世界樹のもとへ
(――やっぱ森の育ち方で言えばこっちの森の方が格段に上だな。むしろ育ち過ぎてる感があるけど)
カイセらが歩むのはエルフの国の中。
大樹の生い茂る森の中で、その大樹同士に掛けられ結ばれる橋のネットワークを進んでいく。
建物三階ぐらいの高さで各方面に広がる空中に掛けられた道。
大樹と大樹を結ぶという形式の都合上、目的地まで最短の真っ直ぐルートが存在しないのは少しネック。
そしてそんな大樹たちは、カイセらの住む魔境の森の樹木よりも格段に育っている。
(まぁ多分、品種は勿論、こっちはすこぶる大事にされてるからなんだろうけど)
恐らくその大きな差はそこに住む者たちの意識。
このエルフの国では樹木は特段に大切に保護されている。
だが魔境の森では普通の扱い、魔物同士の戦いで折れることもあれば、カイセが伐採して家を建てる材料にしたりもした。
勿論それでも普通の森に比べれば圧倒的に樹齢も身長も高い木は多いが…意図的に大事に保護されているこの森に比べたら圧倒的な差が生まれるのも当然。
「うぉっと、風が…」
「精霊が通り過ぎましたね」
その移動中に唐突に吹く突風。
案内人のエルフ曰く、今のは近くを風の精霊が通り過ぎた証だという。
実際、水とは異なるがそれっぽい気配は確かに感じたが速すぎて一瞬の出来事だった。
「風の精霊が移動する時はいつもあんな突風が?」
「いいえ。普段はそよ風程度です。突風は人で言うところの駆け足で移動している時に起こるものですね。今は二度吹きましたし、恐らくは追いかけっこでもしているのでしょう」
案内役のエルフさん曰く、今のは風の精霊同士で追いかけっこのパターンのようだ。
「風の精霊の風は無意識なんですか?」
「そうですね。意識すれば無風で移動することも可能らしいですが、普通にしている分には大なり小なり必ず風を感じるでしょうね」
「他の属性の精霊も何か兆しみたいなのはあるんですか?」
「ありはしますが、正直自然現象と感じ分けるのは難しいですよ?今は複数の風がありましたが、単独でのそよ風なんてどこでも吹きますし、他の属性の精霊様方は風より更に分かりにくいですから」
精霊たちは移動時には何かしらの痕跡を見せる。
ただし自然現象の中に紛れるせいでそれを目安に精霊と判別するのは難易度が高い。
とは言え…それは単独の場合。
「あ、また来ますね。お気を付けを」
「え…うぉ?!」
「わー!」
するとその風の精霊が再び吹き抜け突風が吹く。
しかも今回は複数体の風が重なりより強い突風が吹いた。
「いたた…ジャバ引っ張らないでくれ」
「ごめーん」
なおその突風に吹かれて、カイセの頭の上のジャバが落ちかけたのだが…その際に髪にしがみつかれたせいで頭皮に微妙にダメージを受けるカイセ。
「フェニは…微動だにしなかったな」
「グゥ」
対して肩の上のフェニは、本当に微動だにせず風をやり過ごした。
「ちなみに、今のが更に多く重なると慣れている我々でも飛ばされ、橋から落ちることもありますし、稀に橋そのものが破損する場合もございますのでご注意ください」
「怖いなぁ風の精霊の移動…」
なお今の二体程度の重風は序の口のようで、集団での急ぎの移動の際には人もバランスを崩す程の突風が吹くこともあるようだ。
慣れているエルフすら飛ばされる、橋から落ちそうになる危険な風になるという。
風の精霊はただ自由に移動しているだけなのだが、それが人には凶器になりかねない。
「それ、風の精霊に気を付けてとかお願いしないんですか?」
「時分にもよりますが、この程度は我々が気を付ければ事足りるものですので。基本的に我々エルフ族は、精霊様方の自然の在り方を咎めたり縛ったりはしません。どうしてもの時にお願いをすることはありますが、基本は自然体のままです」
つまりこの程度のリスクは自分たちが注意していれば問題ないと、精霊に何かを申し入れる事でもないようだ。
自分たちの危険よりも精霊の自然体が優先事項。
表向き共存関係だが、どちらかと言えば精霊の方が上に据えられるエルフの認識。
「…少なくとも地面を歩いていれば、突風が吹いても高い所から落ちる可能性はなくなるのでは?」
「森の中の大地は土の精霊様のお住まいですので」
それはエルフの国の道が空中の橋頼みな理由でもある。
