不死鳥の保護と隠し扉
《――いいか?余計なことをすればどうなるかわかっておるか?》
《はい…わかってます…でも俺もダメージが…》
《やれ》
《はい…それじゃあ始めます…ぐすん》
大精霊たちの戦い。
そしてその直後に水の大精霊によって受けた制裁のダメージもまだ消えぬ状態でこき使われる火の大精霊。
ダメージ量はキャパシティを越えており、その身の縮小を引き起し前よりも半分以下の小ささになったその姿の状態で更に力を酷使することを強いられていた。
《炎よ、炎よ…頼むから復活してくれよ不死鳥。お前が死んだら我は終わりなんだから…》
そんな火の大精霊が具現化する炎。
その炎の中でぐったりと眠るのは、救い出された不死鳥フェニ。
世界樹のもとで囚われていたその身は死の間際までに消耗していた。
「炎で、治せるんですか?」
《魔法の炎や、自然現象の炎では難しいでしょね。ですが精霊の、それも大精霊の炎となれば話は別です。不死鳥も元々は火の精霊。《精霊の火》であればその身を癒す力となります。消耗衰弱の類であれば、通常の治癒よりも効果は高いでしょう。ただ…それで間に合うかはまだ分かりませんが》
火の大精霊の放つ炎は、元火の精霊の不死鳥には治癒魔法に相当する癒しとなる。
むしろ外傷無しに純粋な衰弱が理由である今の状況には治癒魔法以上に効果的だと言う。
「結局、火の大精霊のパワーアップは、フェニを利用して行われていたと?」
《えぇそうです。世界樹の持つ《自然の力》…《全属性の力》から抽出した《火の力》だけが火の大精霊に注がれパワーアップした。不死鳥フェニはその抽出に利用されていたのです》
世界樹の持つ《自然の力》=《全属性の力》には、複数の属性が混在する。
それをそのまま精霊が取り込めば、身に合わぬ他属性の悪影響を受ける。
ゆえに不死鳥フェニをフィルターにしてそぐわぬ属性を排除して、選別された《火の力》だけを火の大精霊が受け取ることでデメリット無しのパワーアップを果たした。
ただし…フィルターにされたフェニには莫大な負担を強いていた。
《元々世界樹の力はそのまま受け取るには強すぎる力です。精霊でも苦しむその力を、肉体を持ってしまった不死鳥が受ければ地獄の苦痛と共に衰弱していくのは通りです。まして火の力だけ抜かれて、自分にそぐわぬ属性の力だけを残されればなおのことです》
精霊と違い肉体を持つ不死鳥。
純粋な世界樹の力を受け止めるには余計な肉体。
更には、自分にそぐわぬ属性の力ばかりを押し付けられるような状態では苦しみは段違い。
《火の大精霊のパワーアップは終盤には途切れました。その理由は、不死鳥フェニがフィルターとしての役目を果たせないほどに消耗してしまったからです。ですが…むしろそのおかげで、今はまだ希望が残っています。もし限界を迎えても、無理矢理に使われるような術があったなら、もはや手遅れとなっていたでしょうから》
かなり酷使されていたフェニだが、限界以上に絞られる事はなかったようだ。
おかげでまだ一命は取り留め、回復の可能性は残されている。
《ほれ揺らぐな!きちんと維持しろ!》
《はいぃ…》
そんな最大級のやらかしを、水の大精霊の逆鱗に触れた火の大精霊は言ってしまえば〔HP1〕の状態までボッコボコにされたそうだ。
しかし周囲が止めた事で、何とか消滅を免れた火の大精霊。
ただしそれは温情ではなく、不死鳥フェニの状態を予測しての仕方ない決断。
弱ったフェニを癒せる最大の鍵が火の大精霊であることを理解する大精霊たちが、不死鳥の為にと火の大精霊を残したのだ。
「カイセ殿!部屋中捜索して見ましたが、何処にも姿はありませんでした」
「そうですか…となるとエルマはこっちじゃないのか?」
そうして無事とは言い難いが、最悪一歩手前で不死鳥フェニを保護することが出来たカイセ。
