入国
「――あんまり熟睡は出来なかったなぁ…」
精霊の森の中での一晩。
最低限の設備が整えられた中継地点。
森の中に満ちる自然の力の慣らし場である宿泊所。
そこで予定通り一晩明かした一行。
だが…まぁ何というべきか、目覚めはイマイチなカイセ。
(こう、ずっと誰かの視線を感じながら眠るようなのってキツイなぁ。悪意はないから簡単な結界程度だとすり抜けるし、しっかりした結界は警戒心与えるから使えないし…)
一応眠りは出来たこの宿の一晩。
しかし熟睡には程遠く、自然の力や素人でも分かるほどハッキリとした精霊の存在感が昼夜問わずに意識の隅に居座るせいで自然な睡眠妨害になっていた。
勿論精霊たちにその意図はない。
ないのだが、人間には自然とそうなってしまっている。
「…ジャバは何処でも相変わらずマイペースだなぁ」
「すぴー…すぴー…」
そんな人間のカイセとは打って変わり、いつも通りに熟睡するジャバ。
他者の存在など関せず、堂々たる王者の寝姿。
最強クラスの種族である龍の血族の威厳を変なところで見せる。
「で…フェニは…ここか。いつのまに…」
そしてもう一人、不死鳥のフェニは、何故かベットの下で眠っていた。
寝る際にはジャバの傍にいたはずなのに、まるで隠れるように身を潜めて眠っていた。
ちなみに水の大精霊はとっくに森の仲間の元に帰っていった。
『《それでは失礼します。また近いうちにお会いしましょう》』
ただしエルフの国にいる間は、彼女の存在は無視できないものになるだろう。
(やっぱ大精霊とは何かあったんかなぁ…揉め事とかは勘弁してほしいから、出来るなら記憶を取り戻すのは帰ってからにして欲しいけど)
フェニの過去と、水の大精霊ウンディーネの関係性の不審点。
今はまだ本能の避け方のみで、記憶自体は思い出せていないフェニ。
だがいずれそれを思い出すのは、不死鳥の性質上当然の流れ。
勿論それ自体は喜ぶべきことだが、出来れば彼女が近くに居る場で思い出すよりも、安全な距離まで離れてから、それこそ魔境の森に帰ってからの出来事であって欲しいところである。
「――あ、おはようございます。カイセさん…」
「おはようエルマ。そっちも寝不足?」
「まぁ…少しだけ」
その後部屋を出て出会うエルマ。
いつも通りに挨拶をするのだが、やはりと言うべきか彼女もまた少し寝不足気味の表情をしていた。
むしろこの地にやって来た人間のほとんどが最初は寝不足になるという。
カイセやエルマだけでなく、鍛えられているはずの騎士や従者たちも出来る限り顔には出さないがその所作からは少し疲れが見える。
いつも通りに元気なのはジャバと、もう一人……
「おはよう!今日は良い天気だね!」
むしろ普段以上に元気な王子アルフレッド。
「寝不足?念願のエルフの国を前にそんな勿体ない事出来るわけないだろう?しっかり眠ってしっかり視界に納めがっちりと記憶に刻み込む。その為に健康元気で体力も万全が第一だ」
まぁ要するに好奇心をしっかりと満たせるようにと、しっかり眠ったらしい王子。
あの邪魔な気配も我関せずにジャバ並みに堂々とした睡眠。
ある意味で流石王族の度胸。
「と、寝不足なら寝不足で仕方ないが、ミスして怪我とかには気を付けてくれ。特にエルフの国に入れば治癒系の魔法は滅多には使えないからな」
そしてそんな唯一元気な王子から一同への忠告。
勿論怪我などしないに越したことはないのだが、これから入るエルフの国では治癒魔法を気軽には使えない。
エルフの国においては自然体が尊重され、自然の摂理を歪めるとされる治癒や回復の魔法は原則使用してはいけないことになっている。
