形だけの牢屋暮らし
「――それもう牢屋の意味なくないですか?」
「はは、確かにその通りだな。カイセ殿も一杯どうだい?」
「見張りの方が気まずそうなので遠慮しておきます」
ある事件の容疑者として連れ出されたカイセ。
案内された場所は、言ってしまえばこの国における〔留置所〕。
疑わしき者の身柄を納める場所であり木製の檻に囲まれた部屋。
『木製?木の檻?鉄じゃなく?』
『この国では鉄は滅多に使用しません。ですがご安心を、この檻は世界樹様の枝より作られておりますので』
『入る側としては安心はできないけど、まぁそう聞くと鉄より丈夫なんだろうなぁ』
この檻の木材はやはりというか世界樹産。
下手に鉄で作るよりも頑丈な障壁となる。
ゆえに確かに強度的に安心なのだろうが…そこに入ることになるカイセ側からは何の安心材料にもならなかった。
そんな留置所の檻の中が、今現時点でのカイセの現在位置。
容疑者を一時的に留め置く空間へ案内され閉じ込められている。
「…それにしても、牢屋に入れられるとは…我の人生で初めての経験だ」
「いやまぁ、王子様が牢屋に何度も入ることがあったら大事件ですから」
そしてお隣の檻の中には、もう一人の容疑者として任意同行に応じた王子様【アルフレッド・サーマル】が閉じ込められていた。
いや…正確にはだいぶ違うが。
「それに、こう何度も言ったらあれですけど、王子はもうそれ牢屋である意味ないですよね?完全に扉も開いてますし」
「はは。テーブルに椅子に紅茶に菓子もあるな」
ここは牢屋。
カイセは閉じられ鍵の掛かった檻の中で、石作りの冷たい床に敷かれた薄っぺらい絨毯の上に座って時を過ごしている。
対して第二王子の環境。
牢屋に鍵は掛かっておらず、そもそも扉も閉められていない。
牢屋の真ん中には木製のテーブルとイスが設置され、その上に座る第二王子。
そしてテーブルの上には簡素ながらもお菓子とお茶が用意されていた。
しかもきちんと側近従者の給仕付きで。
「普通のお部屋に軟禁と変わらないのでは?」
「そうやもしれぬが、何事も体裁というものがあるのだ。彼らにとっては私も容疑者ゆえに相応の扱いをせねば示しがつかない。しかし仮にも他国の王族ゆえ、容疑者と言えども無碍には出来ない。その折衷案がこの状況なのだろう」
「閉じてない牢屋って体裁保てるんですか?」
「その辺りはエルフ本人に聞いてみるといいさ。なぁ?」
「………」
王子は牢番のエルフに声を掛けるが返事はなし。
一応逃げないようにと扉の前には監視役が付いている。
「ちなみに…エルフさん。普通に《アイテムボックス》が使えちゃうのは大丈夫なんですかね?この牢屋?」
ただし最も肝心な部分でだいぶザルな警備のこの牢屋。
何せ何を仕舞っているか分からない《アイテムボックス》が普通に機能している。
凶器使用し放題の牢屋暮らしである。
「…普段は封じてますので」
「つまり俺もそれなりには特別扱いされてると。真面目に体裁の為だけの連行みたいだな」
あからさまに優遇されている王子だけでなく、カイセ自身にも特別扱いはされていたようだ。
この世界には罪人や容疑者を拘束する為の特別な魔法道具が存在する。
それらは《魔法封じ》や《能力封じ》などを付与された、もしもの脱獄対策の道具たち。
特殊な環境下でのみ使用できる限定的ながら強力な拘束用魔法道具。
もしそれを装備されていたなら、いわゆる《デバフ》によるステータス能力の大幅減や、魔法そのものを使用不可に出来たりもする。
だが今回、王子だけでなくカイセにもそれらは存在しない。
相手が本気で疑ってきているなら必須になるアイテムたち。
それを使わないと言うことは、エルフ側も疑いは薄く見ているのだろう。
「あ、そうだ。見張りさん!自前の荷物出しちゃっていいですか?」
「…害あるものでなければ」
「良いんだ…じゃあお言葉に甘えて…よっと」
アイテムボックスの中身を思い出し、見張りのエルフの許可も得たので荷物を取り出すカイセ。
「ほう、布団という寝具か」
取り出したのは〔羽毛布団〕一式。
龍の里から持ち帰ったもので、薄い絨毯の上に敷いて、その上に寝そべるカイセ。
何ならアイテムボックスの中には、一月分ぐらいの食料の備蓄もあるし、魔法道具にポーション等々、牢屋の中でも十分な暮らしを保証できるだけの備えがある。
「それはもう一セットないのか?我も使ってみたいのだが。前から気になっていてな」
「残念ですがないですね。というか…王子なら簡単に用意させることも出来たんじゃないですか?多少高くとも」
人族の国においては寝具はベットが主流であり、一応布団も流通してはいる様だが需要と製造の都合でかなりお高めである。
だがその辺りの事情は、王子の立場なら簡単にクリアできるはずだ。
「用意だけならな。だが周りが許してくれないのだ。王子たる者が床の上で寝るなど…とな」
王子の立場なら、巷に売っているモノであれば多くのモノを手に入れることが出来る。
だがその王子の立場ゆえに、本人の意志にはそぐわぬ不自由を与えられてしまうこともある。
それも王子としての体裁の都合。
「…あっちもこっちも大変ですね」
「全くだ」
そうして牢屋らしからぬ環境と空気の中で時間はゆっくりと過ぎていく。
二人はあくまでも容疑者なので、そのうち誰かが事情聴取の一つでも取りに来るはず。
「――誰も来ないな」
「ですね」
だが待てどもその気配はなし。
真面目なエルフの牢番が律儀にこちらを監視しているだけで、ここに来てから他にエルフの姿が一度も現れない。
「これ、忘れられてるパターンあったりします?」
「流石になかろう。カイセ殿一人ならまだしも、我は早々に無実を確かめて釈放してしまった方が楽なのだから真っ先に聴取にきて然るべきだろうに」
「じゃあ何故こんなにも誰も?」
「…もしかしたらそれどころではない何かに手を取られているのやもしれないな」
「それが犯人見つかったとかいう話なら楽なんですけどね」
「そうであるな」
そのまましばらく放置されるカイセら。
だがその静かな牢屋の時間の裏で、王子の推測が的中し、別の問題が起きていたのだった。
《――やっと見つけた。この大事にこんな場で何をしているのですか?》
「え、あれ?水の大精霊?」
その知らせを持って来た存在。
牢屋に現れたのはエルフでなく【水の大精霊 ウンディーネ】。
本来の扉を通らず、窓から入りこんでくる。
《なるほど、ここは牢でしたか。つまり意図的にこの状況は作られたと》
「大精霊様?!何故このような場に…!」
当然牢番のエルフは困惑する。
崇拝する精霊の、その上位存在の突然の来訪に戸惑わず平静を保てるエルフは少ないだろう。
《今は貴方に構っている余裕はありません》
「は…し、失礼しました」
「水の大精霊様。このような場に何用にて来られたのでしょうか?」
《貴方は…人の王の子でしたね。貴方にも無関係ではない事態です、共に聞きなさい》
「えっと、何があったんですか?」
《攫われました。わたくしにとっても大事な不死鳥と、共に居た神の眼を持つ少女が〔火の大精霊の配下〕に襲撃され、どこぞへと攫われて行きました》』
「はぁ!?」
そして告げられたのは更なる事件の発生。
不死鳥フェニと、神眼少女エルマの二人が何者かに攫われたのだった。




