世界樹の巫女
世界樹のお膝元。
転移先には箱庭のような不思議な庭園。
そしてそこで待っていたのは【世界樹の巫女】。
エルフの特徴である金色の髪に色白の肌、そして長い耳を持つ女性。
だがその名は分からない。
本来ならば称号・役職となるその巫女の名でしか呼ぶことが出来ない。
個体名:―
種族:エルフ族
年齢:―
職業:巫女
称号:"世界樹の巫女"
生命 999
魔力 999
身体 999
魔法 999
特殊項目:
世界樹の加護
《鑑定》がもたらした情報は確かに人のステータス。
だがそこには異例だらけ。
当人の存在を示す名前がなく。
その人の生きた年月を示す年齢が存在せず。
誰もが必ず一つは生まれ持つ魔法適性が見当たらず。
そして…何よりもそのステータス数値に見覚えのある999の羅列。
「あぁ、貴方には見えるのですね。《鑑定レベル10》。同格の方は初めて会いました」
「鑑定…あ、加護の中に?」
「はい。世界樹様から授かったこの加護には様々な力が内包されております。その中には《鑑定レベル10》と同等の力が存在します」
それは《鑑定》の、数少ない不便なところ。
彼女の持つ《世界樹の加護》のように、名称から効果が判別できないものや、複数のスキルを兼ね揃えたものはその細かな表示がされない為に内容が分からないままになることが多い。
例えば魔法適性において《全属性適性》など複数を一つにまとめて表示されるスキルや適性も存在するが、それは分解してみれば《火属性》《水属性》《土属性》《風属性》などの全種類の属性適性を一纏めにしたもの。
名前がわかりやすいのでここは困らないが、そういう〔詰め合わせセット〕は内訳となる中身を見れないのが《鑑定》の残念なところである。
「もしかして…999のステータスもその加護の力で?」
「そうですね。本来は私はとてもひ弱なエルフの子でしたが、巫女となり与えられたこの加護により最強にも近しいステータスを手にしました」
ステータス999。
それを『最強にも近しい』と表現する巫女。
近しいだけで最強ではないと。
数字だけ上限値を示そうとも決して最強にはなれないと彼女もまた理解している様子。
「それに私のステータスは、あくまでも世界樹様のお膝元に、この箱庭に居る間だけの仮初のステータスですので」
しかも女神のポカとは違い、世界樹の加護によるステータス999は世界樹の影響の範疇を出ると消えてしまう領域限定のものらしい。
「とはいっても、もはやここを出て生きれる存在でもないので私の元々のステータスを目にする日は二度とないでしょうが」
「ん?それはどういう?」
「年齢が表示されていないのは視えていますよね?」
「あぁ見えるけど視えないやつだな」
「この加護を授かり、巫女となった時から私の肉体は時間の流れから隔絶されているのです。年齢の概念からも隔離され、私は不老となったのです」
年齢の非表示は加護の影響で時間から隔離された存在であるから。
彼女はこの領域に居る限り不老。
ただしステータス999と同様に、領域を出れば時間の流れに飲まれて帳尻合わせが起きる。
「この場所から一歩でも出た瞬間、私は500年という時に飲み込まれることになりましょう」
彼女が巫女として生きた、エルフの寿命以上の500年の年月が、加護の力が切れた瞬間に追いつき一瞬で寿命を迎える。
つまり彼女はもはや、この領域を出たくても出れない存在になっている。
「という訳で、どういう経緯であれお客様は大歓迎です!出れないなら来ていただくしかないので」
「ジャバとフェニも歓迎ー?」
「グル」
「あら、ふふ。ええ勿論歓迎します。小さな龍と若き不死鳥さんも」
そんな箱入り娘な巫女にとって人との交流はこの場所に来てくれる者とだけ。
エルフの中でも特別な資格を持つ人々。
ただし今回は本当のお客さん、エルフの国の外から来た存在という、巫女にとっても数百年ぶりのエルフと精霊以外との対面。
「という訳で、用が済みましたらお茶会でも致しませんか?おいしいお茶とお菓子を用意していますので」
「お菓子?食べるー!」
「グルゥ」
「ふふふ」
こうして用事の後のお茶会が、即答するジャバフェニにより決定されたのだった。
だがその前にここに来た本題が先。
「そういえば…そもそも貴方のことはなんと呼ぶのが…?その、名前が視えないので」
「そうでしたね。世界樹の巫女となるものは名がないので…そのまま巫女とでも呼んでいただければ」
「じゃあミコさんで」
「ふふ、そのニュアンスは面白いですね。それで構いませんよ」
世界樹の巫女こと通称ミコ。
ひとまず呼び名も決まったところで、ここからは本題のお話。
「――では本題に。申し訳ありませんが、まずはその神剣を表に出していただけませんか?」
「あぁはい。姿を」
『了解しました』
すると見えない姿を現したのは例の【神剣】。
あのお騒がせエルフと同じなら、見えない姿でも認識出来ていたはずだがそれはそれとして、しっかりとその実を表す。
「…本当に、本物の神剣のようですね」
神剣のその姿がハッキリと現れたその瞬間、先程までの笑顔の表情が打って変わって真剣で険しいものに変わるミコ。
「持ってみますか?」
「いえ、本物であるかどうかなど見ればハッキリしますので」
「まぁですね」
見えない姿なら存在は把握しても本物かどうかの確証はまだ浅い。
だからこそ姿を現した神剣。
そして見えさえすればそれが本物の神剣だと一目で分かる。
「では…次はこちらの番ですね。どうぞこちらへ」
その直後、一同はミコに案内されこの庭園のとある場所へと向かう。
歩いて向かうその場所。
「…もしかして、あれが?」
「はい、あちらです」
向かったその先に見つけたもの。
神々しく安置された一振りの剣。
大理石のような綺麗な台座に突き刺さる、まるで伝説の剣のような佇まい。
「…本物…か」
ミコに次いでカイセも事態を理解する。
このエルフの里にやって来た目的は、その真贋を確かめる為。
その答えが写される。
「ご確認いただけましたか?」
「…あそこに安置されてる剣も間違いなく本物の〔神剣〕ですね」
この遠出の本題。
それは本来この世に一振りしか存在しないはずの神剣の二振り目にまつわる騒動であった。