魔境スローライフ
そして、カイセが異世界転生してから一年が経った。
「おーい、ジャバー!おやつ作ったけど食べるかー?」
「食べる~」
カイセの《浄化魔法》によって元の姿を取り戻したジャバドージャこと〔ジャバ〕。
邪気に取り込まれ邪龍に堕ちたのが子供時代であったため、浄化すると今のような子龍の姿と人格まで戻ってしまったようだ。
ステータスも軒並み半減していた。
半減とはいえど、上級冒険者を軽く蹴散らせる数値ではあるのだが……。
そうして理性を取り戻したからこそ、こうして一緒に過ごすことが出来ている。
この世界に知り合いの居ないカイセにとっては、それこそ初めての友達であった。
「お団子だ~!みたらしは?」
「あんことみたらし。串はちゃんと取ってある」
「いただきまーす!」
ジャバはいつも串は邪魔だというので、カイセの分とは違い串に刺さずに出している。
まぁ龍の手では掴むのがめんどくさいのは仕方ないかも知れない。
一年前の転生初日。
カイセは自身に起きた異常の原因を推察したが、結局〔女神のポカ〕以外に浮かばなかった。
〔身体数値を+100しようとして桁を間違い、+1000した結果上限値の999にカンストした〕
〔状態異常耐性のレベルに+8しようとして、間違えてレベル制項目の全てに+8して、レベルオール10にカンストした〕
大方こんなところであろう。
ジャバに放った《浄化魔法》も、よくよく図書館で調べてみれば〔アクセス権限Lv.9〕の本に記載された〔失われし最強の浄化魔法〕であった。
それに気付いてからは星の図書館のレベル5以上の本には一切触れていない。
あくまでも目指すは平凡な生活だ。
……既に手遅れかも知れないけど。
最初はこのカンストステータスに振り回されて、最近ようやく加減や調整が出来るようになった。
今なら町に出てもやらかさずに暮らせそうではあるが、正直ここでの生活に慣れてしまった。
環境を整え過ぎた気もするが。
「(世界最悪最凶の森〔ラグドワ〕。魔境とも言われるその森の奥地にログハウスを建てて子龍と一緒に生活しているカンスト人類……どうしてこうなった?)」
A.大体女神のせい。
「ごちそうさまー」
「はいどうも。……そうだ、取ってきてほしい素材があるんだけどいいか?」
「いいよー。何に使うの?」
「そろそろケーキに挑戦してみようと思って」
「けーき?なにそれ!」
「出来てからのお楽しみだな。それじゃあ……これだな。よろしく頼む」
「はーい!いってきまーす!」
そしておつかいを頼まれたジャバは森へと消えていった。
この森での生活は、基本的に自給自足だ。
魔境の森だけあって、人の手の及んでいない自然体な植物も多く見つかった。
流石にすべてが揃うわけではないので、妥協や代用、どうしても欲しい物は〔知識〕を用いて試行錯誤してきた。
そのおかげで、森での生活はそこそこ順調なものとなった。
「(本当はもっと色々調べたいけど……実際に触れて実感した。何でもかんでも図書館頼みにしていけば、最後に待つのはロクでもない未来だ)
最初の一月でそんな予感を手にしたカイセは、それ以降、図書館の利用を最低限に留めている。
〔アクセス権限レベル10〕。
その全知への鍵は、人の身には過ぎたもの。
知識に飲まれ染まり切れば、人としての何かを失う。
それがカイセの考えであった。
――ただし緊急時は除く。
縛り続けた結果、死んでしまったでは元も子もない。
そこは臨機応変にだ。
「……おっと。ジャバが採取に行ってる間に、晩飯の下準備でもしておくか」
カイセはこの一年で料理の腕が跳ね上がった。
元々前世の一人暮らしで最低限はこなせていたが、単純に娯楽の少ない場所で趣味の一つと化した事で上達速度が加速した。
ジャバも美味い不味いをハッキリと言ってくれるので、カイセとしても挑戦し甲斐があったのも要因だろう。
そうして作業を始めようとしていると……
「……あれ?」
「カイセー」
「どうしたジャバ。だいぶ早い気がするが素材は――」
戻って来たジャバの背中には、〔人間の少女〕が乗っかっていた。
とっさに《鑑定》が働く。
個体名:アリシア
種族:人間(女)
年齢:16歳
職業:―
称号:破門巫女/覚醒前聖女
生命 096
魔力 250
身体 050
魔法 200
魔法(聖) Lv.8
魔法(水) Lv.2
魔法(召喚) Lv.3
聖女適性 Lv.10
鑑定 Lv.3
言語理解(全) Lv.5
使徒権限 Lv.1 (凍結)
神降ろし Lv.1 (凍結)
星の図書館アクセス権限 Lv.1 (凍結)
白銀の綺麗な長髪と白い肌の少女。
少女はその綺麗な容姿には似つかわしくない汚れた服を着ていた。
どうやら水溜りにでも突っ込んだようだ。
「……ジャバ、この娘はどうしたの?」
「拾ったー」
「……そうか、拾ったか」
騒動に巻き込まれた予感がした。
「要るー?」
「……とりあえず家の中に運ぼう」
「食べるの?」
「食べません。食べちゃいけません」
「分かったー」
ジャバが素直な良い子で良かった。
本日の投稿は以上になります。
今後ともよろしくお願いします。