信奉者の居場所
「――ここは…この向こうに?」
「襲撃者は全員、この向こう側に集まり籠ったと確認されとります」
王子とエルフの長を筆頭に、カイセも含んだ面々がやって来たその場所。
世界樹周りの《聖域》、許可のない者は立ち入れない区域の境目。
その前に立つ一同は、目の前の《壁》によって本来許可を持つ者すらその先への立ち入りを阻まれていた。
「これは巫女様のみが発動する権限のある《箱庭結界》と呼ばれる強力な守護です。正確に言えば常時展開されとるものなのですがあくまで害意と許可なき者を弾く低出力展開だったもの。しかし非常時には出力を上げこのように物理的にも魔法的にも強固な壁と成すことが出来るのです。この場所の最大の守り手。我々エルフの国を覆う結界よりも強固なもので…発動してしまえば如何なる破壊も通用しない絶対の壁となってしまう…」
目の前の壁の質を知る長の表情が曇る。
特別な《箱庭結界》の展開。
その内側に聖域が、そして例の白い区間への入り口も内包される。
この結界をどうにかしなければ立ち入れない場所となり、そこに住まう巫女と共に、下手人たちも守られてしまっている。
「巫女殿にのみ発動権限のある結界。それは巫女殿もクーデターの協力者ということですか?」
「いや、あの方はどういう理由があれど力尽くで国を荒らす輩に協力するようなお方では無かろう。ゆえにやむを得ない事情があって協力を強制されているというのが理由であろう」
世界樹の巫女ことミコ。
彼女がこう言った荒事に率先して協力するような人物ではないという意見にはカイセも同意できる。
たった数時間の邂逅だったので本質まで理解出来たとは思わないが、しかし彼女がこの騒ぎを良しとしているイメージが出来ない。
《ちょっと失礼。それ!》
「うぉ!?」
「大精霊様!?」
すると突然目の前の半透明の壁に向かって水球を叩きつける大精霊。
周りが驚く中で、長だけは驚きよりも慌てが目立つ。
《…なるほど。ただの硬い壁というわけでもないようですね》
その水の反応や動き、壁の硬さなど様々な要素を一撃で判定する。
『…結界の破壊は可能です』
(あ、そっちも今の解析してのか?)
そんな一撃を神剣も解析していたようで、目の前の結界の破壊そのものは可能だと判定した。
『しかし問題が存在します』
カイセと神剣の全力ならば結界破壊は可能。
だがそこには明確なデメリットが存在した。
『この結界には崩壊時に自爆機能に相当する仕込みが備わっています』
(じ、自爆?!)
それは仮に結界を壊したとしても、その先に待つのは全ての崩壊。
国以上に強固な結界は、それ相応に守るべきものを内包している。
ゆえにそれほどの結界を、力任せで壊せる相手の出現は致命的と判断され、正規手段以外で結界が壊されれば〔機密保持〕の為に内側の守護対象ごとこの場の全てが崩壊する仕組みが組み込まれている。
強行突破は出来るが何もかも全て消え去ってしまう。
巫女と言う重要人物も、大事な聖域も施設設備もアイテムも。
エルフの国にとってもその損害は計り知れないし、今の状況なら人命も、敵だけでなく味方も諸共消え去ってしまう。
(それだけのものがこの内側に?)
