隠された舟
「――ここは…こんな広い空間が、まだこの領域に存在していたのですか…」
誰よりも衝撃を受けるのはエルフ達。
巫女により開放され足を踏み入れた隠し扉の向こう側。
階段を下って進んだ先に…今まで見たどの部屋よりも広い空間が存在していた。
故郷として長いことこの国、この地に住んできたエルフにとっても、これほどの場所が人知れず存在していた事に驚きを隠せない。
(これって…肝心のモノがない?)
そんな空間に共に足を踏み入れたカイセ。
この空間を見渡し、最初に感じたのは物足りなさ。
空間の存在意義、主役と呼べる何かがここには不足している直感。
(ここが何かの格納庫だとしたら、その何かはもう持ち出された後か?)
広い空間には直感の何かだけでなく人の姿も見当たらない。
ここに居ると目論んでいた主犯のエルフ達や攫われたエルマの姿も無し。
「誰かが居た形跡はありますね。食事の跡か?」
しかしここには確かに、つい先ほどまで誰かが居た形跡はある。
目当ての人物が少なくとも一人以上は、確かにここに居た様子。
「とにかく、ここを調べて――んがぁ!?」
「グググッ――!?」
「これは――何が――」
だがその直後、強烈な耳鳴りが一行を襲う。
歪む感覚にこの場の全員がその場で膝をついてしまう。
「これは…転移の時の…」
普段から転移を扱うカイセには覚えのある感覚。
転移で空間を移動する際に感じる感覚の歪み。
ただし普段のそれの何十倍もの不快感。
これ一発で多くの兵を戦闘不能追い込める強烈な重さ。
「――ふぅ…皆さん大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です」
「わた…しも、なんとか」
その歪みも収まって、すぐに復帰するカイセ。
それとほぼ同時に立ち上がる騎士の隊長。
少し遅れてエルフのリーダーも、キツそうにしながら立ち上がる。
だが他に同行した三名は、今も蹲ったまま。
狂わされた感覚に自力では立ち上がれずに身動きが取れない。
「一度引きましょう。多分ここだけじゃないはずです」
「そうですね。彼らは抱えましょう」
「一人はお願いします。残りはこっちのゴーレムで」
カイセは影響を全く受けていないゴーレムに動けない面々を任せ運んで引き返す。
今の歪みはこの場所に限った話ではないと確信するカイセは急いで戻って行ったのだが…
「――やっぱりか、大丈夫ですか!」
そしてまた世界樹の部屋や制御室まで引き返して来た一行。
するとそこは死屍累々。
死とは言っても本当に死者が出ているわけではないが、あの強烈な感覚の歪みにダウンした人々が無秩序に転がっていた。
「ミコも…また眠ったか」
同じステータス999を持つ巫女のミコ。
そのステータスも大して守りにはならない感覚の歪みの影響に、元々弱っていた彼女は再び気を失ってしまっていた。
他の人々も、八割方がダウンしているものの残る二割の人々は復帰して看病や警戒に当たっていた。
「これは…天井を見てください!!」
そんな中で一人のエルフが、制御室の天井に注目を集める。
この領域内にあるプラネタリウムのような施設、部屋全体に外の景色を映し出す設備。
その簡易版、天井に映像を投影する設備がここにもあるようだ。
「あれは…船か?」
すると映し出されたその映像に、一人の騎士が呟いた。
海のないこの国に生きるエルフ達には少々ピンとこないそのフォルム。
海を渡る大型船。
それが空に浮かぶ。
「この絵は何を?」
「この国の上空の景色を写しています。今まさにこの時の、現在の国の上空です」
映るその船は今のエルフの国の上空に浮かぶリアルタイムの姿。
〔空飛ぶ船〕を映し出す。
(…方舟?)
カイセがその姿を前に思い出すのは星の図書館で見つけた言葉。
詳細不明の〔方舟〕。
この国や世界樹について調べた中に現れつつも言葉のみで詳細を語る記述がゼロだった。
しかし…目の前に映し出される空飛ぶ船の存在がその方舟と重なる。
(格納庫…方舟の?レベル10でも分からない詳細、禁書庫…神の領域の…まさか?)
そして浮かぶは前世の知識。
図書館でも思い浮かべた〔ノアの箱舟〕の神話。
「これは…あの!祠におかしな魔力反応が!」
すると更にエルフから伝えられる情報。
制御室の設備が感知した〔神の祠〕の異変。
映像こそないものの、おかしな魔力の変化を感知する。
「祠…すいません、ちょっと行ってきます!ジャバお願いします!」
「カイセ殿!?」
カイセはすぐさまその場を走り出し、世界樹の領域を出て行った。
数時間ぶりのエルフの国の地上。
木々や土の匂いを感じながら全力で走り出す。
「船はあれか」
その道中で空を覆う木々の合間から見え隠れする空の船の姿。
浮いているだけで微動だにしない。
勿論そちらも気になるが、今向かうべきは別の場所。
「…見えた!」
見えてきたのは異変を起こした神の祠。
ここまでくればあからさまな魔力。
それもこの世のモノではなく〔あの空間〕に覚えのあるもの。
「呼び出されるのは癪だけど…つまりそういう案件なんだよな!?」
そして祠にたどり着いたカイセは、すぐに向こう側に足を踏み入れた。
それはいつもの神々の領域。
「――あ、カイセさん!なんで方舟が動いてるんですか!?」
待っていたのは大慌てのポカ女神。
その第一声で、既に答え合わせは成立してしまったのだった。