インビジブルスネーク
「……カイセさん。アレは何ですか?」
「飾り」
神剣騒動から数日後。
魔境の森のカイセの家。
遊びに来たアリシアの視界に入ったもの。
リビングに一体、数日前には無かった〔騎士甲冑〕が設置されていた。
「せっかく手に入ったんで、置いておこうと思って」
神剣を持ち帰る事になったカイセ。
死蔵するつもりでいたのだが……いや、神剣自体は今も死蔵するつもりでいるのだが、例の〔守護騎士ゴーレム〕に関しては少しだけ男心がくすぐられていた。
そんな中、ちょうど家の中の空きスペースが目に入り、試しに置いてみることにした。
金持ちの家にインテリアとして置かれている甲冑の置物のような扱いだ。
(……まぁ動く事は無いし、仮に動いても簡単に倒せるから大丈夫か)
作成時の設定調整により、魔力の供給は完全にオフ。
甲冑としての性能も最弱の為、完全に見た目だけの飾りである。
(過程で面倒な事に気づいてしまったけど、そこはもう知らんぷりしよう)
実はこのゴーレム生成、武器や鎧のような部分のみでの生成も可能だったのだ。
本体無しの武具だけ大量生産。
材料は魔力だけ。
工程は神剣により完全自動。
真っ当な鍛冶師にぶん殴られても文句は言えない気がする。
「……まぁここはカイセさんのお家なので好きにすれば良いと思いますけど」
「あぁ、言われずともしてるよ。ところで何しに来たの?まだ取引の日ではないよな?」
アリシアと特に何かを約束した覚えもない。
別に来るものを拒むつもりはないが、一体何をしに来たのだろうか?
「……まぁちょっとした現実逃避に、ジャバちゃんを撫でに来ました」
「アイツ、森暮らしの割に毛並みやたら良いもんなぁ……その為に指輪使われるのはちょっと微妙な気持ちになるけどまぁいいや。――ところで、現実逃避?」
「いえ、そこは気にしないでください。あまり大したことではないので。ただしばらくの間はちょいちょい逃げてくるかもしれないのでその時はよろしくお願いします」
「まぁ良いけど。魔力残量だけはちゃんと把握しとけよ。空っぽになって本当に大事な時に使えないとか無いように。申告あれば補充するから」
「……はい。ありがとうございます」
自身で現実逃避と言った通り、何処か元気が無いアリシア。
相手が話すつもりのないプライベートに無理に踏み込むつもりはないが、とりあえずその億劫な日々が早めに過ぎ去る事を祈って置こう。
あの女神では無く、何処かに居るかもしれない名も知らぬまともな神様に。
「きたよー」
念話で呼び出したジャバが遊びに来た。
カイセはジャバをすぐさま持ち上げ、アリシアに手渡す。
すると即座にジャバに抱き着き抱え込み、頭を撫で始めた。
「どうしたのー?」
「そのまま気が済むまで相手してやれ。ほれ、クッキー置いておくから適当に……速いな」
その場のテーブルに置いたクッキーの山。
アリシアはすぐさま手を出し、一枚目は自分が食べ、二枚目はジャバに食べさせ、三枚目は自分が食べ……を繰り返していった。
〈ビーッ!ビーッ!〉
「――なんだろうな。アリシアが来ると大体コイツが鳴るな」
「人を厄介者みたいに言うのは辞めて貰えません?」
例の〔救助要請ボタン〕が押されたようだ。
つまり、宿泊客の誰かがピンチであると言う事だ。
「ちょっと出かけて来る」
「いってらっしゃーいモグモグ」
カイセは《転移》で彼らのもとへと跳んだ。
「――で、今度は何だ?」
「勇者様が行方不明になりました!」
転移先に居たのは三馬鹿と周囲に散っている隠密のみ。
勇者の姿が何処にも無かった。
周囲を探ってみるが、気配の欠片すら感じることが出来ない。
範囲を限界まで広げても引っ掛からない。
「居なくなったのはいつ?」
「五分くらい前です。いきなり姿が消えて……」
「……ちょっと待ってろ」
カイセは腰の神剣を起こす。
『お呼びですか?』
神剣の声は特定の相手にしか聞こえないようになっているので、距離が近くとも聞かれる心配はない。
カイセはカイセで念話だ。
本当は起こしたくは無かったのだが人命優先だ。
カイセの気配探知に引っ掛からない状況は初めてなので判断に困った。
「(例の異空間、神剣の眠っていた空間に人の気配はあるか?)」
『いいえ。カイセ様が去った後、あの場に辿り着いた者は一人もおりません』
異空間の洞窟へと消えた説は無くなった。
さて勇者ロバートは何処へやら。
〔星の図書館〕で情報を探すにしても、ある程度あてを作らなければ膨大な量を探さなければならない。
