謁見と勧誘
カイセが足を踏み入れた部屋には、二人の男の姿があった。
片方は椅子に座り、王冠を戴く金髪のイケメン中年。
その側に立つのは、銀髪で眼の下にハッキリとクマをこしらえた不健康そうな男。
即座に《鑑定》しようとするが、何も情報は開示されない。
「申し訳ないが《鑑定》は通用しない。この〔王冠〕には特別な力があり、我や、隣に立つ我の部下である大臣にも、その手の魔法も道具もスキルも効かないのだ」
そう語るのは、その王冠を戴く男。
予め肖像画で確認した顔と同じ…彼がこの国の王様だ。
確かに王様の個人情報が筒抜けでは色々とマズイ。
そのような対策のマジックアイテムが存在していてもおかしくはないだろう。
王冠の効果か、身に着けている物にも鑑定が効いていないようだ。
「我がこの国の王、【ジルフリード・サーマル】である。其方の名は?」
「カイセと申します。お初にお目に掛かります」
「うむ、遠路遥々とご苦労であった……早速だがこれを」
「どうぞ」
王の命で大臣直々に手渡して来たのは、鉛筆と数枚の紙が固定された薄い板。
紙にいくつもの項目があり……ってこれは――。
「答えられる範囲で構わない。そちらの用紙に記入していって欲しい」
いわゆるアンケート用紙というべきか、内容的には履歴書を書くようなものだろうか?
個人情報から細かい質問事項まで、数枚分の紙全てにそれらの質問用件が書かれていた。
「……もっとこう、口頭での一問一答になるのかと思ってました」
「公式の場ならばそうだな。だが其方の場合は質問事項が多い上に内容も内容だ。最初にまとめて答えて貰い、そこから気になる点を質問していく方が効率は良いと思わないか?」
「まぁこっちはそのほうが楽ですが、王様としてはそう言う形式的な事柄って大事なんじゃないですか?」
「それも公式の場でならばな。ここは非公式の場、観客の居ないこのような場でまで大仰な対応をしていたら、時間も体力もいくらあっても足りんわ。せっかくだからこのマントも外しても良いか?見栄えばかり重視して暑いのだ」
「……王様のお好きにどうぞ」
威厳たっぷりだったのは最初だけ。
今は恰好付けるつもりは一切ないようだ。
「おっと済まない。そこの椅子を使うと良い。立ちっぱなしのままで書くのも疲れるであろう」
カイセの背後に、先程まではなかった椅子が置かれていた。
カイセはそのまま椅子に腰かける。
(警戒はしていたはずなんだけど…全く気付かなかったな。魔法、王冠、もしくはこの部屋そのものに……何にせよ敵対する気さえなければ問題はなさそうだが)
今のがちょっとした脅しだったのか、特に意図の無い行為だったのかは分らないが、揉め事にさえ発展しなければ何も問題にはならないだろう。
そのまま静かに文字を書き始めるカイセ。
「……この紙、あの手紙と一緒に送ってくださるのが速かったのではないですか?」
ちょっとした疑問。
前もって送って来ていれば、今この場で書きだす時間を必要とせずに、すぐにお話に入れた。
だがその言葉に、王様の表情が少し曇る。
「確かに、その方が手間は省けていただろうが、それだと私の……」
王様は何かを言いたそうであるが、ハッキリとは言わない。
代わりに大臣が代弁する。
「あの手紙は王様のお小遣いで《転送》された、個人的なお手紙なのです。公務であれば経費として落とすことが出来ますが、それでは内容も全て記録に残ってしまいます」
要するに履歴に残さないためにお仕事ではなくプライベートな扱いで、更にわざわざ部下の名義で手紙を送って来た。
プライベートな手紙の為、当然ながら費用は実費。
支払いは王様。
そして《転送》は、量や重さによっても代金が変化する。
「……最近ちょっとやらかしてな。財布がだいぶ軽くなり、出来るだけ――」
「あ、もう大丈夫です。言わなくて大丈夫です」
この王様はお小遣い制を採用しているようで、要するに出費を抑えたかったというシンプルな理由だった。
「ちなみに誤解が無きように訂正しておきますが、今までお小遣い制だった国王は一人もおりません。この国王が在ればあるだけ女性なりコレクションなりに散財してしまうため、王妃様の命により絞らせて頂いているだけです。国王としては前代未聞です」
大臣から注略が入った。
どうやらこの王様が特例だっただけのようだ。
「……その発言、不敬罪混じってるからね?我の事を馬鹿って言うのは妻と君ぐらいだからね?処するよ?」
「別に処罰して頂いても構いませんけど、その結果浮いた仕事の半数は国王様の担当になると思いますので、後はよろしくお願いします」
「お仕事を盾にするのやめない?その盾は鉄壁過ぎて貫けないんだよ。君に対して何も罰を与えられないんだよ……そうだ、むしろ罰として仕事を押し付ければいいんだな!」
「私が過労死して、その分浮いた仕事が回ってくるだけなので結果は同じじゃないですか?」
「解せぬ」
何やらお偉いさん方は漫才をしているようにも思えたが、カイセは気にしない様にしながら黙々と書き続ける、
「――そうだ。カイセ殿、貴殿はどれぐらい事務技能を習得しておられるか?」
「勧誘ならお断りの方向でお願いします」
書きながらもハッキリと断る。
日本で自然に身に着いた事務処理能力があれば、この世界でも一般人よりは良く働けるとは思う。
だからこそ、それを武器として居場所を作る手はアリだろうが……少なくとも聞く限りはブラック企業な就職先は御免だ。
「給金弾むよ?腕前によっては下位だが爵位を用意しても良い」
「何なら私の方から個人的に支度金や特別給金を用意してもいいですよ。使い道のない物件を超格安で提供する事も出来ます」
仲が良くなさそうだった王様とその大臣の両方から勧誘アピールが飛んでくる。
肝心の事務能力を確認せずにそんな話をして良いのだろうか?
「……雇われに来た訳ではないのでお断りします。それよりも書き終わりましたよ」
カイセは記入を終えた紙束を大臣に手渡す。
「……文字が綺麗ですね。これで書く速度もこう速いとなれば……本気で勧誘しても良いでしょうか?」
大臣の瞳に光が灯った気がした。
求める人材に対する要求技能が低い気がするのだが。
「あの、本題に入って貰っても良いですか?」
「……残念だが仕方ない。内容を確認するので数分程待ってくれ」
そしてようやく本題に入る事が出来た。




