事を聞きたいだけなんですよね?婚姻じゃなくあくまで〔お見合い〕の」
「はい、その通りです」
彼らの目的はあくまでもそれだけ。
嫌ならハッキリと断れば彼らも退いてくれるだろうに、アリシアは返事をする事自体を避けている。
ゆえに、返事が貰えるまで何度でもやってくる。
「更に確認したいのですが、そのお見合いってのは健全なものなんですよね?貴族の権力で、参加したら絶対に断れないみたいな事はないんですよね?」
「――はい勿論です。確かに貴族にはいくつかの〔特権〕が存在しますが、そのような貴族としての品位を損ねるような使い方は当然許されません」
とは言え許されないからと言ってやらない保証にはならない。
ゆえに警戒すること自体は間違いでは無いとは思うのだが……。
「――今日もお返事は頂けないようなので、この辺りで引き上げたいと思います」
「あ、はい。アリシアには貴方達が来ていた事は伝えてはおきます」
「――よろしくお願いします。それでは失礼します」
そしてフロスト達は《転移》を使い村を後にした。
(二人分、距離や魔力量を考えると行き先は単純に町かな)
カイセには当然、フロストのステータスも視えていた。
個体名:フロスト
種族:人族
年齢:26
職業:転移魔法使い
称号:"剛腕のテレポーター"
生命 180
魔力 200-90=110
身体 208
魔法 120
魔法(空間) Lv.4
特殊項目:
鷹の目 Lv.3
身体強化 Lv.4
精神異常耐性 Lv.4
本来《転移》さえ扱えれば魔法使いとしては引く手数多の高給取り確定だ。
にも関わらずにきちんと肉体も鍛え上げたのは、恐らくは〔要人警護〕の都合だろう。
転移魔法使いを緊急避難係として身分の高い者の側に置こうと考えるのは、普通と言えば普通の思考だ。
前提として需要を満たせるほどの数が存在していないのだが。
もしその避難係を、体を鍛え上げ護衛としても扱う事が出来れば一石二鳥で都合が良い。
自身の取り巻きとして周囲に置くとしても、その人数はどうしても限られてしまう。
兼ね役はなお大歓迎であろう。
それを形にしているフロストが、こんな使い走りな仕事を任されたのは〔護衛対象〕が側に居たからだろう。
(インビジブルスネークの時にも思ったが、消えられると本当に厄介だな)
気配を感じず、見えないものには《鑑定》も出来ず、フロストの反応や視線がなければ気付けなかった存在。
フロストとカイセのやり取りに、三人目が混じっていた。
(まぁ多分、その貴族様本人なんだろうなぁ。消えてる手段は分からないが、護衛転移魔法使いがわざわざ出向くのはそっちが本命だろう)
痺れを切らして本人自らお忍びで出向いてきたのだろう。
その護衛と伝言役として、フロストが出てくる必要があったと。
でなければいつも通りの遣いを寄越していただろう。
(……まぁ、全部判断はアリシア次第だ。とりあえず帰ってから……おっと忘れてた)
自身の帰宅前に《転移時》に触れるカイセ。
そしてそのまま《転移陣》は消滅した。
(早々他者に利用されるような作りにはしてないが、場所はバレたし少なからず干渉もされた以上は残してはおけないからな。落ち着いたら別の場所に設置し直そう)
カイセはそうして後片付けを終え、今度こそ帰ろうとする。
するとそこに一人の男が声を掛けてきた。
「おい、ちょっと待て」
その男の名は【アロンド】。
アリシアの兄である。
取引の挨拶で一度軽く言葉を交わしただけではあるが、残念な意味で印象に残っている相手だ。
「話がある。ちょっと来てくれ」
カイセはアロンドに連れられ、アリシアの家の物置の中へと足を踏み入れた。
内緒話をする気満々の誘導だ。
「あのおっさんと何を話してた?」
「〔お見合い〕の事を。あ、余所の人に《転移陣》の場所がばれてしまったので、一度撤去しました。落ち着いたらまた張り直すのでそれまで取引のほうは指輪の――」
「そんな事はどうでも良い。お見合いについては何を話した?」
威圧的に話すアロンド。
理由は明確、話の内容がアリシアに直接関わる事であるからだ。
「特別な事は何も。「返事が貰えずに困っている」というお話を聞いていただけです」
「本当だろうな?相手は貴族の遣いだ。取り入るために「説得してみます」などと言う話はしていないだろうな?余計な情報を渡していないだろうな?」
「してないですよ。貴族に取り入る気なんて更々無いですし」
貴族どころか女神・聖女・王様と接点を持ってしまっているのだ。
権力者の力が必要ならそっちを頼りにする。
「なら良いが……全く、貴族とは厄介な奴らだ。アリシアに見合いなど十年早いのに」
アリシアは現在十六。
この世界での結婚適齢期は十六~二十代前半。
十四・十五で結婚する者も居る。
むしろその手の話をするにはちょうど良い年頃だ。
「アリシアに相応しい相手は俺が見つける。適当な貴族なんぞにやるものか……お前も!アリシアが懐いているからと言って手出しするんじゃないぞ!取引相手とはいえ容赦はしないぞ?」
「いや、出さないですから」
カイセはアロンドとの初対面の記憶を思い出していた。
周りに聞こえない様に、こっそりと「妹に手を出したら殺す」と宣言されたのはとても印象的だ。
そして速攻で把握した。
アロンドは〔シスコン〕であると。




