方舟奪還戦
《――なるほど、やはりアレが神の舟か》
《あら知ってたの?あれの存在》
《伊達に当代の大精霊の中で、最も長く在っておらんからな》
地上に意識を戻したカイセ。
早速ポカ女神から伝えられた情報を周囲と共有した。
当然そうなれば多くの人が動き出す。
「長よ。貴方はあのようなものが眠ることをご存じだったのですか?」
「長には口伝にて伝えられる秘め事じゃ。もはや皆の知るものとなってしまったが…」
その中で、大精霊の中でも年長者の土の大精霊や、エルフの長は〔神の舟〕について存在だけは知っていたようだ。
エルフの間では口伝にて長にのみ伝えられ、扉の権限を持つ巫女にも知らされていなかったその舟の存在。
だが今回の一件、今まさに空に浮かぶ方舟の実物のせいで、その存在はエルフの国中に晒された。
いや…性格にはエルフ以外にも、人族の国にも伝わることになる。
「……」
「王子」
「あぁ、済まない。まさかあんなものが存在するとは思いもしなかったのでね。驚いてしまった」
騒動に居合わせた人族の王子アルフレッド・サーマル。
彼は空に浮かぶ舟を見上げ何かを思う。
だが今は呆けている場合ではない。
「あれが動き出せば何が起こるか分からぬか。空に浮かぶあの巨体が町に落ちてくるだけでも大惨事だろう」
改めて、その船の危険性を確かめる額に皺を作る。
あの船がどれほどの速度で移動し、どれほどの距離を進めるかはイメージできない。
しかし目の前にあるあの大きさは理解できる。
あれだけの大船は町にでも落ちれば、被害は酷いものになる事は容易に想像できる。
「やはりあれはここで、なりふり構わず総力戦をもってしてでも止めるべきものでしょう」
「ですな。同族のやらかし、本当に申し訳ない」
人族の代表である王子と、エルフの長は意志を共有する。
あの舟は絶対に外に出してはならない。
動き出す前に止めねばならず、その為には今動かせる全戦力を惜しまずぶつけるべきだと。
「とは言え…本当に彼の者は何者なのだ?連れ歩くものの特異性に、このような情報までも…」
「はは、私も知りたいところですね」
そんな決断のきっかけになった情報源。
エルフの長しか知らないはずの事実を含めて告げて来たカイセに、両者のトップは少し苦笑いを浮かべる。
龍の子と不死鳥を連れ、巫女とやり合えるステータスを持ち、今回の謎の情報の出所。
大精霊たちの後押しがなければ、真偽から入念に確かめる必要があっただろう。
「情報によれば鍵は二つ。神の剣と、捉えられた我々の鑑定師」
「それらを持って舟を止めるのは理解したが…本当に、あの硬すぎる守りを突破できるのかが正直不安ではあるな。それでもやらねばならぬと理解はするが…」
そんな情報により、舟を止める為の道筋も把握済み。
まずは硬すぎる防御結界に穴をあける。
そして結界の内側に侵入、舟に乗り込んで攫われた鑑定師のエルマを奪還。
これから持ち込む神剣と共に鍵として、制御室にて停止の命を出す。
しかしその一番最初の、硬すぎる守りの突破にこそ最大の不安を持つ一同。
既に幾度か試した魔法攻撃がビクともしないと知ったからこその当然の懸念だ。
「結界のセオリーですよ。短期間に集中的に負荷を掛け続ければ…」
「とはいえ、今ある総力で足りるやら…いや、弱気は行かんな。身内の不始末には堂々と強気に向き合わねば」
しかし弱気になっている余裕などない。
ここで止めねば動き出したあの未知の神の舟が何をやらかすか分かったものではない。
それこそ他種族に犠牲者でも出せば、エルフの国の立場もあやうくなる。
弱気は吐いてもやらない選択肢はない。
《我が土は、空とは相性が悪いの。仕方ない。皆の補助に回ろう》
《私の風はむしろ独断場だけど…あの硬さはなぁ…みんなを空に運ぶことは問題ないけど他に何ができるかしら》
《わたくしは先槍として鬱憤晴らしを…こほん、皆の道標の役目を全力で果たしましょう》
《今本音が漏れたぞ》
《まぁあの子をボロボロにされた恨みは深そうだものねぇ。いいんじゃない?》
そして方舟奪還戦には、大精霊たちも参加する。
それぞれの得意不得意などもある為役割はバラバラだが、今回の一件は既にエルフの内輪もめの域を超えている以上、精霊の守護者としての役目を果たす。
《という訳で、一番手はわたくしと貴方に任されたわけですが。既に幾度かの戦いの後ですが行けるのですか?カイセ》
「えっとまぁ、問題はないと思います。あの舟壊せって話ではないので」
そんな精霊の中で、先槍としての役目を与えられた水の大精霊と共に、カイセも同じ役目を担っていた。
(――俺と水の大精霊が一番手。とにかく最大威力の魔法を二人で同時に舟にぶつける。それで割れてくれたら楽だけど、ダメなら続けてエルフ達総出の魔法攻撃で追撃を行う)
一番手の極大魔法攻撃のダブル。
次いでエルフたちと共に、通常の遠距離攻撃魔法の乱れうちで追撃。
それで結界を割って、空いた穴からカイセと騎士たちが突入。
空への移動には風の大精霊の力を借りる。
(で、侵入したら多分白兵戦。小人兵はあの中にも乗せられてるみたいだし)
舟の中に乗り込んだ後の戦いの予想。
