巫女の行き先
「――無事に成功したみたいで良かったです!」
駆け落ちの手助けをしたカイセ。
彼は役目を終えてエルフの国の中へと無事に帰還した。
そうして何食わぬ顔で帰宅して眠りにつき…翌朝を迎えた。
すると朝一番に現れたのは、見覚えのある容姿の初対面の女性。
「はじめまして。私はサレンディーネです!」
「あ、はい知ってます」
彼女の名は【サレンディーネ】。
その見た目は昨日見送ったミコと瓜二つ。
それもそのはずで、彼女こそがミコのオリジナルというべき存在。
先の騒動で無事に目覚めた、眠り続けた巫女の女性だった。
「カイセです。初めまして」
「ふふ、ちょっと複雑ですよね?私とお話する人は大体最初はそんな顔をしますから」
「あ、すいません」
「いえいえ。それはそうでしょって感じなのでお気になさらずに!」
そんな彼女は、ミコとはまた違う明るさと若さを感じさせる。
人族的には大人の女性でも、長命エルフにはまだ若者の年齢。
ミコの始まりの人物ではあるが、長い時間を経て精神を育てたミコと違って、サレンディーネはずっと眠り続けたのだから心の成長が無いのも仕方ない。
不老とも言えるミコの小人兵の体は元になったサレンディーネと瓜二つであり続けたが、二人の心は別人レベルにまで差異が生まれている。
それは理解しているのだが…やはり視覚情報は大きく、見た目と中身のギャップからミコを知る者たちは最初は戸惑うようだ。
「と…そういえばそちらは大丈夫だったんですか?ミコの替え玉みたいなことをしたと聞きましたけど」
「はい全然問題なく。囮の身代わりと言ってもちょっとミコとして顔を出しただけなので。なんて言いますか…アリバイ作り?脱走の発見を遅らせる為の工作程度なので済ませたらさっさと邪魔にならないように帰りましたから」
そんなサレンディーネはミコの出国において工作のお手伝いをしていたと聞いた。
具体的に何をとは知らないが、どうやら見た目の瓜二つさを利用してほんの少しの間だけミコの振りをしていたようだ。
中身は違えど見た目は瓜二つ、振る舞いだけ気を付ければ成り代わるのも簡単なお仕事だっただろう。
「でもまぁ、ちょっと鑑定持ちに遭遇しかけたのはドキドキしましたけど」
ただし純粋な視覚は誤魔化せても《鑑定》は誤魔化せない。
所有者は限られるとはいえ、遭遇していたなら危なかっただろう。
「でも無事に成功したようで安心しました。それで…その…ひとつ聞いてもいいですか?」
「えっと?」
「その…ふ、二人はキスをしてましたか!?」
「え?キス??」
そうして協力者として、二人を見送る手助けをしたサレンディーネ。
そんな彼女が同じ協力者であるカイセに早速声を掛けた理由がこの質問にあった。
「追放された愛しき男性を追って、自らも故郷を出て旅に出る…まさか私から生まれた彼女が、そんな大それた浪漫を抱くなんてビックリで…どうでした!?合流した時ギュッて抱き合いました!?そのままチュってキスしましたか!?二人は幸せなキスをして旅立ちましたか!?」
彼女の興味は二人の〔駆け落ち〕にあった。
あくまでもそれは建前であったはずなのだが、聞いていないのか勘違いしてるのか深読みしてるのか、サレンディーネはそれを真に捉えて起きたかもしれないロマンスにワクワクドキドキしていた。
「駆け落ちなんて本でしか読んだことなかったのに…まさかこんな身近で起こるなんて…それでどうでしたか?ワクワク」
どうやらサレンディーネはコイバナ大好きな乙女であるようだ。
本の世界で起こる非現実的な恋愛譚。
その一端が身近で起こったと、目を輝かせている。
「まぁ…キスはしてないけど、再会早々に抱きついてはいたかな。ミコの方から」
「キャー☆」
そして語るカイセの言葉にはしゃぎ出す女の子。
期待通りではないものの、近しい状況を夢想して自分事ではないはずなのに頬を赤くする。
(…この誤解は解かなくても良いかな?誰も困らないし)
