入城
「おはようございますカイセさん」
王都の宿で一泊し、翌日朝に無事起床。
そして朝食を食べようと食堂へと降りて行ったところ、何故かそこには隠密リーダーが待ち構えていた。
「……何でいるの」
当然連絡はしていないし、この場所も教えていない。
兵士のロンとリーチはカイセの素性を知らないゆえ、王城や隠密リーダーに連絡をするという判断には行き着かないはずだ。
「王都内の全ての宿の宿泊者名簿の写しは、毎日王城へも提出されます。なので〔カイセ〕という珍しいお名前があればすぐに目につきます」
毎日夜に提出用の書類を兵士が回収して回っているらしい。
確かに観光客の活動拠点を把握していれば、有事の際には対応が取り易いだろう。
結果朝一で隠密リーダーにカイセの情報が伝わり、わざわざこうして迎えに来たという事だったようだ。
「という訳で、案内役を仰せつかった私【クレシー】がカイセさんを……失礼、カイセ殿を王城までご案内いたします」
「別に畏まる必要ないけどな」
隠密リーダー改め【クレシー】。
彼がこのまま案内してくれるそうだ。
「けど……何でわざわざ隠密が?」
隠密が裏仕事。
影の立役者や縁の下の力持ちポジションの役職だ。
本来は表立っての仕事が割り当てられる事は無いはずなのだが。
「見た目でカイセさんを本人と認識できる者が三従士と我々隠密しかおらず、今動けるのは我々だけだったからです」
我々……なるほど。
探ってみれば確かに隠密要員らしき気配を感じる。
護衛と監視のお仕事だろうか。
「部下の人達は潜んでるから良いとして、それが理由で裏方を表に出したのか?」
「……実は、近いうちに隠密としての役割を解任される事になっています。ご指摘の通り表に出てはいけない役職でしたが、勇者様と三従士に完全に顔を覚えられてしまいましたから。今後は勇者様お抱えの特務部隊に全員異動になる手筈です。不測の事態ではありましたが一緒に行動を共にした実績もあるので手っ取り早いお目付け役とされたのでしょう」
そういう話を聞くと、そのきっかけに関わったカイセも少し申し訳ない気持ちになる。
「……それは降格?栄転?」
「若干栄転ですね。お給料はほんのちょっと減りますが、その分縛りがかなり減って自由が増えます。こうして大手を振って堂々と歩けます。これまでの事で機密保持の誓約は当然必要になりますが、これからの事は妻にきちんと説明が出来る役職になります。浮気を疑われずに済みます!」
何やら隠密として苦労があったのだろう。
他の人は知らないが、少なくとも隠密リーダーであるクレシーに関しては喜んでいるみたいなのでこっちも気にしないでおこう。
今はとりあえず本題だな。
「……それで、今日も観光したいので明日じゃダメ?」
「王様には既に伝えているので出来れば今日でお願いします。もちろんどうしてもというのであれば明日でも対応はしますが、その観光には私と部下が護衛として同行する事になります。カイセさんに護衛は必要とも思いましたが、調べたところ昨日は色々と騒動も起きていたようですので……」
昨日の出来事も把握されているらしい。
盗賊も泥棒三回もきちんと記録が残っているのなら知るのは簡単だろう。
流石にそこを指摘されると、我儘を言う気にはなれない。
「……はぁ、分かった今日行くよ。流石に朝食や準備の時間は貰えるんだよな?」
「はい勿論です。そこの待合室に控えてますので、準備が整いましたら声を掛けてください」
ゲームと違って、声を掛けずにスルーして話が進まないなどという事はないだろうが、クレシシーは律儀にずっと待つ忠犬状態になりそうなので逃げるのはやめておこう。
(……それにしても、まるで犯罪者を逃がさないみたいな包囲の仕方してるな)
宿の周囲を静かに取り囲む隠密達の気配。
数も知った人数と同じようなので、その時の、勇者の時と同じだけの人員が投入されているようだ。
(……朝食はゆっくり食うか)
普通より少し上くらいの味の食事を、味わうようにゆっくりゆっくり食べることにした。
折角なので追加注文もしよう。
そしてカイセの朝食は五十分程続いた。
(――さて、観念しますか)
自室に戻って着替えを始めるカイセ。
聖女に見繕って貰った服を纏う。
(……ついでにこれも付けておくか)
準備を終え、カイセは隠密リーダーに声を掛けた。
「お待ちしてましたカイセさ……ん?」
「合ってるから安心してくれ。ほら」
カイセは〔仮面〕を外して素顔を見せる。
「何故仮面を?」
「礼服で町中を歩くと目立つ。城の中を田舎者が歩くと目立つ。面倒なやつに顔を覚えられない様にする素顔隠しだ。王様の前ではちゃんと外すよ」
「……まぁ冒険者の中にはそういう装備をされる方も居ますから大丈夫だと思います。それはそれで目立ちますけど、人が避けるので確かに効果はあると思います」
駄目なら外すつもりだったが、案内人の許可が出たのでこのままで行こう。
怒られたとしても許可を出したクレシーの責任だ。
「準備は整いましたね?それでは向かいましょう」
そしてカイセは宿を後にし、行きたくは無いが王城へ向けて歩き出した。
周りの視線は気にしない。
「――どうぞお通りください」
立ち塞がった王城の門番が道を開けてカイセを城へと招き入れる。
見た目怪しい存在も、クレシーに促されて出した〔王印入りのカード〕で一発開放だった。
(さっきまで隠れてた隠密部隊も、きちんと門の前で列を成してるのは若干シュールだな)
流石に彼らも城に入る時は正規の手順が必要なようだ。
そもそも城に入った以上は、もうお役御免なのかもしれないが。
「……流石に豪華だな」
「お城ですからね」
王城に足を踏み入れると、素人目にも高そうな装飾品や家具があちらこちらに見受けられる。
そして広間の大きなシャンデリア。
(シャンデリアって、落ちて人が……っていうミステリーのイメージが強いから綺麗でも素直に感動出来ないんだよな)
異世界でも現実。
そんな事件が起きない事をひたすら祈っておきたい。
「王様はこの扉の先です」
城の中を歩くカイセ達。
時折使用人達とすれ違いが、カイセの仮面を見ても一切動じない。
流石のプロだった。
一人、やたらと身なりの良い子供がじっとこちらを見つめていた気がするが、そこは気にしない。
そして辿り着いたのは大きな扉の前……ではなく、普通のお部屋の前のようだった。
「公式であればきちんとした場を設けるのですが、今回は非公式の為申し訳ありませんがこちらでお会いして頂きます。参席するのも必要最低限の人員のみです」
カイセとしてもあまり大仰なもてなしは有難迷惑だったのでむしろこちらのほうが良い。
それに話を聞かれる相手は少ないほうが良い。
カイセは仮面を外して呼吸を整える。
「……準備よし」
「それでは行きましょう」
ノックと返事。
そして扉が開かれた。