神剣の中身
「――彼はもしかして…」
「この顔は確かに姿絵と同じ、首謀者と目されている族長殿の兄君だろう」
方舟の中の目的地。
操舵室に辿り着いたカイセら一行。
するとそこに待ち受けていた一人のエルフ。
今回のクーデター騒動の首謀者と目されていた存在との出会い。
「じゃあなんで、その首謀者が死にかけているんだ?」
だがその首謀者は重傷を負って倒れていた。
治療を受けて命は取り留めてはいるものの、目を覚まさずに眠ったままの老エルフ。
エルフの族長の兄。
その姿絵に記されていた顔と同じ人物は床に寝かされる。
「自害…のようにも見えますが、可能性としては仲間割れも」
「さっきの精霊術士?」
「分かりません。ですが…まだ終わりとはなりませんね。人質も居ませんし」
「そうですね…」
確かに目的地には辿り着いた。
しかしそこには目的の存在がいなかった。
攫われたエルマ、被害者であり今回の鍵としての役目も担わされた少女。
ここに居ると予想されていたのに、その存在は見当たらない。
「こうなると、しらみつぶしに探さないとなりませんね」
「ですね。でもその前に…せめて鍵を一つだけでも」
となればこれから、方舟の中をあちこち探し回らねばならない。
だがその前に、まずは仕事を一つ終わらせる。
〈――鍵を確認できませんでした。正しい鍵を提示してください〉
「…は?」
カイセは二振り目の神剣を掲げて、方舟の機能を制限しようとする。
完全停止は二つの鍵が必要。
だが一つだけでも機能を、レベルを落とすことが出来るはずだった。
ゆえに手にした神剣でレベルダウンを図ったカイセ。
しかし鍵が鍵として認証されない。
「まさか…この神剣は鍵じゃない?」
可能性は一つ。
この神剣は鍵ではなく、別に鍵の役目を担う存在がここにはあるということだ。
「すいません。予想が外れたみたいです」
「となれば直ぐに鍵探しも――扉があいて!?」
「ソの必要ハありマセン」
となれば人質探しと並行して、鍵も探し出さねばならない。
そう行動を始めようとしたその時、聞き慣れぬ音が聞こえてくる。
声というにはあまりにも機械的な言葉。
振り返れば、勝手に開いた扉から謎の存在が姿を現していた。
「はぁあ!!」
「イキナリ攻撃でスか?物騒でスね」
「人の部下を踏みつける相手に遠慮はいらないでしょう!」
その謎の人型存在は、気を失い倒れた状態の見張り役の騎士を踏みつけながら室内へと入って来た。
配慮の無いその行動は、味方ですよと言われても信用が出来ない。
騎士のリーダーはすぐさま剣を、その謎の人型に振るった。
「全ク、人が少シ留守にしテイる間に勝手ニ入って来タ不法侵入者が何を言ウのデショウね?」
「こいつ…硬い!?」
だがその人型は、片腕一本で騎士の斬撃を受け止めた。
質の良い剣と腕の良い剣士。
その鋭い斬撃が全く歯が通らない。
「《火炎》」
「は!」
「グオ?!」
ならばとカイセの魔法攻撃。
示し合わせたわけではないのに、きちんとこちらの気配を呼んでノールックで避けてくれる騎士リーダー。
その彼と入れ替わりで人型に直撃した火の魔法。
「…ビックリしまシタ」
「無傷か。等級はともかく魔力マシマシで威力高めた攻撃だったんだけど」
だがそれでも無傷。
周りへの配慮も考えて、威力は抑えた魔法だったが小人兵にダメージを負わせるくらいの威力はあったはず。
しかしどうやら1ダメージにもなっていない。
「場所が悪いですな」
「そうですね」
あまり広くない空間。
倒れた仲間や重傷者も居るこの場で、あまり派手には立ち回れない。
「戦いニクイのでしたラ、甲板にデモ戻りマスか?私も運用試験、性能テストを行いタいのデお付き合いシマスよ?」
運用試験、性能テスト。
そのために二人との戦いを受けて立つつもりのその人型。
相手の思惑はともかく、ここで戦うよりは格段にマシ。
ゆえに従い移動を始めるカイセ達。
その道中で、カイセの神剣が敵の正体を伝えて来た。
「――ここデいいデしょう」
そして三者は甲板へと戻った。
この場に居るのは謎の人型、カイセと騎士リーダー。
他の無事な騎士たちは仲間の治療などに宛がわれた。
「私の剣で通らないのなら、彼らの剣では歯が立たないでしょう」
相手の硬さゆえに相手にならない一般騎士たちは支援に回される。
とは言え、リーダーの剣も通らなかった。
「この剣を使ってください」
