観光と空の姿
「――そういえば…ここって世界樹は見れないんだな?」
世界樹の祠への参拝を終えたカイセ一行。
その後もこの空間を小人に導かれ案内される。
勿論機密区画は立ち入り禁止で除外されるが、客人に見せても問題ない空間に関してはあちこち見て回っていた。
だが…その中でふと思った疑問。
ここはエルフの国にとっても特別な領域であるわけだが…しかしこの空間からは何処にも、肝心の世界樹を拝める場所がない。
祠が世界樹の端末のような役割を持ってはいるが世界樹本体そのものを目にしているわけではない。
聖域への入口である小屋の付近からはあれだけ間近に世界樹を見上げることが出来たのに、肝心の聖域に世界樹そのものを直接拝める場所が見当たらない。
祠と言う端末越しにしか世界樹に向き合えない。
「確かに目視は出来ませんね。何せここは世界樹様の内側ですから」
「…世界樹の内側?」
そんなカイセの疑問に対してミコがアッサリと答えた事実。
それはこの場所が〔世界樹の内側〕に存在する《異空間》だから。
「あくまでも異空間という場ではありますが、私達は今世界樹の中に居るのです。ですから分かりやすく世界樹様のお姿を拝める場所はありません」
動物のお腹の中に居てその動物の外見を見れないのは当然。
ここ世界樹の内側の異空間にカイセらは居るのだから、あの巨木の姿を拝めるはずもない。
「…それって、祠必要なの?この中」
すると湧いてくる新たな疑問。
先ほど拝んだ〔世界樹の祠〕。
世界樹に向けた祈りの依り代。
だがここが何処にあろうと〔世界樹の内側〕であるのなら、何処に居ても世界樹と共に在る場所として特段祠に向き合う必要もなく、それこそこの通路で壁に向かって世界樹に祈っても〔世界樹に向き合う〕状態になるのではないか?
わざわざ祠まで向かって祈る必要があるのか?という疑問点。
「ふふ、そうです。この場所でなら何処で何処へ向けて祈っても、その祈りは世界樹に向き合うことになります。ですがあの祠のように何かを授かることはありません」
「あぁ、ガチャは別か」
そんな環境下での祠の存在意義は、やはりあのお祈りガチャ。
この国の中で唯一、向かって祈れば何かが貰えるかもしれない世界樹の祠。
それはこの空間に由来する仕様でなく、あくまでもあの祠一個に結び付く機能。
祈りそのものはこの場であれば何処でも世界樹に届く。
しかしガチャを引くためには、あの祠で祈らねばならない。
「巫女である私の毎日のお役目には〔祠でのお祈り〕を含まれており、祈りでもたらされる品々はこの国の大事な蓄えとなります」
そしてそんなガチャ祠への一日一回のお祈りは巫女の勤めの一つ。
彼女が毎日祈り、もたらされる何かはエルフの国の重要な備えとなる。
先ほどカイセが手にした傷を癒す〔世界樹の葉〕などは勿論、果実なども全てこの国で大切に保管され必要な時に使われている。
大事な巫女のお役目、ゆえに適当な場所で祈ることもあるが必ず一日に一回はあの祠に出向いて世界樹と向き合うミコ。
「ちなみに誤解なきように言っておきますが、授かるモノ目当てに日課としているのではありませんからね?祠がなくとも毎日祈りますからね!ね?ね!」
「あぁそこ疑ってないから」
その事実を告げると共に、何やらミコは若干興奮しながら邪心はないと言い出した。
そもそも話通りなら例外はあれど物欲勝りの参拝は祠からガチャを授かることはない。
しかし『モノ目当てに祈ってるの?』と邪推されるようなお話でもありはする。
このミコの反応はおそらく実際に過去にその指摘を受けたことがあるのかもしれない。
ミコはそんな言葉に先回りして自分の祈りの真摯さを強調した。
「…コホン、失礼、取り乱しました。少々過去の記憶が…」
「うん、まぁ気にしないから」
何事も大事なお役目は苦労も多いものなのだと改めて認識させられる。
そしてそんな言葉を交わしつつ、なおも小人に導かれる。
「――ここがご案内できる最後の場所になります」
「この形状は…」
辿り着いたのは客人がお目に掛かれる最後の場所。
なんとなくこの形状の部屋に覚えのあるカイセ。
その答えはすぐに示される。
「ちょっと明かりを消しますね」
部屋の扉が閉ざされ、明かりも消えて真っ暗な室内。
その後少し待ってみると、部屋の天井に光が灯る。
「わぁー!青いー!」
「グルゥ」
「…あ、プラネタリウムか」
そこでようやく思い出した既視感の正体。
真っ暗な部屋の天井に映し出されるのは雲一つない綺麗な青空。
覚えのあるここの形状の既視感の正体は〔プラネタリウム〕。
ただし映し出される映像は昼間の空で、なおかつ本物の景色。
「…これは今の空の光景?」
「世界樹様のお力をお貸りし、この国の上空の今の姿を映し出しています。夜になれば綺麗な星空が見えます」
リアルタイムの映像で映し出される空の景色。
今は昼間なので青空の景色だが、夜になれば星空が映し出される。
形状こそ近しいがプラネタリウムと違い本物の空の景色を映し出す装置。
「エルフの国は天を森の木々の枝葉に覆われており、日常的には〔一面の青空〕や〔満点の星空〕を目にすることは叶いません。それゆえにまだ国を出れない子供たちは、木々の隙間から見える範囲での狭い空の姿しか見たことがないのです。ここはそんな子供たちに、木々に遮られていない一面の空模様を、空の広さを、そして星空を見せる為の場所なんです」
エルフの国の生活圏から上を見上げて見えるのは緑と茶色の隙間から見える程度の青。
遮るもののない一面の青空を、この国の中に居る限りは見ることができない。
見えるのはあくまでも緑と茶色の額縁で囲われる小さな空の姿。
ここはそんな木々の上の空の景色を見る為の場所。
子供たちに枠のない空を教える装置。
「でもここって許可がないと入れない場所じゃ」
「勿論その時は子供たちにも許可は出ますよ。ここは特別な役目を持つ方しか恒常的には出入りは出来ませんが、学校の課外学習の一環で活用される際になど、子供時代に何度か立ち入ることもある場所なのですよ、子供たちも。勿論限られた場所だけですが」
今カイセらが見学して来た場所よりも更に限定的ながら、子供の学習の為に一部が時々開放されるようだ。
空を知る為の課外学習。
この場所に映し出される青空や星空が、森に生まれ森で生きるエルフの子供が初めて目にする空の姿になる。
この領域は色んな意味でエルフ達に、この国にとって大事な場所であるようだ。