甘いものは偉大なり
「――《転移》の魔力残滓を感じるな。何処かで《転移罠》を踏んだ可能性は……〔冒険者〕じゃないなら無いか。となると逃げて来たか捨てられたか……」
ジャバが拾ってきた〔アリシア〕という名の少女。
ひとまずは家に運び込み、ベッドに寝かせている。
ちなみに服の汚れは魔法で綺麗に取り去った。
決してやましい事はしていないと神に誓おう。
……あの神じゃなく余所のまともな神様に誓おう。
居るのかどうかは知らない。
「称号が〔破門巫女〕や〔覚醒前聖女〕か…教会絡みだとしたら事件の予感しかしないんだよなぁ」
ジャバには厄介なものを拾ってきたと文句を言いたいところだが、流石に「森の中で行き倒れていた少女は放置しろ」などとは言えなかった。
「ありがとうジャバ、明日のおやつは少し豪華なのを用意するわ」
「やったー!じょあ今日はもう帰るねー」
「今日はご飯は食って行かないのか?」
「今日はいいー。じゃあねー」
ジャバは毎日のように遊びに来るが、住処は別にある。
たまにこの家に泊まる事もあるが、基本は洞窟のひんやり感が寝心地良いようだ。
そしてジャバは帰って行った。
「ん…う…ん?」
ちょうど良いタイミングでの目覚めの兆候。
寝起きでジャバを見ると純粋にパニックになりそうだったので、帰った後で良かった。
「あれ…?ここって…」
「おはよう。苦しかったり痛かったりするところはないかい?」
流石に寝起きの間近に見知らぬ男が居ては警戒しそうなので、距離を取り部屋の隅から声を掛ける。
「え?え?誰ですか!?」
結局は警戒されるのだが。
状況的に警戒しないはずがない。
「あー、怪しいとは思うが、怪しい者ではありません。俺はこの家の家主のカイセ。この家の近くで倒れている君を知り合いが見つけて、ひとまずここに運んできました」
まさか「自分は怪しい者ではない」というセリフをこうして実際に口にする日が来るとは夢にも思わなかった。
「……そうですか、助けて頂いてありがとうございました」
少女は頭を下げて礼を述べる。
だが声から警戒の様子は消え切ってはいなかった。
それを相手に悟られている辺りはまだ未熟な気もするが、初対面の相手への反応としては間違っていない。
無暗に信じるわけでもなく、だからと言って反発するわけでもなく。
相手をちゃんと見極める必要がある……お互いに。
「で、とりあえず話が聞きたいんだけど――そうだな。とりあえず何か食べるか?」
ちょうど少女のお腹がなったので提案してみた。
若干ではあるが顔が赤くなった気がする。
「……食料なら荷物の中に……あれ?カバンは?」
「ここに来た時には何も荷物は無かったと思うけど」
「嘘!?」
ジャバが拾ってきたのは少女のみだ。
荷物の類は見当たらなかった。
「そんな……あの中には……」
「君を見つけた知り合いに、君を何処で見つけたかは聞いてるから頃合いを見てその辺りに落ちていないか探しに行ってみるよ」
「私も一緒に――」
その時、少女のお腹がシンプルな音色で鳴った。
「――ならまずはお腹を満たしてからだな。パンがいくつかあるから。それと飲み物を取ってくるよ」
「……ありがとうございます。ごちそうになります」
ひとまず在り物を並べてみることにした。
それから大体十分後。
アリシアからは一切の不信感が消え去っていた。
今は五つ目のプリンを満面の笑みで口に運び続けていた。
「(作って置いたプリン、全部食われたな。まぁそれで話がスムーズに進むなら安い物なんだけど)」
パンと紅茶の味も喜んではくれたが、デザートとして出したプリンは別格だった。
とりあえず出せるだけ出してみたが、遠慮する事も忘れて五つ全て持っていかれた。
「……あの、おかわりは」
「……もう無いです」
さっきまでの警戒心は何処に行ったのかと問いたい程に、欲望に忠実となっていた。
「――すいません。私、最近まで教会で巫女をやっていたのですが、修行中だとこういった甘い物ってかなり制限されてしまっていて……とても久しぶりに、しかもこれだけ上質な物が出て来たのでつい調子に乗って……はッ!?これっておいくらでしたでしょうか……?」
どうやら我に返って現実的な問題を思い出したようだ。
今のアリシアは無一文。
食い過ぎた分の代金を請求されても払えない。
むしろそれを狙って罠に嵌められた可能性だってあるわけだ。
ましてこの手のデザートは比較的高価なぜいたく品だ。
どれだけの金額になっているか……。
「あーいや、流石にこれだけ食べられたのは予想外だったけど、断らずに出し続けたのはこっちだし気にしなくていいよ。代金も請求するつもりないし」
そもそもこっちの世界での相場が分からない。
買った物ではなく作った物なので経費も何も分からない。
そもそもこれに使った卵は……
後で値段を調べてみよう。
「……ありがとうございます。そしてごちそうさまでした。それと、先程は不遜な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。どうやら《鑑定》をお持ちのようなので既にご存知でしょうが改めて、私はアリシアと申します。助けて頂きありがとうございます」
今度の礼には警戒も不審感も掛かっていなかった。
甘いものは偉大なり。
「信用して貰えたのなら良かった。それで、話せる範囲だけでいいんで、どうしてあんな場所に倒れていたか話をして貰えないかな?」
「……はい。分かりました。実は――」