「これは…かたじけない、お借りする」
ゆえにカイセは、騎士ゴーレム用の予備の剣をリーダーに渡す。
使い慣れぬ剣ではあろうが、彼が元々持っていた剣よりも上質。
彼の腕で不慣れをカバー出来れば、あの硬い体も斬る事は出来るだろう。
「人形を増ヤシましたカ。イイデスヨ。イイ調整ニなります」
その上でいつもの騎士ゴーレムを二機展開。
実質的な四体一の構図。
「ちなみに…質問しても良いか?」
「ハイ、ナンデしょうか?」
「お前、この神剣の中身だよな?」
そして戦いを始める…その前に、カイセは謎の人型に問いかける。
その正体、先ほど神剣に告げられた、頭が痛くなる事実を確認する。
「ハイ、その通リです。私はカツテその剣に収めラレていた支援装置デス」
質問への答えはあっさりと帰って来た。
それは神剣の言葉を正解だと認めるもの。
目の前の謎の存在は、二振り目の神剣から失われていた〔中身〕。
人工知能のように意志に似た疑似人格的な機能を持ち、神剣の力の補助や制御を行うメインコンピュータ。
それが今、人型を得て自分の意志で目の前に立ち塞がっていた。
「私はカツテ、勇者にヨッテ神の剣から取り外サレタ装置です」
「勇者が…?」
そもそも二振り目の神剣は、初代勇者がこの国に持ち込んだ物。
世界樹の領域には外側が、中身のない神剣が安置されていた。
だが元から中身のない状態だったのではなく、初代勇者が手にした時点ではきちんと神剣として中も外も揃っていたようだ。
しかし何かしらの理由があって、勇者は中身を取り出した。
「取り外サレタ私は、長い事とあるエルフの一族に管理サレてきました」
そして別々にされた神剣は、外身は巫女の管理下へ、中身は秘密裏にとあるエルフの一族が管理して守って来た。
この事実は族長ですら知らなかったのだろう。
「それがなぜ今になって表に?」
「彼ラが私を利用シヨウとして持チ出しマシた」
「彼ら…クーデター勢力か」
そんな神剣の中身の封を説いたのは今回のクーデターの首謀者たち。
「彼らは私ノ本来の役目を知リマセンでした。タダ、貴重な神器の一種とシテ認識して、舟を動カス鍵にしまシタ」
「鍵…お前が二つ目の」
彼らは神剣の中身の詳細を知らず、方舟自体の情報も断片的なモノしかもっていなかった。
しかし中身を"神器"として認識し、方舟の鍵に神器が必要になるという認識は持っていた為に、純粋な鍵として今回の騒動に持ち出した。
二振り目の神剣が舟の鍵、というカイセらの予測は半分当たっていたようなものだった。
ただし本命は外身ではなく中身の方だった。
「お前が鍵として使われたのは分かった。だけど…今のその姿はなんだ?」
しかしただ道具として使われた中身は、今は何故か人型で自立行動を行える姿になっている。
「鍵として舟にアクセスした際に私ハ目覚め、私ノ情報を保管されテイタ人形に写しマシタ」
その理由は、鍵として方舟と繋がった際に目を覚ました疑似人格。
そのまま勝手に船の中で待機状態だった小人兵の一体に乗り移ったようだ。
「その後、多クのパーツを取り込ミ、今ノ形を作りマシタ」
「自己判断で自己改造までしてるじゃんか…操舵室に居たあの人を傷付けたのもお前なのか?」
「ハイ、彼は私の暫定的な主人デシたが、残念な事ニ、私の成長ヲ認めて下さらなカッタのです。ですので、彼の装備アイテムの一つを暴発サセました。仮認定の主が眠っタ為、私は自主的ナ行動が行えルようにナリました」
「それで殺そうとするって…もうダメだろこれ。主が眠る前に勝手な行動してるし」
暫定的な主を傷付け、その上で自らの意志で勝手に乗り移った小人兵を改造。
自身を拡張し、今のとても頑丈な人型を作り上げた。
それはもはやSFの世界、疑似人格…勝手に成長し判断する人工知能による反乱のような展開。
「というワケで、皆様にはコレより私の性能テストにお付き合い頂ケルという事デ、とてモ感謝してイマス」
「しかも状況判断バグってないか」
「ナルべく皆様を傷付ケナイように制圧シマスが、死亡してシマッタ場合は申し訳アリマセン」
「あ、うん、全部ダメだな」
神剣の中身は、本来は担い手のサポートが役目。
しかし今目の前にある存在は誰の意志でもなく自分の思考で人を傷つける事も厭わなくなっている。
完全に壊れた疑似人格と判断するには十分な要素。
「リーダーさん、遠慮なく壊しましょう」
「了解しました」
「デハ早速、御手合せお願イします」