方舟停止クエスト
「――エルフ達の内輪揉め、そこから何故方舟に起動に繋がったのかは全く理解出来ませんが、起動してるのは事実なんですよね!この忙しい時にー!!カタカタカタ」
エルフの国で起こっている出来事を尋ねられ応えるカイセ。
そんなこちらを全く見ずに画面を凝視しながら話を受け止めつつ、ひたすら手を止めずに作業を続けるポカ女神。
ただでさえ忙しいタイミングで追撃の如く舞い込んだ騒動に愚痴る。
「結局、アレが方舟ってことでいいのか?」
「そうですよー!」
そしてカイセに対して、エルフの国に出現した空飛ぶ船が〔方舟〕であることを認めた。
星の図書館の本に名だけ記載されていた謎の存在。
「ノアの方舟、で認識は合ってるのか?」
「のあ…ノア…あぁ、他の世界の方舟ですね。えっとアレは…そうですね。認識としては間違ってはないですね。経緯はともあれ〔保護対象を守り運ぶ舟〕という役目は同じですから。カタカタ」
その方舟が、カイセの知る〔ノアの方舟〕と本質的には同じものであると認められた。
地上に存在するアレコレを、滅びの危機から保護して保管し運び出す為の舟。
世界の滅びに動き出す方舟。
「ひとまずこの世界における方舟の役目は〔世界の終焉の時に起動して、重要存在を保護して滅びから守り抜く〕ものです。その重要存在の内訳に関しては語れないですけど、全部消える前に大事なものだけ世界の外側に持ち出す為の舟です」
世界の終わりに全てが消えようとする中で、神様たちから見て大事なモノを守るために起動する。
逆に言えばその時以外には、全く用のない存在でもある。
「ちなみに、今世界が終わりそうってことないよな?」
「全然ピンピンしてますよ」
「じゃあなんで起動してるの?」
「方舟の起動手段は二つ。〔世界の終焉〕を感知しての自動起動。もしくは〔神の許可〕や〔神の代行者の証〕を得ての段階的な手動起動。当然今は世界の終焉なんて無いです。あ、先に言いますが、私は許可してませんし、終焉の誤認みたいなのも調べた限り可能性はゼロです」
「ポカめが――女神が許可してなくても、またどこぞの神がちょっかい掛けた可能性は?ダンジョンの時みたいに」
「今の呼び間違いを糾弾する余裕ないのでスルーします。神の許可はそもそも方舟の状態からあり得ません。稼働段階が違うので」
「段階?」
起動した方舟の稼働状況には三段階が存在する。
レベル1の最低稼働。
レベル2の限定稼働。
レベル3の全力稼働。
もしも方舟が何かしらの理由で世界の終焉を誤認して起動、もしくは神様直々の許可を得て起動した場合は最初から全力稼働になる。
だが現在の段階は〔レベル2の限定稼働〕。
この時点で起動理由は手動起動に絞られる。
「代行者の証となる要素をそれぞれ提示する毎に起動レベルが上がります。一つならレベル1、二つならレベル2。同じ要素を複数揃えても意味は無いのでこの場合はレベル2が限界点となります」
「それつまりは、代行者の証の要素を二つ提示されたからレベル2で起動してるってこと?」
「そうですね」
「その要素の内訳は?」
「人と道具。〔神に関わる役目や称号を持つ者〕が一つ、そして〔神に由来する道具である神器〕が一つです」
代行者の証として認められるのは神由来の存在のみ。
「巫女は代行者になる?」
「なりません。彼女達はあくまでも世界樹の巫女なので。この場合はそれこそ聖女のような存在が必要ですね」
巫女らが利用された可能性は無し。
かと言って教会の聖女があの場に居るはずもなく。
「…神に由来する称号…もしかして"神眼"は?」
「…アリですね。私が与えたものではありませんが、神の域に届き得る眼として…そうかそれが…本来の想定とは異なりますが」
巫女は当てはまらず聖女も居ない。
しかしあそこには運悪く”神眼”を持つエルマが居る。
エルフに攫われ今も行方知れずの少女。
彼女が〔神に関わる役目や称号を持つ者〕としてカウント可能であると女神は認めた。
「これでレベル1。なら…神の手で作られた神剣は?」
「神器としての扱いになりえますが、その剣は誰にも渡しては…いえ、そうですね、忙しさにかまけて忘れようとしてましたがあそこにはもう一振り…」
「レベル2、原因揃ったな」
そしてもう一つの要素たる〔神器〕。
これには神剣が当てはまるようだ。
勿論カイセの持つ神剣を誰かに譲り渡したり貸したことなど無い。
だがあそこにはもう一振りの神剣が眠っていた。
「神眼のエルマ、もう一振りの神剣。これで方舟のレベル2起動の条件」
「ですね。問題を起こした彼らがそれをどこまで知っていたかは不明ですが、起動の謎は解けました」
クーデターを起こしたエルフ達が、方舟の起動に至った手段は見えた。
知識の有無や理由は今なお不明だが、彼らはエルマと神剣を用いて今の状況を生み出した。
「ちなみに段階ごとの方舟の違いは?」