しかし例の部屋を探し回っても、もう一人の保護対象であるエルマの姿が何処にもなかった。
「火の大精霊。神眼持ちの少女は何処に連れて行った?」
《んぁ?神眼…あぁアイツか。悪いが知らない。エルフの誰かが抱えてたのは見たが、そのあと何処に行ったかまでは知らない》
「その姿を見たのは何処だ?」
《ここ》
火の大精霊の視点では、最後にその姿を見たのは正にこの場所。
エルフの一人に抱えられて、意識のない状態だったと。
「まだ確保出来ないエルフ達と共に居るのかと」
施設の確保目標は果たした一団。
しかし、居るだろうと思われていた敵対エルフの数名がまだ発見できていなかった。
エルマの所在として一番の候補は、そいつらと共に居る事。
「この領域内の安全は確保できています。こちらの部隊から何人か、余所の探索に回しましょう」
「そうですね。俺も捜索に――」
『お待ちください。本剣に試させてください』
「ん?」
そしてまだ見つからないエルマやエルフ達の捜索を行おうとしたカイセ。
だがその行動を神剣が止める。
『先程の世界樹の部屋をもう一度訪れてください』
「…分かった。すいません。先ほどの世界樹の部屋に移動します」
「分かりました」
《わたくしはこちらで、この子の傍に》
「あ、はい。お願いします」
この場は、フェニの事は精霊たちに任せ、神剣に促されたカイセは別の部屋へと移動する。
そこは先程フェニを保護した世界樹の部屋。
そして神剣を人目に見える姿に現出させる。
「その剣は…」
「まぁそれは後程。それで、どうだ?」
『……おそらく、この部屋には隠し扉が存在します』
「え、隠し扉?」
そして神剣が知らせるのは、この部屋にある〔隠し扉〕の存在。
「根拠は?」
『…直感です』
「神剣の直感…でも地図にはそんなの…いや、あれで全てではないか」
本当にそれが直感と呼ばれるものなのかは分からない。
しかしこの部屋に違和感を感じている神剣の言葉。
星の図書館で覚えて来た地図にないその存在に驚きつつ、しかしあの地図が完全なものではない可能性に気付いて少し納得する。
レベル10の権限で閲覧できた情報は人の身で手を伸ばせる最大の情報。
だが…星の図書館には禁書が存在し、人の身には閲覧できない情報がある。
つまりレベル10の権限を越えた情報が、閲覧した地図から隠されていた可能性を否定はできないのだ。
(神剣は神の作った剣。禁書庫側に収められてもおかしくないような存在。その神剣の直感…それに、あの地図に載っていない隠し部屋ってことは、その扉の向こうにあるのは…それだけのモノが…)
ゆえに隠し扉の存在に納得はしつつも、しかしつまりは禁書庫レベルの何かがその向こうにあるというお話にもなる。
〈隊長!〉
「ん?どうした!」
〈それが、巫女様が…〉
〈私が…扉を開けます…少し待ってて、ください〉
「ミコ!?目を覚まして…」
すると部屋に響くスピーカー越しの声が聞こえてくる。
この場のやり取りを念のために制御室でモニタリングして貰っていたのだが、そのモニター越しに事情を理解した、目覚めたミコが隠し扉の開放を明言した。
「ミコ、大丈夫なのか?」
〈まだ少しツライですが、このぐらいは問題ありません。それで、隠し扉は確かに存在します。その先にあるのが何かまでは私も伝えられていないのですが〔この扉は絶対に死守すべき〕とだけ伝わっているモノです〉
「それは開けてよろしい扉なのですか?」
〈既に、良からぬ方々が開けて進んでしまっていますから〉
本来なら誰も入れてはならないその扉の向こう側。
しかし既に敵対者が侵入済みなら、排除する為に踏み込む必要がある。
ゆえに端末を操作して、巫女の権限で扉の開放を進める。
〈…開きました…後は、お願いします〉
そうして巫女の手で開かれた隠し扉。
その先には秘匿されていたモノが、神剣以上の難物が眠っているのだった。