「(知り合いが一人居なくなった。気配を探っても見つからない。《転移》の残滓も感じない。こういった状況もしくは魔物、その他諸々に心当たりはないか?)」
神剣にはこれまでに蓄えられてきた情報がそのまま残っている。
洞窟でただ待つその期間が最も長いだろうが、初代勇者と共に歩んだ記録もある。
そこから膨大な図書館の情報を絞る事が出来れば、目的の情報も見つけやすくなる。
『……〔神隠し〕〔インビジブルスネーク〕〔サイレントキラー〕――』
可能性があるいくつかの物を並べていく神剣。
カイセは順番に図書館でそれらのワードを調べた。
その中で可能性が高かったのが〔インビジブルスネーク〕。
《気配完全遮断》と《完全透過》能力を持ち、獲物を一瞬で丸飲みする大蛇の魔物。
カイセは出逢ったことはないが、この魔境の森ラグドワも生息域に含まれていた。
相当な激レア種のようで、その隠密性もあいまりカイセの眼にも止まらなかった存在のようだ。
(探し方は……うわッめんどくさ)
ほとんど人海戦術のようなものだ。
更に大規模な魔法まで必要。
(まぁやるしかないんだけど)
カイセは両手を空へと掲げ、その魔法を発動する。
「《降雨》」
晴れた空に雨雲は現れる。
天候操作系の魔法で、ただ雨を降らせるだけのものであるが、規模が規模だけに魔力をガッツリ持っていかれる。
しかもこれで終わりではないのだ。
「黒い雨?」
雨は色付き。
だがこれで分かり易くなる。
「お前さんらはここで待機しててくれ。隠密は辺りを満遍なく探してくれ。景色に違和感があったらどんな方法でもいいから知らせてくれ。それじゃちょっと探しに行ってくる」
ここからは手当たり次第。
勇者が消化される前に見つけるために急がなければならない。
「――居た。多分あれだな」
およそ十分後。
〔インビジブルスネーク〕を発見した。
発見したと言っても透明なままなので姿は見えないが、降り注ぐ黒い雨がその輪郭を浮き彫りにしている。
「もっと簡単な方法無いのかとも思うが、実際見つかったからいいや」
この蛇は、獲物を呑み込む際の瞬発力とその直後の逃走能力は一流の暗殺者の如く速い。
だがその速度は持続しない。
そして獲物の消化を始めると、その間はほとんど身動きを取れなくなるのだ。
結果カイセも、現場からそう遠くはない位置で目的の蛇を見つけることが出来た。
「……近づいても動かないって事は、絶賛消化中か……捌きたくないなぁ」
最悪の場合、ドロドロの勇者だった者と対面する羽目になる。
とは言えやらない訳にも行かない。
「……デカイこっちのほうが頭だよな?うわぇ…ぬるぬるするなぁ……この辺りを抑えて……そぉい!」
短刀で蛇の頭らしき部分を地面に串刺しにする。
しばらくビクビクと反応していたが、それも収まり、完全に反応が無くなった。
すると透明だった体がだんだんと黒く染まっていき、その姿が露わになった。
【インビジブルスネーク】
ここでようやく《鑑定》にも反応があった。
《鑑定》レベル10すら欺く透過性能は、今後の為にも良い経験になったかもしれない。
「うぇ……キモいなぁ……」
そんな事を考えつつ、蛇の腹を開き、目的の人物の様子を確認する。
「う…ぁ……」
とりあえず息はしており無事のようだ。
ゆっくりと死骸から引き抜く。
取り出した後に雨の水を集めてぬるぬるした消化液その他を洗い流す。
服が所々溶かされてはいるが、本体は無事のようだ。
やはり情報通り、生体の消化には時間が掛かるようだ。
「とりあえず〔回復薬〕ぶっかけて……後は様子見だな」
ひとまずの手当は済んだ。
だがここで一つ、重大な問題に気が付いた。
「……うわぁマジか」
これは完全に予想外だった。
勇者ロバートが握ったまま離さずにいた〔聖剣〕。
こんなになっても手放さない根性は褒めるべきなのだろうが、その聖剣に起きた異変。
「お前……溶けるのか」
担い手は無事だったのに、よりにもよって〔聖剣イクスカバー〕が二割程溶けていたのだ。
主には持ち手の部分ではあるが、刃先も若干……。
ハッキリって刃物としては役に立たないだろう。
「――さてどうするか」
勇者が目覚め、この聖剣の無残な姿を見た時の反応が予想できない。
勇者は……正直どうでもいいが、勇者に振り回された挙句に国宝を失う周囲の、特に王様辺りが哀れに思えてくる。
「――さてどうするか」
言葉に出すのは二度目。
流石にカイセも動揺していた。
21/11/21 一部修正しました。本編に変更はありません。