樹と神の差
「――おかえりなさいませ」
「あ、案内人さん?」
ミコによる案内を終え、世界樹の内側の領域を後にしたカイセら。
来た道を戻り転移によって、再びあの小屋に舞い戻った。
そして扉を開けて外へと出ると…そこにはこの場所まで案内してくれた案内人のエルフが待ち構えていた。
「もしかして、ずっとここで待ってました?」
「いえ、待つ間は待機所の方に居ましたよ。転移陣の起動の合図に合わせてお迎えに上がっただけなのです」
「あぁなるほど」
転移魔法陣の起動と実際の転移までの時間差の間に、待機していた休息の場からここにやって来ていただけのようだ。
「では早速神殿へとご案内します」
「え?あ、はいお願いします」
すると早速次の目的地へとカイセ達を案内する案内人。
ミコとあの領域で話したそれを、どうやら既に伝えられていたようだ。
「待機所の方にはあの場へと繋がる連絡用の道具もありますので」
その一瞬の驚きの中身を読まれたようで、案内人は親切に解説してくれた。
あの領域は物理的には隔絶された空間だが、転移で行き来し、そして道具で連絡の取りあいも出来るようだ。
(いやまぁ、遠方でも文字のやり取りが出来る道具はこの世界にもあるけど…あの場所、ミコのいる領域って異空間だろ?世界樹の中の…そこと繋げられる道具…やっぱそれも世界樹由来なのか?)
だがそれはこの世界からすれば少しばかり進んだ魔法道具のテクノロジー。
世界樹由来の特別製か、もしくはエルフの技術が人族よりも進んでいるのか。
「――こちらがこの里で唯一の〔神殿〕になります」
「これが…神殿…かぁ…」
そうしてそのまま案内されるままに世界樹から離れて向かった場所。
そこはカイセの求めた〔神殿〕。
神様を奉る神聖な場所。
なのだが…
「ガッカリさせて申し訳ありません。我々にとって一番は世界樹様であり…」
「あ、いえガッカリとかはしてません。敬虔な信徒ってわけでもないので。ただ…差がわかりやすいなと思っただけです」
辿り着いた神殿は、まぁ言ってしまうとエルフ達の意識の違いを明確に表すものであった。
――エルフの国に建てられた〔神殿〕。
だがそれは神殿と言うよりも〔祠〕。
少し前に目にした世界樹の祠と同規模のハコモノが目の前の神殿扱い。
小さな祠がこの国において、唯一の神を奉る為の場所だった。
(…世界樹信仰との格差えげつないなぁ。仮にもあんなのでも世界の管理者なのに)
世界樹の祠はあくまでも端末。
国の中に複数存在し、それとは別の本殿のようなしっかりとした奉り場もあるし、そもそも御神体となる世界樹のお膝元。
目の前に本体があるのに、あちこちにアレコレ用意する力の入れよう。
だが神殿は…女神を奉る場はこの祠サイズでただ一つ。
他になくこれこそが本殿と呼べる場所で唯一。
『世界樹に次いで、神も崇拝している』というエルフではあるが、その差は歴然だった。
(まぁでも、手入れはされてるし御座なりってわけでもなさそうだけど…うんまぁ、気にしないで行こう)
なんにせよ今のカイセにとって大事なのは出入口としての機能。
そこさえあるのなら大きさに関係はない。
「それじゃあ…早速、ジャバフェニは少し待っててくれ」
「はーい」「グゥ」
そしてカイセはいつものように、特に気持ちは籠ってないが神の前に跪き祈りを捧げるようなポーズをとる。
「――来れたな、普通に」
直後、カイセの意識はいつもの場所へと跳ぶ。
見慣れたと言っては語弊もあるかもしれないが、やって来たのは〔神の領域〕。
「…めっちゃ散らかってるな」
だがそこは見慣れた景色よりも格段に酷い有様。
辺り一面に本やら紙束やらが散らかり放題の激戦地の様相。
言語理解のスキルを持つカイセでも、さすがに神の為の文字は読めないのでそれらが何を記されているのかはわからない。
「で…ここの主は何処にっと…うぉ?!」
そんな散々な場を隙を縫って歩いていくカイセ。
すると…何かを見つけて駆け寄る。
「…シロ…さん?」
そこにはうつ伏せで倒れている白天使の【シロ】。
彼女が倒れながらも伸ばした指の先には…
『おやすみなさ』
まるでダイイングメッセージのように、こぼれた何かでわざわざ人にも分かるように書かれた文字。
「…起きてます?」
「起きてる…けど…このまま寝かせて…」
「あ、はい」
力のない言葉を発するシロ。
そのまま放置するとすやすやという寝息が聞こえ始める。
「あぁ、『お休みなさい』か」
そこでダイイングメッセージの意味を把握する。
「疲れてるので寝かせてあげてください」
「え?あぁクロさん?」
入眠を見守ると、何処かから聞こえて来たのは黒天使の【クロ】の声。
山積みのあれこれの壁の向こう側に居るようだ。
「えっと、用事があるんだけど、女神はどこに?」
「この山の何処かに埋もれて寝てます。探すならご自由にどうぞ。私は手が離せないので」
「面倒だなぁ…」
起きているクロだが手は貸して貰えず、どうやら自分でこの雑多な場を探索する必要があるのだった。