実際は駆け落ちを建前にした夢への旅立ちだったのだが、今後そうなる可能性もゼロではない事とサレンディーネ本人が楽しそうな事、そして何よりも必要な建前として誰も困らない勘違いなので放置する事にしたカイセ。
「あ…そうだ。その、まだ時間はありますか?」
「え?あぁ大丈夫だけど」
「ならもう少しお話を聞かせて貰えないですか?実は…ミコと接点のあった人達に、彼女とのお話を聞かせて貰っているんです」
そんなコイバナ妄想も程々に、サレンディーネは真面目な話を問いかける。
ミコとの接点、交流のあった人々にミコのお話を聞いて回っているらしい彼女。
「本当は私自身が継ぐはずだった巫女の御役目を"もう一人の私"に知らずとはいえ押し付けてしまいました。だから…彼女がどんなことをしていたのか、私の代わりに何をこなし背負っていたのか、それを私は知りたいんです!なので…聞かせて貰えませんか?」
元々巫女の役目はサレンディーネ自身が受け入れたお役目だった。
だがそのシステムの闇によって、生み出されたもう一人の自分とでもいうべき代役がこなし続けた。
当然彼女にとっては思うところがありまくりの出来事。
ゆえに彼女はコイバナ以外にも、ミコの人生を知りたがった。
「…うんまぁ、俺は外部の人間だし接点とか交流は僅かなモノだけど、話せる範囲ならいくらでも」
「ありがとうございます!」
そして二人は場所を移し、ミコについての会話を続けたのだった。
「――というわけで私も、巫女と同じとはいきませんが近しい役目を得て頑張ろうかなと思っています」
そんなお話もひと段落付くと、話題はサレンディーネの今後についての話になった。
本来覚悟した巫女のお役目は実質的に破綻した。
だがそれでも、またこの国の力になる何かしらの役職や役目に付くために頑張ろうと考えているようだ。
「ただ…実は私の知識ってだいぶ古くなっているようで…まずは常識の学びなおしが必要だって言われました…」
しかしそもそもずっと眠っていた彼女の知識はその昔のもの。
今の時代とは齟齬も多く、足りない知識は山ほどある。
「なのでまずは学び舎に出戻りです…子供と一緒に勉強しないといけないのちょっと恥ずかしいです…」
ゆえに卒業済みの学び舎、この国における学校や寺子屋にあたる過程に逆戻り。
自分よりも年下のエルフたちに交じって、今の知識を身に着ける。
「あ…そういえば…初対面の自分の子孫と上手くコミュニケーションを取る方法って何かありますか?今、私の実家で暮らしているんですが…その、今住んでるのは全く顔も知らなかった子孫ばかりで気まずくて…」
そこから相談もされるカイセ。
今のサレンディーネの一番のお悩みとなる同居人との交流。
彼女が眠る前に存在したご実家は、今もそのままあり続け、目覚めた彼女はその家に戻った。
しかし今そこに住んでいるのは血縁者ではあれど自分の子孫。
正確には姉の子供の子供の…と続いた後の人々。
相手にとっても彼女にとっても、ほぼ他人に等しい気まずい同居生活。
「…うん、俺にはちょっとわからない。頑張ってください」
相談されたとて役に立てないお話なので素直に応援だけ伝えた。
「――ふぅ、お時間取らせてごめんなさい。でもお話できてよかったです。ありがとうございました」
「多少なり役に立ったなら良かったよ」
そうして対話も終わりの頃合い。
実質初対面の相手ではあったが、やはりミコを思わせる部分を節々に感じる相手であった。
「あ、それで…最後に一つだけいいですか?」
「ん?何かある?」
「その…鑑定師のエルマさんなんですが…王子様の恋人さんなんですか!?」
「あ、たぶんそれ地雷になりそうだから本人には絶対聞くなよ?」
そして最後の質問も、とても残念なコイバナ思考。
しかも矛先がエルマであり、妄想相手が王子である点が、エルマに聞かれると地雷化しかねない。
――こうして巫女であったサレンディーネとの対話を終えたカイセ。
彼がこの国を正式に出る日も、間近に近づいていた。