本来は世界樹の領域内でしか稼働しない小人兵であるが、一つある例外があの舟の中。
方舟の内部護衛の役割を持つ一部の小人兵のみ、数は多くないようだがあの舟の中でも稼働が可能。
裏切りのエルフはもはや少数だが、小人兵がいる限り少数精鋭で飛び込むこちらの数の劣勢は予想しやすい。
(というか、俺の役割多すぎない?俺だけ最初から最後まで働きっぱなしなんだけど…神剣まで持たされるし)
そして大事な鍵の一つ。
もう一振りの神剣は、今急拵えの鞘に納められ、カイセの腰に添えられていた。
突入部隊の中で一番強固なカイセが鍵となる神剣の運び手を任されたのだ。
(左に神剣、右に神剣。二つの神剣が俺の腰に…どっちも捨てたい)
どう考えても重荷な二振り。
一人で抱えるには重すぎる剣達を正直人に託したいが、それは許されない状況。
「対空魔砲の準備出来ました!」
「うむ」
するとエルフ側で、ちょっとアレな兵器が登場する。
空に向けて放つ大砲【対空魔砲】。
そして装てんされた【爆裂球】。
「………」
王子はあえて無表情を貫く。
人族の国にも大砲に類するものは存在する。
だが自分たちのモノよりも明らかに威力が高い球を装填し、あの空の舟に向けて放つゆえに飛距離も長いと判断できるその兵器の登場にも、思うところは当然あるだろう。
「カイセ殿。そろそろ」
「あ、はい、移動します」
そんな準備の様子を見届け、所定の位置に移動するカイセ。
同じ先槍の役目を持つ水の大精霊から離れ、二人の魔法で方舟を挟むような位置取りを取る。
「こちらです。ここから…あの位置、あの辺りを狙ってください」
そして指示される狙い箇所。
同時攻撃の際に一番相手への負荷が大きくなる場所を探り出しての攻撃。
「それでは始めます…三十!」
「――」
そうしてそれぞれが所定の位置に付き、いよいよ作戦開始の時間。
付き添うエルフがカウントダウンを唱える。
「三…二…一…撃って!」
「――《極雷撃滅天烈破》!」
「え…これって…きゃあああ!!?」
直後、轟音響くエルフの国。
同時に唸るような濁流の水音。
「…これ、計算要らなかった…」
放つ魔法の効果をより最大に引き出す為の着弾地点の計算。
だがこれだけの超々高威力魔法では着弾地点など関係ない。
しかも水の大精霊側も同等級の威力の魔法を放ち、挟み撃ちにすれば何処に当たろうと本当ならば消し炭すら残らず消滅する一撃必殺。
「いや、普通に計算は必要だったと思うよ。ほら」
「え、嘘…これで…壊れないの?」
しかし二発の最上威力の魔法攻撃を同時に受けた方舟の結界はまだ健在だった。
(一応ダンジョンラスボスを一撃で屠れる魔法を、攻撃力の高い雷属性で放ってるんだけど…やっぱこれクラスを二発でも壊れないのか方舟結界。でも…うん、不安定にはなったな)
健在の方舟の結界だが…しかし無傷とは行かなかった。
まだ展開される結界だが、全体の不安定化、揺らぎが見え始める。
「二陣…来たな。それじゃあ俺も…《雷光烈破》」
そして始まる第二攻撃。
数の暴力、大量の通常攻撃魔法や魔砲による追撃。
揺らいだ結界に負荷を加え続けて負わせた傷を広げていくターン。
初手を終えたカイセも、流石にあの一撃と同じ威力を連発は出来ないので通常魔法で参加する。
(にしても…あの余波をよく防ぐ…いやむしろ舟に押し付けたなぁ…流石土の大精霊)
その二陣に参加しつつ、カイセは土の大精霊のナイスアシストに感嘆する。
元々は二つの最上威力の魔法による地上への余波を防ぐ盾役として、大地を操作して守護の土壁を作っていた。
だがその角度や表面を調整し、余波の一部は防ぐだけでなく舟に向けて押し付けていた。
結果、想定よりも初手で与えたダメージ量は増えている。
(風の大精霊も、魔砲の物理弾を風で加速して威力を高めてるし…あの人本命この後なのに)
更には風の大精霊も、風による加速で攻撃の支援をしている。
エルフ達と大精霊の協力。
「…と、意外に早かったか」
そうして二陣の攻撃が続くと…予想よりも早く結界に限界がやって来る。
あれだけ強固だった結界は、ひび割れ崩壊していった。
「と…うぉはや!?」
するとその瞬間、すぐさま持ち上げられるカイセの体。
風の力で強引に空へと舞い上げられて、本人の意志とは関係なく勝手に方舟に向かっていく。
「うぉお!?」
「こわ!?」
「高い高い!」
「うろたえるな!着地したらすぐ走るのだから今の内に集中しろ!!」
その行き先となる方舟に近づくと、経験のない高さと速度に流石にうろたえる騎士たちの声が聞こえてくる。
「カイセ殿!初撃お見事でした。ですがお疲れところ申し訳ありませんが、もうしばらくお力を」
「全部片付くまで気遣い無用で」
「分かりました。では…我々が先導します!ゆくぞ!!」
「「「おおおー!!!」」」
そうして舟の甲板に着地したカイセと騎士たち方舟突入部隊。
その直後に、再展開された方舟結界。
予想よりも早い再展開だったが、目当ての舞台は全員乗り込めた。
だが…これは退路も、増援の可能性も断たれたという事でもある。
(後はもうやりきるだけ。エルマ、もうちょっと待っててくれ)