とはいえそれはあくまでも安易な使用を禁ずるものであり、エルフの中ににも治癒や回復の魔法の使い手は居るし、命に係わる重症や、戦いの後などにおいては重宝されている。
だが…例えば遊んでいて転んだり、悪ふざけをして怪我したりと、ある種の不注意や自業自得の怪我に関しては戒めも込めて魔法による治療は咎められる。
勿論それはエルフ種族のローカルルールであり、客人にまで無理矢理に守らせるつもりはない。
ただし…国の中で安易な治癒をエルフたちに見られでもすれば、咎めはされないが単純に嫌な視線を浴びることになる為、出来るだけ避けたい行為ではある。
「ゆえに怪我は出来るだけ避け、軽い傷は通常の治療で、どうしてもの場合は人目のない場所で治癒するようにしてくれ。とはいえ治癒後しばらくは残滓のようなものを彼らは感じるようなので宿で待機してもらうことになるが」
とにかく勝手が違う分面倒も多いエルフの国。
そもそも意思の疎通が図れるとは言え、肉体強度も寿命も違う相手なのだから致し方ない部分もある。
だが多分、姿形のかけ離れている龍よりも接しづらい相手にはなるだろう。
まぁこの場合は龍がちょっとフレンドリー過ぎるというのあるのだが。
「さて…では出発だ。三十分もすれば国の門だ」
こうして若干目覚めの悪い朝の時間を過ごした一同は、いよいよ最後の行程を進みだす。
いつもよりもゆっくりと進む馬車で、おおよそ三十分の道。
その末に辿り着くのは精霊の森の中心部。
人型種族の中で最も長い寿命を持つエルフ達の国。
それと共に精霊たちにとっても大事な聖域。
〔世界樹〕のお膝元となる領域。
(――長いなぁ…)
そして辿り着いた大きな木製の門。
エルフの国唯一の出入り口。
だがその門を越える為の審査や登録照会が厳重すぎて、この場所に就いてから既に一時間が経過している。
「なぁあれって…」
「龍、だよな?モコモコしてるが」
「なんで人族と…」
「向こうのって、まさか不死鳥?」
「精霊様が騒ぐわけだ」
なおその最中警備のエルフ達の視線を浴び続ける羽目になるカイセ。
正確にはカイセにくっつく二人、ジャバとフェニへの好奇心。
知らぬ者にはただの綺麗な鳥でも、エルフには不死鳥だと簡単に分かるようで、精霊から転じた存在なのもありフェニの注目度はやはり高くなってしまっている。
それに加えて…今は例のモコモコ装備のジャバなのだが、簡単に本質を見分けられ、謎のモコモコを纏ったおかしな子龍と認識され注目を浴びる。
そしてそれらに纏わりつかれているカイセへの不審や疑惑も目も痛い。
「まさか無理矢理テイムされている?」
「いやその気配はないし、それならば大精霊様が野放しにはしないだろう」
「まぁそうか」
とは言え彼らも流石に何かをする気はなく。
既に水の大精霊が道中を共にした事実も把握しており、精霊のお墨付きはエルフにとっては大きな要素。
かつて王都でいきなり襲い掛かって来た誰かとは大違いだ。
(アイツも…また会うことになるのか?)
だがそんな人物も、もしかしたらこの先で会うことになるかもしれない。
王子たちとは完全別件のカイセの目的。
正確に言えばエルフの側がカイセのある物に用があるのだが。
「――ふぅ終わったか。聞いていた通りの手間の多さ。だが国防を鑑みれば仕方ない。世界樹を守るためならば当然とも言えよう」
そうしてようやく終えた入国審査。
そしていよいよ踏み込むエルフの国。
「皆様、ようこそいらっしゃいました。どうぞ向こう側へとお進みください」
王子一行とカイセ組。
その全員が無事に入国を許可されて、いよいよエルフの国へと辿り着いたのだった。