「強度など色々ありますが…あまり詳しく話して良い内容ではない部分も含まれるので一番大きな違いだけ。レベル3で解放される中に燃料の急速充填機能が含まれます。保管された方舟は燃料最低限の状態です。なので起動時には世界樹からの燃料補給が必要になるので…ちなみにレベル3の全力稼働状態なら僅か数秒で満タンまで溜まります。その代償に世界樹は枯れますが」
「世界樹が枯れる…?」
そもそも世界の終わりに動き出す方舟。
世界樹を枯らしてしまっても仕方ない、もはやそんなことを気にしていられる状況でない時こそが本命の舟。
ゆえにレベル3の全力稼働状態においては、世界樹側の負担を無視して強制的に燃料を吸い上げることが出来る機能が解放される。
ただし今回はレベル2であり、それが方舟の停滞の要因となる。
「満タン状態では置いとかないのか」
「それをすると方舟自体がこの世界の《特異点》化する可能性がありまして…まぁとにかく、燃料は起動してから補充する仕組みの方舟が、レベル2の状態では負担の少ない通常速度での補給しかできません。ゆえにこの静止状態は燃料の補給中だからと考えてください」
あれだけの質量を持つ空飛ぶ船。
世界の終わりにも平気で動き回れる存在を動かし続けるには膨大な燃料が居る。
だがレベル2で起動したあの方舟に、急速補給は出来ない。
世界樹に極端な負担を強いずに安全第一。
だからこそ今の静かな状態。
しかしいずれ来る補給完了の時にこそ、レベル2とは言え方舟という特異な危険が動き出す。
「皆さんが感じた転移酔い、あれは発進口のない格納庫から《転移》を用いて方舟が発進した際の影響です。恐らく十分な充填もまだなのに、皆さんの気配を察して無理矢理に動かしたのでしょう」
燃料充填中の中でやって来たカイセらに慌てて逃げるように方舟を転移発進させた。
だが外に出た結果起こるマイナスもある。
「それまでに貯めてあった燃料はまだまだ不十分。実は浮いているだけ、防御結界を張っているだけでもジワジワ燃料は消費するので航行開始に必要な量を貯めるまでの時間は更に伸びています。格納庫でジッとしてれば一時間程度で溜まっていたでしょうが、この状態だと三時間ほどかかるかと」
結果として比較的安全な空での滞空維持、そして守りの結界の展開維持。
これらが燃料を消費し続け、航行開始までの時間を遅らせる。
「燃料溜まってない状態で航行は出来ないの?」
「格納庫からの発進は出来ますが、航行そのものはレベル2では安全装置が有効なので一定量まで貯めないと受付ません。だからこそ方舟はその三時間はあの場にとどまり続けるでしょう」
逆に燃料が一定以上に溜まってしまえば簡単に逃げられる。
広大な世界を自由に航行できる空の舟。
一度逃げ始めれば人の手では追いきれずに逃してしまうだろう。
「ゆえにカイセさん。方舟による被害を防ぐには、方舟があの国に留まっている間に停止させてください」
「停止、破壊は無理?」
「…無理ではないですが、地上のあらゆるモノよりも頑丈なので停止の何十倍も困難な道ですよ?」
「まぁそうか…」
そして女神がカイセをあからさまな合図で呼び出したのは、その方舟を停止に向けたアドバイスの為。
制限時間、破壊が困難で停止が現実的などの情報提供。
あくまでも伝えるだけ。
これはダンジョンの時のように女神からの依頼という訳ではない。
事態を収拾したいという人間へのアドバイスに過ぎない。
「方舟とは言えレベル3に至っていない以上、神の領域の問題とまでは言えず、あくまでも人間の手での解決が求められます。ゆえに個人的な労いの言葉を伝える事は出来ても、報酬のようなものを提示することは出来ません」
「いや神様から報酬貰っても持て余すのは前で理解したしそこは全然問題ない。そもそも…今回のは言われずともなわけだし」
ダンジョン騒動と違って、カイセには自ら関わる意志がある。
ジャバやフェニ、そしてエルマと共に自身が巻き込まれた騒動。
残るエルマを救い出す為にも、言われずとも乗り込む気満々。
「肝心の停止手段ですが、起動の逆を行います。神眼の少女の意志による停止指示でレベル1ダウン。神剣の提示による停止指示でレベル1ダウン。どちらか一つを成せば方舟の性能はダウン、両方成せば停止します。ただし神剣は起動に使われたあの神剣のみ有効です」
方舟は破壊不能ゆえ、純粋に停止させる手段。
使った鍵で締め直す。
「あとは、レベル2状態の方舟の守りは頑丈ですが絶対ではありません。本体の破壊が非推奨なのは確かですが、乗員を保護するために展開する防御結界には明確な限界が存在します」
「結界は頑丈だけど叩き続ければいつかは穴が開くってことだな。999でも一人じゃ無理そうだけど、エルフと協力してって話か。まずは皆のところに戻らないと」
「あ!あと一つ!いきなり停止させるとあの質量が墜落するので、完全停止は地上に着地させてからにしてください!」
「あぁ…そうだな、いきなりじゃ落ちるか。普通に考えたら分かるのに…俺も慌ててるな。分かった。気を付ける」
「はい、ではご武運を」
こうして親切な女神にアドバイスをもらい、カイセは再び地上に戻る。
目指すはエルマの保護。
そして方舟の停止である。