「大精霊様。申し訳ないが強行突破は控えていただけると――」
《えぇ、理解しましたからしませんよ》
そんな性質を軽い一撃で把握したらしい水の大精霊。
長として当然知るだろうエルフの老人は冷や汗をかいていた。
「機密故に詳細は語れぬが、この結界は無理矢理に壊すとマズい事に…そもそも無理矢理壊すことも難不可能だとは思うのであるが念のために試すのも控えて欲しい」
「ではこれはどうしようもないと?」
「いえ合鍵がありまする」
とは言えそんな強固なセキュリティの鍵を、国の大事を本当に一人だけに任せるはずもなく。
勿論巫女は信用しているだろうがそれはそれとして事故なども考慮し〔合鍵〕は必要。
「発動は巫女様次第であっても、わし含め三人の認証にてこの結界を解くことは出来る。出来るのじゃが…」
長を含めて要職三人の同意のもとで外からでも開ける結界。
しかし問題はその三人。
何せその三人のうちの一人は、例の琥珀の内側だった。
「三つの役職の三人全員が揃わねば合い鍵は使えなぬ。今は緊急で役職の引継ぎ準備を進めておるが、これには一種の儀式契約が伴う。形式を目一杯縮小して省いても儀式の準備と実行の分で一日近く時間が必要になる」
「逆に言えば、一日経てばこの結界を開けるのですね?」
「その通り。ゆえに我らは明日、結界開放と共に乗り込む手筈を整えている」
結界開放の三人の要職。
その中で琥珀に拘束され、関われない一人から臨時措置で役職を剥奪し新たな人員に継がせる。
そうすることで三人揃えて合鍵による結界開放を行う。
準備と実行に一日。
そこでエルフ達は鎮圧の為の部隊を突撃させる。
「一日…その一日が致命的になる可能性は?」
「ゼロとは言わん。相手の目的が分からぬ以上はの」
敵が火の信奉者なのは把握しているが、彼らがクーデターのような騒動を起こして、まして向こう側に籠った理由まではまだはっきりしていない。
ゆえにこの準備の時間が、相手の目論見に関して決定的になってしまう可能性も当然存在する。
とは言え他に出来ることは今はない。
「それでもそれしか手が無いゆえに、そこに全力を注ぐしかあるまい」
「…ですね。ちなみに、お願いがあるのですが――」
「実はこちらからお願いがあっての。そちらからも人員を選抜し、別動隊として伴わせてほしいのだ。力を貸してくれないか?」
「え?…はい勿論!」
するとその鎮圧部隊に、王子は自分の部下を伴わせようと考えていたようだが…しかし先にあちらから申し出が出て来た。
これはエルフの国の中で起きたエルフの問題。
その解決は自分たちで、下手に他国他種族を巻き込むわけにはいかない。
そう考えるのが政治家だろうが、しかしエルフの長は自ら人の王子に助力を求めた。
「王子よ。恥ずかしい話だが、これはもはや我らエルフだけの問題ではなくなっておるのだ。其方の部下が倒れ、そして攫われておる時点での」
何せもはや他種族を巻き込みまくっているのが現状だ。
王子の部下はエルマ達を守るために倒されエルマも…国でも有数の鑑定師が攫われている時点で人族の国にとっても一大事。
ゆえにむしろ介入を断る方が、後々の国同士の問題になると考えての自らの打診であるようだ。
「この一件の謝罪や賠償は後程きちんと話し合おう。とにかく今は早期解決に協力して欲しい。勿論、そちらに求めるのは人命救助の手助け。敵を倒すよりも攫われた者達の救助を最優先で動く別働隊としての協力を求めたい。要救助者を確保すればそのまま脱出してくれて構わない。勿論過程で下手人のエルフを斬ろうが、施設設備などを破損させようが問題にはしないと約束しよう。勿論常識の範疇で、とはなるが」
「えぇ勿論。私の部下達は優秀ですのでご安心を」
こうしてエルフ族と人族の共同戦線、協力して事態解決へと動き出す。
事の決戦の時は明日。
「――カイセ殿も、騎士たちと共に出向いては貰えないか?」
「はいもちろん」
そして王子配下の騎士と共に、カイセも再びあの場所に向かう。
エルマとフェニ。
エルフ族の問題解決ではなく、あくまでも二人の救助の為に。
立場上フェニの保護者であるカイセにも王子から打診された。
『わたくしも一緒によろしいかしら?』
「大精霊様も?」
『えぇ、人の諍いには手を出しはしません。しかし…私自身確認せねばならぬこともあり、そして不死鳥はわたくしにとっても大事な存在なのです』
「…そうですね。族長に確認しましょう」
その後、水の大精霊の同行も決定する。
結構な大所帯となる一団。
彼らが動き出すのは明日の事。
(さて…じゃあその前にちょっと俺は…調べ物をしてみるか)