この国の大地には、地面は土の精霊の住処。
何処に精霊が潜んでいるか分からない。
精霊を敬うエルフ達は、不意に精霊を踏みつけるような真似はしたくないと、だからこそ空中に道を作っているようだ。
勿論精霊の潜む土を踏む程度では精霊に害はない。
あくまでもエルフの気持ちの問題。
「あ、小雨が降りますね」
「え…あ、ほんとだ」
すると歩む二人のもとに小雨がパラパラと降り始めてきた。
だがそれも十秒ほど振ってすぐ止む。
「もしかして今のも精霊の」
「水の精霊様ですね。大方水遊びでもしていたのでしょう」
水の精霊が遊んでいるとたまに数瞬の小雨が降ってくる。
これもまたエルフの国の当たり前。
「…流石に火の精霊が近いと、何かが燃えるみたいな事はないですよね?」
「どうなんでしょうね?この森に住む精霊様は土と水と風のみで、火の精霊様は他の精霊様方が何が何でも国には入れないようにしているので、あまり詳しくはないのです」
そうなると火の精霊も何かしらの影響をばらまいてそうだと思ったのだが、そもそもこの国には居ない存在。
エルフの国とその周辺を生活拠点にしているのは三属性、土と水と風の精霊のみ。
火の精霊はここには住んでおらず、何より三属の精霊たちが国の中に火の精霊を踏み込ませないようにしているらしい。
普通に考えれば、森にとって火は天敵も同然。
日常生活を送るだけで、風を吹かせ小雨を降らせる精霊の日々を鑑みれば毎日何かが燃えても驚かない。
言うなれば相性が悪いというところか。
「…人が増えましたね」
「この辺りからが我々の生活圏になります」
そんな言葉を交わしながら、進み続けるとだんだんと他の一般エルフの姿が見え始めた。
どうやら森の中のエルフの生活区画に踏み込んできたようだ。
だがカイセらの向かう先は更に先。
国の中心にある世界樹の待つ森の深層部。
(見られてるなぁやっぱ)
なおその生活圏を進んでいると、嫌でも突き刺さる一般エルフの視線。
ただしその矛先はカイセでなくジャバフェニ。
エルフからすれば他愛もない人族より、子龍や不死鳥の方が注目事項。
だがあのエルフは真っ先にカイセの見えない剣に注目していた。
(王都での騒動、あのエルフは、まぁジャバはモコモコだったから仕方ないにしても、見えてる不死鳥よりも見えない神剣に突っかかって来た。やっぱエルフなら見えるとかじゃなくて、アイツの役職ゆえの特別なんだなぁ)
この場に足を運ぶ羽目になった根本的な騒動の原因。
他国の王都で騒ぎを起こしたあのエルフとこの場のエルフ達の反応の違い。
見えないはずの神剣を認識できたのは、エルフという種族の当たり前ではなく彼の役職ゆえの事故であるのだろう。
(いよいよか。今回の騒動の根源と言うか、問題の根幹を確認する時って)
エルフの国を中心に向けて歩み続けるカイセ達。
その到達点となる場所に、カイセらがここに来た理由の答え合わせが待っている。
あのお騒がせエルフがいきなり突っかかって来たその理由。
今、カイセとエルフ側が抱えている懸念もその答え次第で、より沼に落ちる可能性もある。
「――とまれ!手形を拝見させて貰う」
「はい、こちらです」
そしてエルフの生活区画を過ぎ、立ちはだかる門番に案内人は二人分の許可証明を提示した。
この先に進めるのは許可のある者か、それだけの権限を持つ者のみ。
「…確認した。進むといい」
「ではついてきてください。ここから先は決してはぐれないように注意を。付き添い無しだと殺されても文句は言えませんので」
「物騒だなぁ…仕方ないけど」
そうして正々堂々と踏み込んだのは、世界樹の待つエルフの国の中心区画。
エルフの政の中心にして、神殿や聖域のように神聖な領域でもある。
一般エルフさえ普段踏み入れることのできない場所に、足を踏み入れて進むカイセ。
「…これが、世界樹」
いよいよ辿り着いた世界樹の御許。
(側で見上げると尚更でかく感じるなぁ。実は頂点は宇宙に繋がってたりしても不思議じゃないな)
見上げる世界樹にそんな感想を持つカイセ。
実際はそこまで大きい訳ではないが、そう言われても納得出来るほどに他の樹木と比較にならない大きさの世界樹。
(…いよいよか。遠かったけど、ようやく神剣の真偽がハッキリする時が来たか)