迷いの森のその先に
「あぁ……完全に取り込まれたか」
勇者を救助したカイセ。
その周囲、そして魔境の森全体には霧が掛かりつつあった。
「あの、これは?」
「〔迷いの森〕だな。森全体に《幻惑》やら生き物を迷わせる力が働く現象……お前さんらがそこの分かり易い沼を見逃し落ちたのもその影響だな」
目の前の底なし沼は、立地的にも視界的にも素人であろうとも早々に落ちるようなものではない。
それなのに勇者はともかく、三従士とも呼ばれる程の人間が見落とすはずがない。
その原因は今の〔迷いの森〕と呼ぶ、この魔境の森の変化にある。
「周期的にはだいぶ早いなぁ」
カイセがこの森で暮らし始めてから、この〔迷いの森〕現象を二度経験している。
一度目は知識無く取り込まれ、二度目は予兆を感じた時点で家に引きこもった。
この状態になるとカイセが普段使っているレベルの探知能力や魔法では通用しない。
普段も大概ではあるが、更に上の魔法が脱出には必要になる。
(隠密組は救助を始めた時点でうちに帰還してたから大丈夫だろうが、こいつらは流石に俺が連れて帰らないと遭難確定だよなぁ……)
口止めする内容がまた増えると少し面倒を感じていた。
「……光が見える」
そんな時、勇者ロバートがとある一点を見つめ、そんな言葉を呟いた。
「光?見えないが……そっちの三人は?」
「「「いいえ」」」
勇者ロバート以外には見えない光。
幻惑幻術の類を疑ったが、それとは別に〔ある本の一文〕をカイセは思いだした。
〔迷いの森に灯る光は、選ばれし者のもとに舞い降りる〕。
ロバートの言うその〔光〕とやらがその一文の指す光と同一であるのなら、〔選ばれし者〕とは〔勇者〕を指す言葉だったのだろう。
(この森について調べていた時に見かけた一文だったけど、俺自身は一度も見たことが無かったから深追いせずに放置してたんだよなぁ)
それがこのタイミングで出て来るとは思いもしなかった。
「〔光虫〕なのかな?」
勇者の言う光虫とは、この世界におけるホタルに似た生き物だったはずだ。
少なくともカイセは、この森でホタルを見たことはない。
「……おい、それには触れるなよ」
「もう手の中で――」
何が起こるか予想できなかったため注意を促そうとしたカイセであったが、既に遅かったようだ。
そしてカイセ達の姿は消えた。
「――ここは?」
カイセはとても大きな洞窟に居た。
森ではなく洞窟。
単純に考えるなら《転移》でもしたのだろうが……。
「地上の何処かと言うよりも、女神の居るあの空間の気配に近いんだよな」
〔神気〕が満ちているとでも言うのだろうか?
女神の空間。
この洞窟も、そんな地上とは異なる場のような雰囲気が満ちていた。
「……向こうと同じで、魔法自体は使えるが探知系や転移は使えないか」
試しに使ってみるが、やはり女神空間と同じで何かしらの制限が働いているようだ。
「とりあえず出口を探すか。多分どこかに勇者もいるだろ」
そもそも例の光が舞い降りたのは勇者ロバートの下だ。
カイセにはその光を見る事すら出来なかった。
勇者の身に起きた出来事に、カイセは巻き込まれただけに過ぎない。
「……そもそも勇者と別の場所に飛ばされた可能性はないよな?あと三従士はどうなっただろうか?」
誰がどんな形でどこまで巻き込まれたかも把握できない。
とにかくカイセは歩くしかなかった。
その道は脇道などは存在しなかった。
だからこそ、その場所には迷う事も無くたどり着いた。
「……剣?」
辿り着いたのは、明らかに何者かの手により整えられている広間。
その中央には一振りの剣が地面に突き刺さっていた。
「まさかお決まりの聖剣……違う」
状況からそこに刺さるのはゲームでおなじみの聖剣の類だと思っていたが、カイセの《鑑定》には別の表示が現れた。
「【神剣】――」
そこにあるのは、神様自らが生み出した剣。
聖剣以上の代物であった。