管理者事情と、神々の恋愛騒動
「……今日のお仕事は終了っと」
洞窟での神剣騒動。
カイセはあの後、神剣の権限ですぐに森へと帰還する事が出来た。
そこでは精々数分程しか時間は経過しておらず、記憶を消されて先に戻ってきていた勇者一行は、カイセと一瞬逸れた程度の認識しか持っていなかった。
当然彼らは腰の神剣は見えていないし、神剣の存在自体を忘れている。
結局その後は勇者一行を連れて自宅へと帰還。
いつも通りに接客をして今日やることは全て片付いた。
「それじゃあ行きますか――《転移》」
色々と話を聞かなければならない相手が居る為、カイセは家を出て例の如く〔教会〕へと向かった。
「ようこそ〔祈りの間〕へ」
「だから何でいるんだよ、聖女だろアンタ」
前回同様、今回も聖女ジャンヌが待ち構えていた。
「暇なの?」
「賓客の対応に気を配るのは当然じゃないですか?」
「俺の何処が賓客なの?」
「女神様と直接面識を持ち、好きな時に面会する事が出来る人物を特別扱いしない理由のほうが少ないと思いませんか?」
それを聞くと確かに特別な対応が必要に思えてくる。
「しなくていいよ。目立ちたくないから」
「人払いはしてますよ」
相変わらず手際の良い事だが、そういった手配をしている時点でそこそこ目立つ案件なのを理解して欲しい。
何処ぞから嫉妬や恨みを知らぬうちに買うのは嫌なのだが。
「とにかく、次からは一々構わなくていいから」
「……分かりました。では私に用事がある時には、直接お部屋へお越しください」
「出来ればそれも避けたいんだけど……分かった」
そしてカイセは祈りを捧げ、いつもの神様空間へとやって来た。
「――今回は!私はッ!悪くないぃッ!!」
出会い頭に堂々とこう宣言してきたのは、残念な女神様だった。
「……話を聞かせて貰ってから判断するから」
この女神なら何処ぞに一枚噛んでいても不思議ではない。
その辺りは自分で判断させてもらおう。
「この〔神剣〕の〔マスター認証〕とやらを解除してくれ」
「出来ません」
「我成すは煉獄の……」
「脅しには屈しません!」
「そう言うのなら逃げんなよ。というか流石に冗談だから」
サッと距離を取った女神がサッと戻って来た。
「真面目な話をしますと、私にはその認証登録を解除する事は出来ません。その神剣の製作者権限を持たないのです」
「なら一体誰が?」
「その剣は、私の先代の管理者……つまりは私の先輩が作り出した物なのです」
世界の管理者が神様である。
その管理者も、担当替えやらいくつかの理由により変わることがあるらしい。
「私がこの世界を引き継いだのは百年程前。その神剣は私が就任する前に生み出された物なので、製作者は先代の、〔先輩女神〕になります。その神剣の権限引き継ぎを行っていない為、私はその神剣の内側には干渉する事が出来ないのです」
「……なら、その先代女神に話を通せば出来るんじゃないの?そもそも何で引き継ぎをしてないのさ」
「……色々とゴタゴタがあったのです。ちなみに引き継ぎに関して、私に不手際は無かったので怒らないでくださいね!?」
「一々予防線張らなくても、滅多な事では怒らないから話を聞かせてください」
「本当ですね?言いましたね?言質取りましたよ?」
「いいからとっとと話せ」
そして女神は、先輩女神の話を始めた。
「先輩はとても優秀な管理者でした。私が〔管理者養成学校〕で留年してしまう中、先輩は飛び級を重ねてあっという間に卒業し、この世界の管理者になってしまいました。俗にいう〔天才〕という存在だったのでしょう」
「ちょっと待って!学校ってなに?飛び級って何!あと留年してるの!?」
「管理者としてこの世界の創世期に携わった先輩は、その手腕もあり最も難しいとされる〔生命の誕生〕工程すらも一人でこなしていました」
無視されたカイセ。
女神はどうやら思い出に浸りきっているようだ。
「その後も他の管理者が百年掛かる作業を十年でこなすなど、誰もが称賛する手際の良さを披露し続けました。ですが――」
ある時、問題が起きた。
「先輩は〔創造神〕様と関係を持ち、身籠ってしまったのです」
いきなり話が斜め上次元の彼方へとぶっ飛んだ。
「……神様たちも子供作るの?」
「はいもちろんです。好いた者と夫婦になり子を成す。その辺りは人間も神も変わりません。ただしそれは普通の神同士の場合です」
どうやら普通ではないパターンがあり、その先輩女神はそっちのパターンのようだ。
「創造神様の子を身籠る。その結果生まれてくるのは神の子ではなく〔新たなる世界〕なのです」
「ん?」
ちょっと言ってる事はよく分からないが、言葉の通りらしい。
先輩女神が産もうとしているのは〔新しい世界〕のようだ。
「細かい説明は出来ないですが、そのままの意味で受け止めてください。とにかくそうして身籠った先輩は、すぐさま隔離され産休に入りました」
「何故隔離?無菌室的な?」
「これも詳しい説明は出来ませんが、〔世界が生まれる〕という事は相当に危険を伴う事でもあるのです。当人にも周りにとっても。その影響を最小限に抑えるために万全の環境に隔離する必要があったのです。ですがそのせいで優先度の低い一部の権限の引き継ぎが間に合わなかったのです。神剣もその一部です」
つまりは権限を持ったまま隔離されてしまったと言う事か。
「その先輩に会う事は出来ないの?」
「面会どころか連絡すら特別な資格が必要なのです。先輩の指名で後任に任命された私は卒業したその足ですぐに就任したため、他の資格を習得する余裕が無かったんです。就任してからは管理者としての仕事でそんな余裕もないですし、結局先輩とは引き継ぎの時を最後に一度も会えていません。メールも出来ないんですよ?」
「メールあるんかい」
とにかく、残った権限を引き継ぐには先輩女神が無事に出産を終え、隔離領域から出て来て貰わなければならないようだ。
「それで、出産予定日は?」
「百年先です」
正攻法は詰みました。
権限移譲を待ってたらカイセは寿命で死んでます。
確かに死んだら手放す事が出来るが、それでは意味がない。
というか百年って何?
生まれるのが世界なら人の常識が通用しないのは仕方ないけど、あえて言うが長すぎない?
「ちなみに現在、創造神様はお仕置きを受けています。奥様方が居るのに他の女に手を出したという事でボッコボコにされてお仕置き部屋に放置されています。創造神様の女癖の悪さは話に聞いていたのですが、まさか先輩が引っかかるとは思っても居ませんでした……幸いなのが、これもいつもの事として先輩にお咎めが一切なかった事ですね。むしろ奥様同盟の仲間入りしてますし。『悪いのはいつも創造神様』というのが神々の共通認識なので」
「創造神何やってるの本当に」
ひとまずこの日、カイセの中に多少なりとも残っていた〔神様を敬う気持ち〕が、綺麗さっぱり消え去った。